4-4 新しい日常

 夜。完全に日が落ちると、目が覚めた。吸血鬼になったせいか、最近は夜に目が冴えてしまっている。


 日の光が苦手な吸血鬼らしいといえばらしいが、そうなると、テルミットが人間だった頃は、エレナにもその生活サイクルを付き合わせていたことになる。


(悪いことをしたなぁ……)


 気がつかなかったと言えばそれまでだが、一言くらい言ってくれても良かったのに。


 そんなことを考えながら食堂に降りてくると、エレナが椅子に座っていた。こちらに背を向けており、何やら作業をしているようだ。


「おはようございます、エレナさん」


「おはよう、テル。……って、夜だからこんばんは、と言うべきだったかな?」


「あ、それもそうですね」


 ややこしいとは思いつつ、こんな風に他愛のない会話が心地いい。


 ふと、エレナの手元を覗き込むと、縫い物をしているようだ。


「何をしてるんですか?」


「テルの外套を作っていたのさ。これがなくちゃ、昼間はろくに外を出歩けないからね」


 じーんとエレナの優しさが胸に染みる。


「ありがとうございます。大切にしますね」


「いいんだ。好きでやってることだからね」


 好きで作っていると言ってはいるが、そうは言っても、このまま何もせずに完成まで待つというのも手持ちぶさただ。


 頑張っているエレナのために、紅茶を淹れることにした。


 エレナが手を動かす傍ら、テルミットは夢の中で見た話を言ってみることにした。


 エレナは驚きつつも、テルミットの言葉をすんなりと信じてくれた。こみ上げる思いがあったらしく、胸に手をあて、目を伏せる。


 やがて目を開けると、ポツポツと語りだした。


「……あの後、すぐに村を出たよ。村人からも、異形の者を相手にするような、腫れ物に触れるような扱いを受けたからね。ボクなりに村人のために力を尽くしてきたつもりだったけど、あれは辛かったなぁ」


 エレナが力なく笑う。村でエレナがどのように過ごしてきたのか、テルミットは夢の中で見てきた。それだけに、信頼していた者たちに裏切られて辛い思いをしてきたのだろう。


 思えば、エレナの人間嫌いはここから始まったのかもしれない。大切な人を奪われ、自分の居場所も失ってしまったのだから。


「それからは、あちこちを放浪したよ。魔法を覚えて、それなりに力をつけた。……でも、行く先々で騎士たちに追い回されたね。戦うことは容易かったけど、向こうも数が多い。殺しても殺しても、きりがない」


 まるで他人事のようにエレナは語る。


「初めは憎くて憎くて堪らなかったんだけどね。……いや、正直に言ってしまえば、復讐を生き甲斐にしているところもあったかな。でも、いくら殺しても、教会は一向に衰えない。それどころか、ボクを槍玉にあげて、信仰を獲得している有り様だ」


「……その節はすみませんでした」


 深々と頭を下げるテルミットに、エレナは目を丸くした。


「どうしてテルが謝るんだい?」


「その、エレナさんに十字架を贈ってしまって……」


 エレナと出会ってから初めて町へ行った帰りに、お土産としてエレナに十字架の首飾りをプレゼントしてしまった。


 知らなかったこととはいえ、エレナの気分を害してしまったに違いない。


「いいんだよ。テルが謝ることじゃない。これは、テルがボクのことを思って心を込めて選んでくれた、素敵なプレゼントだ」


 テルミットから贈られた十字架をチラリと見せながら、エレナがはにかむ。


「それに、なかなかシャレが効いているだろう? 吸血鬼の首に十字架なんて」


 彼女は大事な人を教会の騎士に殺されているのだ。十字架は教会のシンボルでもあるため、エレナは仇の象徴を身に付けていることなる。


 エレナは何でもないことのように言っているが、内心は複雑な思いに違いない。


「教会と敵対して、昼夜を問わず神経をすり減らす日々。そんな生活に嫌気が差してしまって、ここに移り住んだんだよ。人間から離れて、一人で生きようと思った。でもね、やっぱりこの屋敷は広すぎたんだ。一人で住むには広くて、それでも人間とは相容れなくて。……いっそのこと、日の光を浴びて、彼と同じところへ行こうかとも考えたんだ」


 どこか寂しそうに語るエレナ。頬には一筋の涙が溢れた。


「でも、彼はあの時ボクを救うために命を落とした。そのボクが自ら命を絶つだなんて、それこそ彼に顔向けできない。絶対に自ら命を絶つようなことはしないと誓ったよ。それからだね。テルと出会ったのは」


 エレナの話を遮るように、テルミットが口を開いた。


「あの、質問をしてもいいですか?」


「なんだい?」


「以前、僕がここに迷い込んだのは薬草を採取しているうちに道に迷ってしまったと言いましたよね?」


「そうだね。今でもキミがやってきた時のことはよく覚えているよ」


「今にして思えば、少し出来すぎていたんじゃないかなと思いまして」


 エレナの表情が強ばる。


「……どういうことだい?」


「あらかじめ魔法で薬草を大量に栽培して、僕が遭難するように仕組んだんじゃあないですか?」


 テルミットの指摘に、エレナの顔がひきつった。


「……考えすぎだよ」


「山奥で野宿をしようとしていたところに、蝶々が現れて、エレナさんの屋敷まで案内してくれたんです。……これって、エレナさんが導いたんじゃないですか?」


 エレナの目が泳ぐ。


「たしか、吸血鬼は小動物を使い魔にして、操ることができるんですよね? それなら、これもエレナさんが操っていたとしてもおかしくないですよ」


 指摘の数々に、思わず冷や汗が流れる。言い逃れができないと判断したのか、エレナが降参するように両手を挙げた。


「……そうだよ。キミの推理通りさ。たしかに、テルが遭難するように仕組んで、この屋敷まで連れてきた。

 でもね、突然初対面の女性から『キミの前世はボクの眷属だったから、また眷属になってくれ』なんて言われたらどうだい? 怪しすぎるだろう!」


「そ、それもそうですね」


 珍しく声を荒らげるエレナに気圧され、思わずのけ反る。


「いきなり結論から話しても良かったんだけど、どんな物であっても何かしらの順序というものがある。ただまあ、騙すようなことをしてしまったのは申し訳ないと思っているけどね」


 しゅんとしおらしくなったエレナ。慌てて訂正する。


「あ、ち、違います。別にエレナさんを責めようと思ったわけじゃないんです」


「……そうなのかい?」


 顔を上げたエレナの瞳は、どこか寂しげに見える。


「エレナさんには感謝してるんです。僕はエレナさんのおかけで、昔の自分よりも一回り強くなれたんですから」


 両腕にぐっと力こぶを作って見せるテルミットが可笑しくて、エレナの口元が綻んだ。


「本当かい?」


「あ、信じていませんね? それじゃあ、お話するしかありませんね。僕がたった一人で聖騎士たちに立ち向かった話を!」


 エレナとしては使い魔の視界を介して一部始終を見ていたわけなのだが、得意になって語るテルミットを見て、思わず笑みが溢れた。


 話したくて話したくてたまらない様子で、早口になってるテルミットが愛おしい。


 焦らなくてもいいよ、と心の中で呟く。時間はいくらでもあるのだから。

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