カースト争い13

 大泉はあの教室の光景を見てどう思ったのだろうか。制服や上履きを隠したとしたら、当然の罰だと思うだろうか。教室にいた生徒達は大泉の自業自得だと思っているのだろうか? 悪いことをしたからいじめられて当然なのか?  


 何が正しいことなのかは俺には分からない。それこそ人のものを隠すのは悪いことだ。でも、そうだとしてもあれが正しいことではないとハッキリ言える。それにまだ大泉がやったとは本人から聞いていない。


 ーー階段を上がりきったその先に、屋上前の踊り場で小さくうずくまる女子生徒がいた。


「‥‥大泉?」


 俺の声を出した瞬間、女子生徒はピクリと反応した。しかし次の瞬間に突然立ち上がり走り出した。


「待てって!」


 俺はその女子生徒の腕を掴んだ。その腕を掴んで気づいたが、身体が小さく震えていた。


「‥‥こんな顔、見ないでよ」


 大泉は涙を流していた。眼は赤く腫れ、ワイシャツの袖口は涙を拭いたのか湿っていた。こんな時にモテる男ならハンカチくらい渡すのだろうが、俺はそんなものは持ち合わせていない。


 それにしても、いざこうして大泉を見つけてもかける言葉が分からなかった。衝動的に追って来てしまったが、どうするかを全く考えていなかった‥‥。


「‥‥なに? わざわざ沙奈のこんな姿を見て笑いに来たの?」


 強がりなのか、大泉は鼻をすすりながら無理に笑顔を見せた。


「違う。なんて言うのか‥‥、心配で‥‥」


「‥‥心配? どうせ沙奈の自業自得って思ってるくせに」


 大泉は普段とは違い、完全に性格の悪い裏の方が出てしまっている。しかしこんな時なのに強がれるのは素直に凄いことだと思う。


「本当に大泉が隠したのか?」


「隠してないって言ったら信じてくれるの?」


「‥‥お前がそう言うなら信じる」


 そうは言ったが確証はない。実際は半分と言ったところだ。絶対に大泉がやっていないという保証すらない。


「‥‥沙奈はやってないよ。‥‥どうして沙奈がこんな思いをしなくちゃいけないの」


「‥‥そういえば、体育の時と朝の話は赤羽が嘘をついてるのか?」


「一香は多分、自分が疑われると思って沙奈の事裏切ったの」


 大泉は再びその場に小さく座り込んだ。涙は止まったのか、今は落ち着いている。


「それより授業始まるけど、いいの?」


「ん? あぁ、まぁ大丈夫だろ」


 時計を見るとすっかりそんな時間になっていた。授業をサボったのなんて初めてのことだ。それは少しだけ罪悪感の様なものを感じるが、案外大したことは無かった。


「二人でいないとみんな不思議に思うよ。青春も沙奈みたいに‥‥いじめられるかも」


 最後の方は消えそうなほど小さい声だった。大泉自身もまさか自分がこんな立場になるとは、思っても見なかっただろう。


「まぁそしたら仕方ない。大泉と一緒にいるから大丈夫だよ」


「何それ、バッカみたい」


 言動とは裏腹に大泉は少しだけ嬉しそうだった。


「とりあえず、大泉がやっていないと言うなら俺は信じる事にする。だから本当の犯人を見つけよう」


 大泉の身の潔白を証明するにはそれしかない。誰かに罪をなすりつけられたなら、それをして得のする人間がいると言う事だ。ただ大泉が憎いのなら、大泉の物を隠せば良いだけだ。


 でもそうしなかったのは、李梨奈と暗那のを隠す事で大泉になすりつける事でメリットがあるから。


「‥‥そんなの、どうすればいいのよ?」


 普通に考えて犯人はクラスの女子だろう。


「お前って、誰かに恨まれてたりすんの‥‥?」


「普通そんなこと聞く? そんな覚えはないけど‥‥」


 俺は正直赤羽を疑っていたが、あの時はそんな風には見えなかった。大泉のロッカーに入っていて本当に驚いているように見えた。


「そういえば、練馬ってどんなやつなんだ?」


「新奈? 普通の子だよ?」


 そういえば俺がトイレから保健室からトイレに帰る時、練馬のようなやつを見た。あの時は練馬は学校に居ないからと、見間違いかと思ったがその後にあのタイミングで教室に現れた。


 待てよ‥‥。あの時持ち物検査を提案したのも、確かあいつでは無かっただろうか。偶然にしてはタイミングが良すぎる気がする。


「練馬って最近大泉達といなかったよな? なんかあったのか?」


「んーと、なんか一香が裏で新奈の悪口を結構言ってて、それでちょっと避けてたみたいな? 女子にはよくある話だよ。まぁ沙奈がこうなってまた仲良くなったみたいだけど」


 大泉は吐き捨てるように言ったが、女子に生まれなくて良かったと俺はため息をついた。


「つーかよく登校して来たよな。昨日あんなに孤立してたのに、怖くなかったのか?」


「そりゃ、怖かったよ‥‥。でも沙奈はやってないし、それに休んだら負けた気がするじゃん!」


 負けたと言う考えがまるっきり、中学の頃の俺と同じだから思わず笑ってしまった。


「なに笑ってんのよ!」


「いや、なんでもないんだ。‥‥とりあえず、教室に戻るけど大泉は大丈夫か‥‥? それか今日はこのまま帰るか?」


「あの沙奈の机、一香と新奈がやったのかな‥‥? それとも城ヶ崎さんと獅子堂さんかな‥‥?」


 李梨奈も暗那も教室にはいなかったし、あんな事をするとは思えない。赤羽は下駄箱にいたから、そんなにすぐにできる筈はない。練馬がやったのだろう。まぁこの辺の話はゴシップ増子にでも聞けばいい。


「‥‥どうだろうな」


 教室での悲惨な光景を思い出しているのか、悩んでいるようだった。


「‥‥教室には行く。沙奈をこんな目に合わせたやつを見つけてやるんだからっ!!」


 大泉はそのまま、シャドーボクシングを始めた。一体、犯人を見つけたらどうするつもりなのだろうか‥‥。


「そっか。じゃあ一緒に行こうか」


「そこまで迷惑は掛けないよ。だから青春が先に行って。‥‥沙奈はその後に行くから」


「分かった。じゃあ次の休み時間になったら戻ろう」


 そうして俺と大泉はこのまま、休み時間までこの場所に待機する事にした。




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