開幕! 体育祭!
「宣誓! 僕たち選手一同は、日頃の練習の成果を発揮しーー」
代表の生徒の力強い声が校庭に響く。
俺は前まで、『宣誓』の挨拶は『先生』で、教師達に向けた誓いなのかと思っていた。意味的にはそう間違いではないのだろうが、宣誓だと知ったのは中学三年の頃だった。
「ーー正々堂々全力で最後まで戦い抜くことを誓います!!」
ーーついに体育祭が始まってしまった。遠くに整列している列に三鶴城が見える。彼女はぼっちとは思えない様な、やる気に満ち溢れた表情をしている様に見える。
あれ以来全く三鶴城とは話していないが、三鶴城本人が忘れているという事はないだろうか?
‥‥あいつに限ってそれはないか。彼女は約束を破る様なタイプでは無いし、ましてや適当な事は言わないだろう。それとともに一度言った事はきっと簡単には曲げない。
ここだけ考えると、とてもぼっちの事を言っている気がしない。あいつはニュータイプのぼっちと言わざるを得ないだろう。
開会式が終わり、クラスの持ち場に向かう最中でも三鶴城は一人だった。周りの生徒達が楽しそうに話している中で、ただ一人淡々と歩いていた。
「楽ー! 俺の100メートル走応援こいよな!」
「一番初めだからすぐじゃん! 行く行く!」
「かっこ良すぎて惚れんなよ?」
調子の良いことを言い放ち、黒須は選手の集合場所へと向かって行った。
100メートル走なんて俺は絶対に出たく無い。あれは一種の公開処刑だと俺は思っている。余程に自分の足に自信がなければ勝つ事は不可能。しかも、実力の差は距離として明確に現れる。そこには一切の運は介入しないのだ。
たまたま転ぶ事もあるかもしれないが、それで勝ったとしても良いものでは無い。全校生徒の前で恥を晒すと考えたら、俺は絶対に徒競走とリレーには参加する事はないのだ。
「黒須もう行っちゃった?」
「さっき集合場所に向かってった。応援に来いって言ってたぞ」
池尾がうちのクラスカラーの赤いハチマキを、首に緩く巻きつけている。周りを見るとみんな手首や首、そして頭に巻いていたりする。
ハチマキとは普通は頭に巻くものとばかり思っていたが、どうやら陽キャラ達は違うらしい。
文明が進化を続ける様に、彼らも時代とともに進化を続けているのだ。こうなると俺も頭になんか巻いてはいられないだろう。
池尾と同じなのは、真似したと思われる可能性もある。とりあえず俺は腕に巻いておく事にしよう。
実際に腕に巻いてみると、なんか陽キャラ見たいだ! いやまぁ、今の俺は実際に陽キャラなんですけどね。
「じゃあ行こうか。応援しに」
池尾と俺は100メートル走のゴール地点に待機する。
あのスタートを知らせるピストルの音を聞き、銃で撃たれたフリをするやつが一人はいる。もはや使い古されたネタだが、鉄板である。
そんな俺のくだらない思考とは裏腹に、競技はどんどんと進んでいる。スポーティーな男達が爽やかな汗を流しながら、ゴールのテープを超えて行く。その姿と声援をあげている女子達の構図こそ、青春と呼ぶだろう。
小学生の頃はイケメンではなく、足の速いやつがモテるという風潮があった。それが中学に上がってからは、陽キャラという概念が存在し始め、それと同時に陰キャラという概念も現れる。
不幸にもその陰キャラという概念を当てはめられた生徒は、そのまま過ごすことを課される。
何故なら、陰キャラが出しゃばると、もれなく陽キャラ達が黙っていないのだ。「あいつ最近、しゃしゃってね?」だとか、「なんかムカつかね?」などと言う因縁をつけられる。それは陽キャラの気まぐれであり、理不尽なものである。
これらのことから、陰キャラ達には学園生活において、陽キャラ達と対等な人権は存在していないのだ。同じ学年の同い年にも関わらず、明確な上下関係が存在してしまうのだ。そうした結果いじめや仲間外れなどが起こる。
これだけはきっとどんなに先生達が頑張っても無くならないだろう。それこそ陽キャラ達には、いじめをしないと宣誓してもらった方がいい。こんな体育祭での宣誓など必要ないだろう。いじめはやっている側以外は誰も笑顔にならないのだから。
「お、黒須が来るね」
見るとスタート地点に黒須がスタンバイし、首を回し屈伸をしていた。
その姿はいつもおちゃらけた黒須の表情とは別で、真剣そのものだった。部活の時はいつもあんな表情をしているのだろうか? 俺が見ている黒須は、クラス内でのチャラいイメージしかないから、あの姿を見るのは新鮮に感じる。
そうして先生がピストルを構えて数秒後、一気に生徒達は走り出した。
黒須はスタートした瞬間から、ゴールまでずっと一位を独走していた。しかし余裕があったにも関わらず、一切後ろを振り返ることなく最後まで走り抜いた。
「どーよぉ!! 俺の走り!!」
走り終わった黒須はいつもと同じで、チャラい黒須に戻っていた。このギャップはモテるだろう。女子達からしたらあの普段は見ない、真剣な表情が堪らないのではないのだろうか?
