カースト争い12

翌日、俺はスッキリとした朝を迎えた‥‥訳ではない。何も食べないで寝たせいか、お腹は減っているしお風呂にすら入っていない。それらのせいで朝から大変なものだった。


 夏休みまでは残り数日。一学期の平常授業も残り数回となった。期末テストは残っているが、俺は自分の学力には心配をしていない。中学の頃、学校でのやることは読書か勉強か狸寝入りくらいだったせいで、学力は向上したのだ。


 これだけは不幸中の幸と言うか‥‥。まぁ暗い中学生活の副産物くらいに思っている。


「おはよう、青春君」


「学校の前の通りに出た時、少し前を歩いていた三鶴城が俺に気づいた」


「うぃ」


「あら。いつから青春君はフランスの言葉も使えたのかしら?」


 三鶴城は学校指定の鞄を両手で前に持ち、ワイシャツの上にきっちりとベストを着こなしている。他の女子生徒はワイシャツだけで、その下にキャミソールを着ただけの生徒もいるが、三鶴城がそんな格好をしているのが想像できない。


「そう言うことじゃないんだが‥‥」


「知ってるわよ。軽いジョークじゃない」

 

 相変わらず分かりにくいジョークだ。少しは表情を変えてくれれば、気づけるかも知れないのに‥‥。


「とてもジョークを言ってるような表情に見えないけどな」


「あら。面白いジョークね」


 ダメだ。ジョークが頭の中でゲシュタルト崩壊してきた‥‥。


 その時、少し前を大泉が歩いているのが見えた。その姿は一人で、リュックの紐を両手で力強く握っていた。もしかしたら休むのではないか、と思っていたがちゃんと登校してきたらしい。


 しかし昨日のようにクラス内で一人きりになることは容易に予想できる。


 それでも登校してくるあたりは、大泉は強い人間なのかもしれない。


「‥‥あの子、クラスの子なの?」


「ん? あぁ、そうだけど」


「そう。何かあったんでしょ、あの子に」


 三鶴城は横目でチラリと俺の顔を見た。そうして大泉の後ろ姿を見つめている。


「学校に行きたくなさそうな表情しているわ。歩き方にもそれが出ている。‥‥私、見れば分かるのよ」


 三鶴城は今度は空を見た。今日もきれいな青空が広がっていて、日差しが容赦無く照り付けていた。


「‥‥クラスで色々あってな。多分、あいつの味方は誰も居ない」


「‥‥そう。それはきっと辛いわね」


 それからはお互い無言で、昇降口に着いた時に自然に別れる。こんな風に無言でいても、全く気にならないのは三鶴城くらいなものだ。


「‥‥お、おはよー!」


 俺の前に居た大泉が、下駄箱で靴を履き替えていた赤羽に挨拶をしている。


 ーーしかし、赤羽は一度大泉の方を見たにも関わらず、何も言わずに去っていった。大泉はその場に俯き下唇を噛み締めている。その光景は見ていて気持ちの良いものでは無かった。それでも彼女は教室へと向かって行く。


 俺も靴を履き替え、その後ろを歩く。後ろにいる俺に気づかないくらいに、大泉は追い込まれているのかもしれない。


 それか気づいていても話しかけて来ないのかもしれない。どちらか分からないが、前までの大泉の面影はそこには無かった。


 そのまま大泉が教室に入って行った。その瞬間、教室の中から笑い声が聞こえた。この声は赤羽と‥‥、練馬だろうか?


 そして俺が教室に入ろうとした時、大泉が飛び出してくる。


「危なっ‥‥」


 あんなに走って大泉はどこへ行くのだろうか? 俺は首を傾げながら教室に入った。しかしその光景を見た時、大泉が出て行った理由がすぐに分かった。


 大泉の席の上に花瓶に入った花が置かれている。更に大泉を罵倒する悪口の書かれた紙が、机中に貼られていた。酷い光景だった。俺は中学の頃に色んないじめを見ていたが、ここまであからさまなものは初めて見た。


 出て行った大泉を笑っているのか、赤羽と練馬はとても楽しそうだった。つい最近までは仲が良かった相手に、ここまでの事をする事が出来ることに俺は驚いた。


 まだ黒須や李梨奈と暗那は登校して来ていない。池尾はこの異様な教室の中で読書をしていた。他の生徒も誰も気にしなような素振りで、いつもと変わらず過ごしている。


 ーー怒りが湧いて来た。でも、どうしたって俺の立場も危なくなるのは一目瞭然だった。その時、昨日の姉貴の言葉を思い出した。


『数年、数十年たった時に、後悔が一番無い決断を選択しなさい』そう言っていた。俺はきっとここでこの状況を看過したら、もしかしたら一生後悔をするかもしれない。そう思った時には既に身体が先に動いていた。


 大泉が走って行った方へと俺も走る。すれ違う生徒達の視線が刺さるが、気になるなんて言っていられない。


「‥‥楽君?」


 階段での前で暗那とすれ違う。暗那は俺のただならぬ気配を察したのか、足を止めた。


「そうだ! 大泉とすれ違わなかったか!?」


「さっき下ですれ違ったけど、特別棟の方に行ったけど‥‥」


「サンキュー! 助かる!」


 俺は特別棟にやってくる。ここには普段はほとんど足を踏み入れることはない。移動教室の時も、殆どの教室は通常練の方にある。


 特別棟は廊下の明かりもついていない事が多く、不気味なイメージを俺は勝手に思い浮かべていた。


 ‥‥どこにいるのだろうか。どこかの空き教室にいるのだろうか。俺は試しに目の前の、地学準備室と書かれた扉に手をかけるが鍵がかかっている。こうなると他の教室も同じだろう。そうなると‥‥女子トイレか‥‥?


 しかし流石にトイレに入るわけには行かない。声をかけようにも、もし誰か他の女子生徒がいたら悲惨な事になりかねない。


 だがトイレは外から見ても、明かりがついていない。うちの学校のトイレはセンサーで自動照明になっている為、この階のトイレにはいないようだ。


 同じように全ての階を見るが電気はついていなかった。教室には入れない。トイレにはいない。


 残るは‥‥屋上前の階段の踊り場‥‥か。


 あそこはスペースがあり、死角になっている。屋上に行けるのかは知らないが、普通の学校は屋上になんて踏み入れることは出来ないはずだ。それは多分、うちの高校も同じだろう。  


 そう考えた俺は階段を静かに上がって行く。



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