三鶴城さんの挑戦状

 そもそも三鶴城って何組なのだろうか。今のところ分かっているのは名前だけで、どこのクラスだか全く分からない。それでも一クラスずつ順番に見ていく他はない。


 というか、それこそ三鶴城が教室でお昼をとっているのかも分からない。


 それでも食堂でも教室でも、探すしかない。昨日三鶴城は晒すと言っていたが、本当にそうしたのか本人に直接確かめる必要がある。


 順番に教室を見て回る。慣れない事をしているせいか、チラッと覗くくらいしかできない。そもそもこんな風に、よその教室を覗くのなんて、初めてのことで緊張をする。他のクラスというのは、どうにも空気が違くてあまり近寄りたいものではない。


「‥‥いないな」


 順番に見ているが、三鶴城の姿は見つからない。あまりうろうろしたくないのが本音だが、生活が掛かっているのだ。背に腹は変えられない。それにしても普段、黒須と池尾が一緒にいてどれほど心強いか、こういう時に実感させられる。


 あの二人と歩く廊下は無敵感が半端ないのだ。


 その時、廊下の一番奥の教室の中に三鶴城の姿を見つけた。他の生徒たちが友達と楽しそうにお弁当を食べている中、三鶴城は一人席に座り黙々と食事をしていた。


 ただ、一人で食べているにも関わらず何故か堂々して見える。何というか存在感がすごいなあいつ‥‥。つーかあいつぼっちだったのかよ。


 さて、ここからどうしたものか。いきなり三鶴城の目の前に俺が行ったら、他の生徒たちは不思議がるかもしれない。


 視線はなるべく浴びたくない。陽キャラの仲間入りをしたと言っても、まだまだ中身は陰キャラで、俺は人前が好きではない。


 これだけはきっと治る事はないだろう。


 教室の外から視線を送るが、三鶴城はこちらに気づくようには見えない。


「青春君だよね? 何してるの?」


「うおっ!」


 背後からの声に俺は思わず驚いてしまった。振り向くと一人の女子生徒が立っていた。その生徒は胸のボタンが惜しみなく外され、胸が見えそうな見えなそうな絶妙な位置をキープしている。それにしてもスカートが短い。


 もう少し短ければ、ワカメちゃんのようになりそうに見える。


「誰か探してる? 呼んで来てあげよっか?」


 どうしてこの女子生徒が俺の名前を知ってるのか分からないが、ここは呼んで来てもらうことにしよう。


 というか陽キャラって三鶴城の時もそうだが、こんな風に他のクラスから名前を覚えてもらえるのかもしれん。


「あ、じゃあ三鶴城‥‥さんをお願いします」


「何で敬語なの。まじウケるんですけど。青春君が三鶴城さんに用があるなんて珍しいね」


 そう言って彼女は三鶴城の方へと向かっていった。


 彼女はきっと完全なる陽キャラに間違いない。あの制服の着こなし、そしてフランクな言葉づかい。あれは間違いない。確実に権力者の証拠だ。


 彼女に声を掛けられた三鶴城は俺の方を見た。何も言ってないのに、すぐに用件を理解したのかこちらに向かってくる。その向かってくる最中の佇まいでさえも、何故か堂々としている。


「こ、こんにちは」


 俺はどうしていいか分からず、ここで何故か人見知りを発動してしまった。正直昨日のことがちょっと気まずくはあるのだ。


 一瞬でも襲おうとしてしまったのだ。そんな事をして、次の日に俺がまともに顔をみれる筈がない。


 そんな俺をみて、三鶴城はため息をついた。


「話があるんでしょ。人のいないところに行きましょう」


 そう言って三鶴城は廊下を歩き出した。俺はその後をついていく。

 

 後ろ姿だけだが、歩いている時の姿勢もとても良い。見た目だけ見ていると典型的な優等生のように見えるが、昨日のアレを見たら違うのだろう。一人ぼっちで昼ご飯を食べていたのも、何となく意外ではなかった。


