2-7 相応の報い

 久しぶりに町へやって来たテルミットが、いつものように薬草を納品する。


 ここのところ、エレナが町には行くなとうるさかったが、先日ようやく折れてくれた。


 何かいい土産を買って行けば、機嫌を直してくれることだろう。


 いつものように店に寄ろうとしたところで、普段と町の様子が変わっていることに気がついた。


 町人たちが忙しく走り回り、何かをしている。心なしか、普段よりも人通りが多く活気があり、皆が浮かれているように見える。


(どうしたんだろう)


 テルミットが疑問に思ったところで、見覚えのある顔に遭遇した。


「よう、テル坊じゃねェか」


「ガルドさん!」


 冒険者のガルド。以前、テルミットと酒を飲んだ際に秘密を暴露してしまったが、あれ以来、顔を合わせると挨拶をする間柄になっていた。


「何かあったんですか?」


「もうすぐ、町で収穫祭があるんだ。だもんで、その準備で忙しいんだよ」


「収穫祭……」


「だいぶ派手にやるからな。この辺の通りにもびっしり露店が並ぶし、夜には楽団がやってきて、音楽に合わせて踊るんだ」


 エレナと露店を巡り、一緒に踊るところを想像する。


 きっと楽しいだろう。人形のような美しさの彼女と露店を練り歩く。歩きながら食べる彼女はとても新鮮だろうし、逆に食べ歩きを窘めるかもしれないが、それもいい。なによりエレナと町を歩きたい。


 夜には音楽に合わせて踊るのだ。クタクタになるまで踊って、互いに汗ばんだ手を繋いで宿に泊まり一日を終える。きっと素晴らしい一日になるに違いない。


 想像とはいえ、思わずにやけてしまう。


「楽しみですね」


 そうだろう、と言ったガルドは、言葉に反して浮かない顔をしていた。


「早いとこ冒険者殺しが捕まってくれりゃ、安心して祭りを楽しめるんだけどなァ……」


「冒険者殺し?」


 聞き馴れない単語に、思わず聞き返してしまう。


「知らないのか? 広場に冒険者の首が晒されていた事件だよ。この間まで、町じゃあその話題で持ちきりだったんだぜ?」


 ガルドの話によると、事件は早朝に発覚した。町の広場に冒険者6人の首が晒され、髪の毛が血で染められ、顔のどこかに2~7の数字が刻まれていたらしい。


「そんなことが……」


 最近はずっと屋敷にいたので、そういった噂は耳に入らなかった。


 殺されたのが知らない人とはいえ、冒険者が殺されたとあっては、自分のことのように考えてしまう。何かの拍子に、自分がその被害者にならないとも限らないのだ。


「アイツらも、誉められた仕事してるわけじゃあねェが、同業者としちゃあ他人事に思えねェ。早く捕まってくれるよう、祈ってるよ」


 テルミットが頷く。 殺されたのは、間違いなく自分より強い者たちであったに違いない。それを殺しただけで飽きたらず、首まで晒す残虐性。ぞくりと鳥肌が立った。


「噂じゃ、今回のことで教会から聖騎士が来るらしいぜ」


 聖騎士といえば、聞いたことがある。教会の手先となって、モンスターから人々の安全を守ったり、異端審問を行って治安を維持するのだとか。良い話も悪い話も出回っているが、テルミットとしては好意的な印象を持っていない。


