2-1 再会の約束

「明日は街に行ってみてもいいですか?」


 エレナがポロリとフォークを落とした。乾いた金属音が辺りに響く。


「え……」


 余程ショックが酷かったのか、固まってしまったエレナに慌てて弁解をする。


「いえ、ここでの生活が嫌になったとかではなくてですね、薬草採取の仕事をすっぽかしちゃったので、それを完了させたいのと、日頃お世話になっているエレナさんに何かお礼がしたいなと思いまして……。ほら、街なら何かオシャレな物とか売ってるかもしれないじゃないですか」


「……本当に帰って来てくれるんだろうね」


 ジト目でテルミットを睨む。


「もちろんです。命を賭けたって構いません」


 エレナを安心させるべく、わざと強い言葉を使う。


「心配だなぁ」


 拾ったフォークを手の中で弄ぶ。


「町にはかわいい女の子が多いからね。テルがどこぞの馬の骨とも知れない女に引っ掛かってしまうかもしれない」


 と、自分のことを棚に上げていらぬ心配をすエレナ。


「大丈夫ですって。僕、全然モテませんから」


「それこそ信じられないな」


「冒険者としてまだまだ未熟ですし」


「将来性があるじゃないか」


「お金だって全然持ってないですし」


「養ってあげたくなるね」


「顔だって良くないですし」


「ボクはキミの顔が好きだけどね」


「か、髪だってクセっ毛が酷いですし」


「キミのチャームポイントだ」


「と、とにかくモテないんですよ! 生まれてこの方、彼女なんて一度も出来たことないんですから!」


「テルに彼女ができないのは、周りの女性に見る目がないからだろう」


 何を言っても言い返されてしまい、答えに窮してしまう。


「と、とにかく必ず帰って来ますから!」


 エレナの緋色の瞳がテルミットをまっすぐに貫く。


「ボクの一族は約束を何よりも尊ぶ。もしも帰って来なかったら、地の果てまで探しだしてみせるからね」


「は、はい」


 返事をしたところで、あることを閃いた。


「あの、そんなに心配なら、エレナさんも一緒に行きますか?」


 ふぅ、と困った様子でため息をついた。


「いいかい? ボクがこの山奥にこもっているのは、にんげ……人混みが嫌いだからここにいるんだ」


「はぁ」


 人混みが嫌いなのに寂しがりなんですね、という言葉をぐっと飲み込む。


「それに、ボクは肌が弱いだろう? 街中で日傘を差すと目立ってしまうし、そうなると夜しか満足に出歩けない。それとも、キミはあれかい? 夜中にボクと色町を歩きたいというのかい?」


 エレナと色町を歩くところを想像する。客引きの娼婦に食って掛かるエレナがありありと想像できた。


「いえ、それはちょっと……」


「そういうわけで、ボクは行けない」


「わかりました。すぐに戻りますから」


 準備をしようと背を向けるテルミットの背中に、微かに抵抗を感じた。が振り返ると、テルミットの裾を掴んで切なそうな目を向けるエレナの姿があった 。


「誓ってくれ。キミが必ずまたここへ戻ると」


 エレナが自身の銀色の髪を手繰り寄せた。


「ボクの髪にキスをしてくれ」


「えっ……」


「なんてことはない。おまじないのようなものさ。ボクの一族では、再会の約束や、絶対に破らない約束をする時には髪にキスをするのさ。『後ろ髪を引かれる思いはさせない』という意味を込めてね」


 銀色の髪を手に取り、顔を近づけると、ふわりといい匂いがした。くらりと一瞬めまいを覚えた。同じ風呂に入り、同じ石鹸を使っているはずなのに、なぜこうもいい匂いがするのだろうか。


「テル……?」


 エレナが不安そうに見つめる。エレナを一刻も早く安心させるべく、絹のように滑らかな髪に唇を重ねる。


 唇が触れた瞬間、自分の中の何かが壊れた気がした。たがが外れたように、何度も唇を触れさせる。


 エレナを安心させるにはこうするしかないのだ。それならば何度もキスをした方が、安心してもらえるかもしれない。そんな言い訳を心の中で呟きながら、己の欲望に従う。


 6度目の唇が触れたところで、エレナがテルミットの顔を引き剥がした。


 見ると、いつもの済ました顔が、今は生娘のように紅潮していた。


「……すまない。言い忘れていたけど、キスは一回だけで十分なんだ」


 エレナの言葉に、今さらながら自分の行為を思い出し、テルミットも赤面する。


「……でも、嬉しかったよ。キミの思いが伝わった。ありがとう」


 そう言うと、エレナは自分の髪を愛おしそうに抱き締めた。


 あの飄々としていたエレナが、今は恋する乙女のようではないか。自分がエレナをそうさせたのだと思うと、誇らしさと共に妙に気恥ずかしい。たまらず、自室に逃げることにした。

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