「‥‥ここでいいかしら?」


 ここまでだいぶ歩いてきた。靴まで履き替えて、中庭の端っこまで連れて来られるとは思っていなかった。


 人がいないことに越した事はないが、こんな所を誰かに見られたら面倒臭い事になるのは目にみえている。


「いきなりだけど、昨日の写真ネットに上げたのか?」


 俺はいきなり一番知りたい事を聞いた。とにかくこれだけを確認したかった。今は正直よく分からない状況で困惑しているのだ。


 三鶴城は首を横に振った。その瞬間、俺は安心したのか、足の力が抜けそうになった。


「どうしてなのか聞いてもいいのか?」


 三鶴城は相変わらず綺麗で、その容姿だけで言ったらこの学校でもトップを争うものだと思う。ここまでメガネが似合う子もそういる事はないと俺は思う。


「その前に、私も青春君に聞いてもいいかしら?」


 三鶴城は腕を組み、足を地面にトントンと叩いている。


「別にいいけど、何だ?」


「昨日言ってた中学の時みたいにって、どういう事?」


 なるほど。そういえばそんな事を言ってしまった。あの時はもう諦めていたから、隠す必要はないと思ったからな。


 まぁ、ここは話すしかないだろうか。それに三鶴城もぼっちに見えたし、多分大丈夫だろう。


「あー、俺さ高校デビューなんだわ。中学の頃は眼鏡の陰キャラだったの。それが知り合いのいない高校を選んで、高校デビューなんてよくある話だろ?」


 三鶴城は顎に手を当て、何かを考え出した。そうして何度か頷き俺の方を見た。


「だからギャルゲーなんて買ってたのね。‥‥どうして高校デビューしたのか聞いてもいい?」


「いや待て。あれは姉貴に買ったと言った筈だ」


「そんなの言い訳、今更通用するわけないじゃない」


 あっ、怖い。その表情マジで怖い。


 三鶴城は時々一瞬で即答する瞬間があるが、その瞬間の表情がとても怖い。何というか不良とかのような怖さではなくて、大人しい人の時折見せる闇。みたいな怖さだ。


「そんな事はいいから、私の質問に答えてくれる?」


 くっ。こいつのこの態度、本当にぼっちなのか? とてもじゃないがそうは見えないんですが‥‥。俺なんかよりもよっぽど陽キャラに見えるぞこいつ。


「正直、俺だって中学の頃は陽キャラが嫌いだったさ。でもそれは自分が陰キャラだったからで、実際なってみると楽しいもんだよ」


「あなたは中学の頃ぼっちだったの?」


「ぼっち通り越して存在すら認知されてるか危うかったな。まぁ俺のスキルが凄すぎたのもあるが」


「スキルとかいう訳の分からないことは、当然無視させてもらうけど‥‥。あなたの言っていることは陰キャラが陽キャラより、劣っていると言ってるように聞こえるわ」


 何かさっきまでと三鶴城の表情が違って見える。気のせいだろうか、俺の事を睨んでいる気がするのですが‥‥。


「まぁ普通に考えたらそうだろ。カーストの最下位だぞ陰キャラとぼっちは」


「へぇ。少しは青春君の事を見直して、写真を晒すのをやめたのだけど杞憂だったみたいね」


「ちょっと待て! 何で怒ってるんだよ!?」


 どう見ても三鶴城は怒っていた。どうやら俺は知らぬ間に逆鱗に触れてしまったらしい。


「怒ってないわ。それよりもぼっちが劣っているというのは、私への当て付けかしら?」


「そんな事言ってないだろ!? つーか俺も元々陰キャラでぼっちだって言ったじゃねぇか!?」


「言ってるわよ。しかも今では、陽キャラでこんなに楽しいぜ俺! とか言ってるじゃない」


 三鶴城は俺を馬鹿にするように、変な顔をして言った。


「おい、もしかしてそれは俺の真似か? つか、そりゃ陽キャの方が陰キャの時より楽しいに決まってんだろ」


「こんなアホ面、あなた以外の誰の真似だと思うのかしら? 私は確かにぼっちだけど、陽キャラよりも楽しいと自負しているわ」


 ‥‥こいつは何なんだ。よくもまぁ、こんな台詞を堂々というもんだ。


「教室で一人寂しく、弁当を食べてたのにか? あれはどう見ても楽しそうには見えなかったけどな」


「私からしたら、周りの顔色を伺って生活しているあなた達の方が、よっぽどつまらないようにしか見えないわ。自分を押し殺し、空気を呼んで楽しいと言えるのかしら? 一人がつまらないなんてあなたの物差しじゃない。そもそもそれは青春君がつまらない人間なんじゃないかしら?」


 三鶴城の言葉はナイフの様に俺の心をえぐろうとしてくる。この言葉は俺には効果が抜群だ。


 しかし、今は陽キャラの代表として引くわけにはいかない。あ、陽キャラの代表って響き凄い良い‥‥。


「いやいや、じゃあ三鶴城は自分が面白い人間とでも思ってるのか? つまらないから友達がいないんじゃないのか?」


「居ないのではなくて、作らないの。勘違いしないで。つまらない人間達に時間を割いている暇はないの」


 一瞬でも三鶴城を可憐だとか、綺麗と褒めた自分を俺は責めたい。これが三鶴城の本性で、普段のあの大人しそうな佇まいは作られたものだった。


「もうこんな風に言い合ってもキリがないな。とにかく画像さえ消してくれれば、もうお前には近づかねぇから消してくれ」


 しかし、三鶴城は言い放った。


「嫌よ。私があなたの思い通りになると思ったら大間違いよ。私はコスプレ陽キャに屈しないわ」


 コスプレ陽キャって‥‥。なんか結構傷つくんんですけど。


「私はぼっちだけど、絶対にあなた達よりも優れている。でも、あなたは私の事をカーストの最底辺のクズと言ったわね」


「いや、そこまでは言ってないだろ‥‥」


 しかし、三鶴城は俺の話を一切聞かない。


「あなたが私より優れている所を見せて見なさいよ。期限は一ヶ月。その間にあなたが陽キャラにふさわしいか、私に認めさせてみなさい。もしできなかったらその時には画像を晒すわ」


「ちょ!? 何勝手に決めてんだよ!」


「何? 画像は私が持っているのよ? 拒否権なんてないでしょう。元陰キャラの青春君」


 三鶴城はスマホを俺のほうに向け、反応を楽しむ様にニヤリと笑った。


「じゃあ楽しみにしてるわ。陽キャラなら、ぼっちの私を認めさせるくらいわけないでしょうし」


 三鶴城は校舎の方へと戻っていく。その後ろ姿はやはり堂々としていたが、同時に恐ろしくも見えた。


 俺はとんでもない奴に弱みを握られてしまったらしい。きっと三鶴城の本性を知っていたら、確実にあいつを陰キャラだとは思わなかっただろう。あいつは悪魔だ。


 繰り返す。陰キャラや陽キャラとかでは無い。あいつは悪魔だ。


 一人残された俺は、とりあえず校舎に戻る事にした。


 三鶴城は晒したのではなかったが、現時点で寿命が一ヶ月先になっただけのことだった。認めさせるったってどうすれば‥‥。


 ーー俺は三鶴城の攻略法を考えながら午後の授業を受けた。




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