ボクっ娘ロリババア吸血鬼に養われてイチャイチャする話

田島はる

プロローグ

 ケガをした少年──テルミットの膝を、小柄な少女がそっと撫でた。


「大丈夫かい? 痛くないかい?」


 心配そうに尋ねる彼女の名は、エレオノーラ・レインブラッド。吸血鬼の末裔にして、テルミットからはエレナの愛称で呼ばれていた。


 消毒液を取り出すと、ピンセットで摘んだガーゼにつける。


「大丈夫ですよ。これくらい、なんともありませんから」


 痛みを堪え、強がりを言う。


 血の止まっていない傷口にガーゼをつける。

 消毒液が染みたのか、テルミットが顔を歪ませた。目の端に涙が浮かぶ。


「無理しなくていいんだよ? 痛いなら痛いって、言っていいんだからね?」


「だ、大丈夫ですから。本当に、まったく痛くありませんから……」


 強がるテルミットの目が、ふと、エレナの唇に吸い寄せられた。

 傷口の消毒に集中しているのか、薄い桃色の唇を尖らせている。

 花の蕾のように可憐で。見た目通り柔らかそうで。触れたら溶けてしまいそうで。思わず我を忘れてしまった。


 テルミットの視線に気づいたのか、エレナが首を傾げた。


「どうかしたのかい?」


「いや、あの……」


「さっきからボクの唇を見ていたようだけど……」


 そこまで言いかけて、エレナが何かを察して手を叩いた。


「ああ、そうか。もしかして、こっちで消毒した方が良かったかな?」


 ちろり、とエレナが舌先を出した。


「い、いやいやいや! ち、ちちち違いますから! まったく、全然、そんなこと思ってませんから!」


「ふーん」


 テルミットの釈明を信じてないのか、疑わしげな視線を送る。


「ボクとしては、テルがお願いするのなら、やってあげるのもやぶさかじゃないんだけどね」


 片目を閉じて、ちろりと舌を出す。


 小悪魔の誘惑。テルミットがごくりと生唾を飲み込んだ。


 桃色の唇の中に映える、濃い紅色の舌。あの舌で傷口を手当てされたら、どんな気分だろうか。


 ガーゼに染み込ませた消毒液をつけるのとは、わけが違う。座ったまま手当てをするのは難しいかもしれない。そうなると、その場にひざまずいて、傷口に口をつけることになるのだろうか。


 気品のある佇まいをした彼女がひざまずくという背徳。膝をついただけでは、辛い体勢かもしれない。テルミットの太ももに、その小さな手を乗せるのだろう。契りを結ぶように傷口に唇をつける、献身的な奉仕。


 傷の手当てという賞賛されるべき行為でありながら、その光景はどこか淫靡で、背徳的で、異性を興奮させるには十分すぎる魅力を持っていることだろう。


 傷口から滲んだ血が、紅色の舌に絡む。口の中で、彼女の唾液と自分の血と混ざって一つに溶けあい、口の中に溜まったそれを、小さな喉がこくんと飲み込む。


 消毒という名の体液の交換。彼女の唾液が傷口から全身に染み渡り、自分の血が彼女と一つに交わる──


 ──と、そこまで考えて頭を振る。妄想が加速してしまう前に、慌てて頭から追い出した。


「い、いいですから! 本当に大丈夫ですから!」


「……そうかい?」


 しゅんとした様子で、エレナは手当てに戻った。


 その様子がどこか残念そうで、良心が締め付けられる。


 ……強く言い過ぎてしまったかもしれない。これではまるで、自分がエレナのことを異性として魅力がないと言ってるようなものではないか。

 自分の意地ばかり優先して、彼女のプライドを傷つけてしまったかもしれない。


 愚かだった。軽率だった。ちっぽけなプライドを守るために彼女を傷つけて。自分の気持ちからも目を背けて。


 伝えなくてはならない。これは本心ではないのだと。自分はエレナのことをとても魅力的に思っているのだと。


 そう思うと、勝手に口が動いてしまった。


「その……もし、また怪我をしてしまったら、その時はお願いしていいですか?」


「……それって、こっちでってことかい?」


 キョトンとした様子で舌を指差すエレナに、テルミットが顔を反らせた。


「うう……恥ずかしいので、あんまり言わせないでください……」


 耳まで真っ赤にする様子がおかしくて、エレナの頬が緩んだ。


「もう、テルはイジワルだなぁ。ボクとしては、テルにはケガをして欲しくないのに……」


 責めるような言葉でありながら、どこか穏やかな表情。ほんのりと頬を染めて、潤んだ緋色の瞳がテルミットを見つめた。


 どきり。高鳴る鼓動。


 エレナの唇から目が離せない。薄い桃色の唇が、つがいを求めているような気がして、その唇を塞げとテルミットの中の本能が叫んでいて。


 ごくり。乾いた喉に唾液が染み渡る。エレナと唇を合わせて、唾液を交換したら、いったい自分はどうなるのだろう。どうなってしまうのだろうか。


 全身に欲望という毒が回る中、僅かに残された理性が、一つの問いを投げかけた。


 ──ああ、そもそも、なぜ自分はここにいるのだろうか。

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