1-3 身体で払ってもらうから

 朝。テルミットが食堂に降りてくると、既にエレナが食事の用意をしていた。


「おはようございます」


「おや、随分と早起きだね。もう少し寝てても良かったのに」


 呟くエレナ。あくびを噛み殺したのか、目尻に涙が溜まっている。


「すまない。久しぶりの客人に少し興奮してしまってね。昨日はあまり眠れなかったんだ」


 ボーッとした様子で鍋を掻き回す。


「悪いけど、まだ朝食の用意ができていないんだ。もう少しだけ待っていておくれ」


 待ってくれ。と言われても、昨日から世話になりっぱなしでは、流石に気が引ける。何か手伝えることはないだろうか。無意識にウズウズしてしまう。

 それを見かねたエレナが、


「それじゃあ、屋敷の裏手に湧水が流れているから、そこから水を汲んできてくれるかい?」


「はい!」


 屋敷の裏に来ると、すぐに湧水が目についた。渡された桶いっぱいに水を汲み、エレナの元へ運ぶ。


「ありがとう、男手がいて助かったよ」


 にこりとエレナが微笑むと、テルミットの顔が熱くなった。昨日はあまり意識していなかったが、やはり綺麗な人なのだと改めて思い知らされる。


 朝食を食べながら、何気なしにエレナが尋ねる。


「今日はどうするつもりなんだい?」


「これ以上お世話になるのも悪いですし、食事だけ頂いたらすぐに出ようと思います」


 テルミットの答えに、エレナは一瞬寂しそうな表情を浮かべた。


「……たしかテルは薬草を集めていたんだよね?」


「はい。そうですけど」


「夢中になって薬草を集めているうちに、この屋敷に迷い混んでしまった。そうだよね?」


「そうですけど……」


 それが何か? と言おうとしたところで、テルミットもエレナの言わんとしていることに気がついた。


「帰り道は知っているのかい?」


「…………いえ、わからないです」


 小さくなるテルミットに、エレナは鬼の首を取ったようにニタリと笑う。


「町までの道を案内してあげてもいいけど、ただというわけにはいかないよねぇ?」


「うう……でも僕、あんまりお金は持っていなくて……」


「お金の心配はしなくていいよ。テルの身体で払ってもらうから」


「身体で!?」






 二人は外へ出ると、屋敷の脇に立つ小屋を訪れていた。


 エレナは出会った時と同じ清楚なワンピースに、肘まで丈のある手袋をはめ、黒い日傘を差していた。

 テルミットが尋ねると、「肌が弱いものでね」と困ったように苦笑していた。


「なんだか、無理矢理言うこと聞かせたみたいで悪いことをしたね」


「いえいえ、泊めて頂いた上すごく良くしてもらったんですから。何でもやりますよ」


「それじゃあ、この木を切って薪にしてくれるかい?」


 小屋の脇に無造作に置かれた木材を指すエレナ。

 気軽に言ってはいるが、その量は一般家庭で消費する薪、1ヶ月分に相当するだろう。


「え、これ全部ですか?」


「もちろんできる範囲でいいよ」


「が、頑張ります……」


「急ぎじゃないから、ゆっくりでいいよ」


「わかりました」


「あまり根を詰めなくていいからね」


「? はい、わかりました」


「無理しないように、できるだけ休息をとるんだよ」


「はい、頑張ります!」


「…………」


 エレナの言い付け通り、黙々と薪を切り始めるテルミット。その動きに迷いがない。

 おそらく普段から身体を鍛えているのだろう。基礎体力の高さが伺える。

 一抹の不安を覚えながらも、睡魔には抗えずエレナは床についた。






 夕方。目が覚めたエレナは己の失態を恥じた。昼食くらい用意しておけば良かった。今頃テルミットも腹を空かせていることだろう。


 夕食の支度を始めると、テルミットが帰って来た。


「おかえり。首尾はどうだい?」


「エレナさん、全部切り終えました!」


 テルミットが誇らしげに報告するのと裏腹に、エレナの顔がわずかに引きつる。


「……全部終わった、だって?」


「はい。全部」


 ショックで倒れそうになるのを必死で食い止め、エレナが精一杯の笑みを浮かべる。


「……ありがとう、テル。やっぱり男の子がいると頼りになるね」


 その一言で、一日の疲れが吹き飛び、不思議なことに疲労困憊だった身体が軽くなったような気がした。だらしなく頬が緩んでしまう。


「えへへ、こちらこそ、ありがとうございます」


「? どうしてテルがお礼を言うんだい?」


 自分でも何故お礼の言葉が出たのかわからない。だが、エレナに対して感謝の気持ちが芽生えて、自然と口に出てしまったのだ。


「また薪を切る時は言ってください。コツを掴んだので、今度はもっと早く切れると思います」


 威勢のいい言葉に、エレナの声が上擦る。


「はは……薪はもういいかな……」


 夕食を終えると、エレナから風呂に勧められた。テルミットは「汗や土で汚れているから、エレナさんの後でいいですよ」と遠慮したものの、


「遠慮することはないよ。一番風呂は働き者の特権だからね」


 というエレナの言葉で、一番風呂の栄誉を預かることになった。


 身体を洗いながら、エレナから言われた言葉を反芻する。


「頼りになる、か……」


 もちろん、これはエレナなりのリップサービスかもしれないし、自分はそれに浮かれて舞い上がっているだけなのかもしれない。


 それでも、エレナから認められたような気がして、妙にこそばゆい。意味もなく顔がにやけてしまう。


 その時、風呂の扉が開く音がした。反射的に振り向くと、一糸纏わぬ姿でエレナが立っていた。

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