「騎士も冒険者殺しも、早いとここの町からいなくなってくれればいいんですけどね」


「まったくだぜ。祭までには、解決するといいんだがな」


 ガルドの呟きに、テルミットも心から賛同した。






「う~ん」


 屋敷に戻ったテルミットは、ガルドから聞いた話を考えていた。


 冒険者殺しが現場に残したメッセージは2つ。血で染められた髪と2から7までの数字。


 この数字というものがやっかいだ。単純に2から7までの数字に意味があるのか、欠けている1という数字に意味があるのか。それとも、一つ一つに違う意味があるというのか。


 血で染められた髪というのは、なんとなく理解できる。殺した過程でついてしまったのか、犯人が残酷なことを好んでいるのか。


「まったく、犯人の顔が見てみたいよ」


「どうかしたかい?」


「うわっ!」


 不意に声を掛けられ、椅子から転げ落ちそうになるテルミット。


「え、エレナさん……」


 テルミットを驚かせた当人は、悪びれる様子もなく、隣に腰かけた。紅茶を淹れてきたらしく、自分の分とテルミットの分を置く。


「何やら考え事をしていたようだけど、何を考えていたんだい?」


 テルミットが町で聞いた冒険者殺しの話をすると、なぜかエレナの顔が強張った。


「冒険者殺しなんて、物騒ですよね」


「……そうだね」


 なぜか視線を泳がせるエレナ。


「エレナさんも気をつけてくださいよ。どこに犯人が潜んでいるか、わかったものじゃありませんから」


 テルミットの忠告に、エレナが力なく笑った。


 巷を騒がせている、冒険者殺し。その正体が自分だと言えば、テルミットはどういう反応をするだろうか。冗談だと一蹴するだろうか。幻滅するだろうか。どちらにせよ、最悪の状況だけは避けなくてはならない。


 このことは、墓まで持っていこう。エレナはそう固く誓った。


「それで、殺された冒険者の顔に刻まれていた2~7の数字には、どんな意味があるのか考えていたんです」


「なるほどね」


 テルミットの話を聞きながら、エレナはどう答えるべきか思案していた。


 素直に教えてあげたいような気もするが、万が一冒険者殺しの犯人と疑われても困る。


 悩んだ末、エレナは半分だけ教えることした。


「……ボクの一族では、ある特定の数字には意味があるんだ」


「意味、ですか」


 エレナが頷く。


「例えば7だったら、永遠や完全を意味する、みたいにね」


「へぇ、面白いですね」


「そこから発展して、6は永遠や完全に準ずるもの、あるいは永遠を求めるという意味がある。使い方によってその都度意味が変化するんだけど、例えば異性に6度キスをする行為は、『永遠を求める』から変化して、求婚という意味になるんだ」


「なるほど…………ん?」


 テルミットが首をかしげた。


 6度のキス。どこかで聞いた覚えがあるような気がする。


 記憶を辿ると、町へ行く直前のことを思い出した。たしか、エレナの髪にキスをするように言われ、つい調子に乗って6回もキスをしてしまった。


 その意味するところに気がつき、思わず赤面してしまう。


「たしかにボクの髪にキスをするようお願いしたけど、まさかプロポーズをされるとは思っていなかったよ」


 ゆでダコのようになったテルミットに、からかうような目が向けられる。


「あ、あれは、その、そんな意味があったなんて知らなかったといいますか。エレナさんの髪が綺麗すぎて、つい夢中になってしまったといいますか」


「わかってるよ、テルが知らないでやったってことくらい」


「エレナさん……」


「とはいえ、乙女の純情を弄んだことに変わりはない。相応の報いを受けさせたいところだね」


 報い、という言葉を聞いて、思わず身体が固くなる。


「目を瞑って、歯を食いしばって」


 言われた通りに目を瞑る。歯を食いしばる、ということは頬を叩かれるのだろうか。


「それじゃあいくよ」


 エレナの気配が近づく。思わず生唾を飲み込んだ。


 叩かれる。そう身構えた刹那━━頬に柔らかな感触。


「えっ!?」


 目を開けて触れたところを触ってみると、湿っぽくなっていた。これは、まさか。


「やられっぱなしというのも、性に合わないからね」


 してやったり、とエレナが得意顔になった。


 テルミットの顔が熱を帯びていく。エレナが触れたところを撫でた。


 ここに、エレナが……。そう思っただけでにやけそうになる顔を必死で堪える。


 しばらく顔を洗わないでおこう。密かにそう決意したのであった。

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