「ダントツだったな、黒須は陸上部に入るべきだったんじゃないか?」
「俺はサッカーが好きなんだよ!」
そのまま黒須は両手を差し出してくる。その手を池尾が両手で叩いた。
ーーこれが噂に聞くハイ‥‥タッチ? おぉ、こんな近くで初めて見た‥‥。
「何してんだよ、楽もほら!」
「お、おう」
俺は戸惑いながらも、それを隠し両手を叩く。
「痛った!! 楽、力強すぎだろ!?」
力加減が分からず強く叩きすぎただろうか‥‥。
「わ、悪い。黒須があまりにも速くて興奮しすぎた」
「へへ、それなら仕方ないな」
黒須は嬉しそうにしている。
競技の方は、女子の100メートル走に移っていた。男子とは違い速さこそは感じる事はないが、みんな頑張っている様に見える。
「くーろすっ!! 1位おめっと!!」
「黒須君おめでとう!」
遅れてやってきた李梨奈と暗那が黒須がハイタッチをしている。そうか。体育祭の種目で活躍する事ができれば女子とハイタッチができるのか‥‥。正直やる気は無かったが、これならば少しだけやる気が出てきた。
それにしても李梨奈も暗那も、とても気合が入っているように見える。李梨奈は髪の毛の先にウェーブをかけ、体育着の袖を巻くり、あろう事か半ズボンの裾さえも折っている。そのせいで太ももの大部分があらわになっている。
暗那も普段とは違い、今日はポニーテールで李梨奈と同じ様に袖と裾を短くしている。そして二人とも目の下にキラキラと光っている星の様なものがついている。‥‥あれはなんだろうか?
「サンキュー! つーか二人とも可愛いすぎ!!」
「そう? 気合入れたからね!」
李梨奈は得意げにしている。その反面、暗那は少し恥ずかしそうにしている。こうしてみると普通の生徒に比べ、二人は派手に見えるが、上級生に比べるとそうでもなさそうに見える。
上級生はもはや、コスプレか何かと勘違いしている様に見える。ウィッグを被っている生徒や、ルーズソックスを履いている生徒すらいる。
俺はルーズソックスを履いている生徒を生で初めて見たぞ‥‥。
「‥‥どう?」
暗那が俺の体操着の裾を掴み、恥ずかしそうに聞いてくる。
こう言う時には何を言ったらいいのかは、ギャルゲーで学んでいる。デートの待ち合わせや、試着室でもイベントの時も同様だ。
「すげぇ似合ってる。可愛いと思う」
俺はニコリと暗那に微笑みかけた。改めて、俺はルックスはイケていると自負している。
中学時代は今より髪も長く、メガネもかけていたし、何より顔が死んでいただろう。
しかし、そこから髪をきりコンタクトに変え、筋トレも頑張った。
ーーそうして気づいた。結構顔は悪くないんじゃね? と。
「あ、ありがと」
ちょっとストレートに言いすぎただろうか? 戸惑う暗那も見ていて可愛いが、後ろで揺れているポニーの尻尾が面白い。
その時、ふと女子の100メートル走を見るととても早い女子が目に入る。それは二位以降に圧倒的な差を見せつけながら、尚も加速している。
ーーその姿は三鶴城姫だった。いつも掛けている眼鏡を掛けていなかったから、気づくのに時間が掛かったが、間違いなくあれは三鶴城だ。
とんでもない速さだった。おそらく陸上部などでも相手にならない様な、速度だったのではないだろうか?
あの三鶴城の姿は、姫という名前にふさわしい走りで、周りの生徒達も、「あれは誰だ」とか、「マジ可愛い」などと騒いでいる。しかしそんな事はお構いなしと言った様に、三鶴城はいつも通り堂々としていた。
「‥‥楽、どうしたん?」
珍しく李梨奈に名前を呼ばれたおかげで、俺はすぐにみんなとの会話に戻った。
「いや、みんな頑張ってるなって思ってさ」
「楽、他人行儀すぎ。次は楽の出る障害物競争っしょ?」
李梨奈に言われて気がついたが、そうだった。
「頑張って。応援しているからさ」
池尾は爽やかに笑った。まるでそれは制汗剤の様な爽やかさだった。
「じゃあ、ちょっと早いけど集合場所に行ってくる!」
そして俺はみんなに背を向け、集合場所の方へと足を向ける。
「楽負けたら奢りだからなー!」
背後から聞こえた黒須に俺は振り向き、OKと手で伝えた。
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