お人形遊び2

 それから少しして、エレナからエレナ人形を作ってもらった。


 ガラス玉のような緋色の瞳に、シルクのようなさらさらとした触り心地の良い銀色の髪。可愛らしい。


 ぎゅっと、エレナ人形を抱き締める。人形だというのに、本物を抱き締めているような気さえしてしまう。


「そんなに気に入ったのかい?」


「それはもう!」


「それなら良かった。作った甲斐もあるというものだよ」


 部屋に持って帰り、改めてエレナ人形を見回す。


「本当に、よく出来てるなぁ」


 服なんかも、本物と同じ素材で精巧に作られていた。ここまでよく出来ていると、他の場所も気になってしまう。すなわち、服の中だ。


 ちらりと下から覗き込むと、スカートの下には黒いレースのショーツを身に着けていた。本物を忠実に再現しているのか、細かなところまで非常にクオリティが高い。


 というか、素材には本物のショーツを使用しているのだろうか。


 エレナ人形のショーツに指をあてる。レースのおかげでざらざらしながらも、感触まで本物そっくりだ。


 その時、部屋の扉が開かれた。


「そうだ、言い忘れていたことが……」


 エレナがテルミットを見て固まった。


 エレナ人形を手に、スカートを捲り、ショーツの感触を確かめるテルミット。その姿を、ばっちりエレナに見られてしまった。


 エレナの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。口元が引きつる。


「あの、こ、これは違うんです」


「い、いいんだよ。テルにどんな趣味があろうと、嫌いになったりしないから」


 エレナがぎゅっとスカートの端を握った。


「言ってくれれば、その、いつでも見せてあげるから……」


 頬を染めるエレナが扇情的で、釣られて顔が赤くなってしまう。


「ち、違うんです。本当に、ただスカートの中というか、素材が気になっただけと言いますか」


「……それじゃあ、確かめてみるかい?」


 潤んだ瞳がテルミットを見上げた。


 エレナの誤解を解くべく、本当に他意はないのだと、説明する羽目になった。






 人形を貰ってからというもの、テルミットはエレナ人形を片時も離さなかった。朝から晩まで、風呂とトイレを除いて、常にテルミットと過ごしている。


 エレナがふぅ、と溜め息をついた。


 気に入ってくれたのなら、製作者冥利に尽きるというものだ。だが、こうもテルミットを独占されるのでは話が違う。


 自分の姿をしているというのに、なんと妬ましいことか。


「まったく……ボクが本物なのに……」


 ムスッとエレナが頬を膨らませる。


 苛立ちを紛らわせるように、お茶菓子を頬張った。


 第一、テルミットもテルミットだ。人形相手にデレデレして、甲斐甲斐しく髪をとかして仲良くするなんて。


「ここに本物がいるっていうのに……」


 その本物を差し置いて、人形と仲良くやってるなんて、なんと薄情なことか。


「いいもんね。本物のテルが構ってくれなくたって、ボクには人形のテルがいるもんね」


 それからエレナは、これみよがしにテル人形を愛でることにした。

 常にテル人形を膝に乗せたり、夜は一緒に寝たりと、本物のテルミットでさえ体験したことがないほど甘やかした。


 その様子を見て、テルミットが首を傾げた。


 最近、エレナの様子がおかしい。四六時中テル人形に構ってばかりで、ちっともこちらの相手をしてくれない。


「僕、何か怒らせるようなことしたかなぁ……」


 誰にともなく、ひとり呟く。


「教えてくださいよー、エレナさん」


 エレナ人形に尋ねるも、答えない。


 一人で人形に話しかけていると、エレナがやってきた。なんとなく気まずい。


 席を立とうとしたところで、エレナがぴったりとテルミットの横に座った。ぎしりとベッドが揺れる。太ももが触れる距離。


「え、エレナさん?」


 テルミットを無視して、エレナ人形の隣にテル人形を置いた。写し鏡のように、二人がぴったりと寄り添う。


「……久しぶりだね」


「えっ!?」


「こうしてテルと二人になれたのは」


 何を言っているのだろう。最初からこの屋敷には自分とエレナしかいないはずなのに。

 と、そこまで考えて、二つの視線に気づいた。


 目の前に置かれた、エレナ人形とテル人形が、責めるようにこちらをジッと見ているような気がしてしまう。


 二人を見ているうちに、一つの考えに思い至った。


 最近の自分ときたら、人形にばかり構って、全然エレナの相手が出来ていなかった。

 そこに気づくと、これまでの点がすべて繋がった。


 エレナ本人を前にして、ずっと人形の相手ばかりして、ろくにエレナの相手が出来ていなかったではないか。


 これではエレナが怒るのも無理はない。


 どう謝ったらいいものか。思案していると、テルミットの足が机にぶつかり、テル人形がエレナ人形に倒れた。

 ちょうどエレナ人形の膝に頭が乗る形となり、それはいわゆる膝枕と呼ばれるもので。


「…………」


「…………」


 二人の間に、気まずい沈黙が流れる。


 ふと、身体が横に引っ張られた。ぽすん、とテルミットの頭がエレナの膝に着地した。


 柔らかい。そして、いいニオイがする。エレナの小さな手が、テルミットの頭を撫でた。


「あの、エレナさん……」


 謝るタイミングを完全に見失ってしまい切り出し方がわからない。


「やっぱり、本物のテルの方がいいね。触り心地も、重さも、ニオイも」


「うっ……すみませんでした」


 テルミットを撫でる、エレナの手に自分の手を重ねた。


「人形にばかりかまけて、エレナさんのことを蔑ろににしてしまって……」


 エレナが頬を膨らませた。


「まったく……寂しかったんだからね」


「すみません」


 今回のことは全面的にテルミットに非があるため、謝ることしかできない。何を言われようと、頭を下げ続けようと覚悟した時、


「目を閉じて」


「えっ!?」


「いいから、目を閉じておくれ」


 言われるがままに目を閉じる。以前もこんなことがあった。その時は、エレナがキスをしてくれたが、まさか……。期待に胸が膨らんでいく。


 全身の神経が顔に集中していく。不意に、頬に痛みが走った。


「いひゃい、いひゃい、いひゃいれふ」


 頬をつねるエレナの手をぺしぺし叩くと、ようやく開放してくれた。


「とまぁ、これで勘弁してあげるよ」


「……ありがとうございます」


 ひりひりする頬を抑え、お礼の言葉を口にする。

 これで手打ちにしてくれるのであれば、安いものだ。いくらでも頬をを差し出すというものだ。


「ところで、大丈夫だったかい? 結構強くつねってしまったけど」


「だ、大丈夫です。鍛えてますから」


 力こぶを作ってみせようと腕を上げると、思い切り机にぶつけてしまう。


「だ、大丈夫かい?」


「ええ、まあ……」


 ふと、先程ぶつかった机に目を奪われてしまった。

 先程の衝撃でエレナ人形が倒れ、その上にテル人形が覆い被さっていた。それはまるで、欲望に任せて行為に及ぼうとするそれで、愛を確かめ合う行為に他ならず──


「…………」


「…………」


 二人の間に、先程とは違った気まずい沈黙が流れる。

 エレナがテルミットの袖を引いた。頬を赤く染めて、もじもじと身体をくねらせる。


「……その、ボクらもするかい?」


「……お願いします」


 膝枕から一転、エレナを押し倒すと、そのまま二人の愛を深めた。

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