開幕! 体育祭!!


 そもそも、障害物競争とは個人種目ではない。それなのに負けたら奢りって厳しくないですか‥‥? まぁ奢りと言っても自販機の飲み物くらいな話だろうし、それくらいなら全然余裕ではある。


 それよりもこの障害物競争を勝つ事に意味がある。陽キャラとして、勝ってクラスに帰ることに意味があるのだ。さっきの黒須も然り、あれには英雄の凱旋の様な意味合いがあるのだ。


 それを負けて帰ってみろ?


「なんの成果も挙げられませんでしたー!!」では話にならないのだ。体育祭と調査兵団は結果が大切なのだ。


 その時、目の前を三鶴城が歩いていた。俺に気づいた様だが、何も言わずに遠ざかって行く。


「おい、無視かよ!?」


 三鶴城は周りを見た後、こっちにこいと顔を振りながら合図を送ってきた。


 そうして連れてこられたのは校舎の裏だった。障害物競争まではまだ時間があるので大丈夫だが、それでも結構歩かされた。


「なんでわざわざこんな所まで来たんだよ」


 みんな校庭にいるために、ここはとても静かだった。体育祭の途中では校舎は開放されていない。昼食の時だけ解放されるが、競技中は全面的に施錠されているのだ。それ故に、ここまで校舎の方に近づいてくる生徒は居ないだろう


 ーー俺たちを除いては。


「私と話してるところを見られたら、あなたに迷惑がかかるでしょ? 今日はみんなが校庭にいるわけだし」


 三鶴城はハチマキを頭に巻いていた。きっと色んなところに巻いているやつや、派手な見た目で楽しんでいるやつを良くは思っていないだろう。


「別にそんなことないと思うけど」


「ぼっちの私と話しているところを、お友達に見られたら馬鹿にされるわよ?」


「あいつらはそんなやつらじゃないと思うけど」


 三鶴城は寒くもないのに、半袖のシャツから伸びた綺麗な白い腕を摩った。


「‥‥随分と仲良くなったのね」


「つか、お前足速すぎだろっ! ビックリしたわ!」


 俺がそう言うと三鶴城は、手を止め驚いた表情を見せた。


「‥‥見ていたの? 私が走るのを知っていたのかしら?」


「‥‥まぁ、たまたまな。あんなに早かったんだし、クラスのやつとかびっくりしてなかったか?」


「別に何も言って来ていないわ。そんな面倒くさそうな事、こっちから狙い下げよ」


 三鶴城はいつも通りの表情に戻った。


「眼鏡は今日はしてないんだな」


 眼鏡がないせいなのか、いつもよりも表情が明るく見える。目の下にあった左目の泣きぼくろも、今初めて気がついた。


「運動する時は邪魔になるのよ。もっとも、体育くらいの運動なら外さないのだけど。そもそもあれは伊達だもの」


「伊達だったのかよ!?」


「えぇ。眼鏡をしていると目立たないじゃない。眼鏡は魔法のアイテムよ」


 ‥‥今のは三鶴城なりのギャグなのだろうか。いきなりすぎてなんの反応も出来なかったが、今の三鶴城はギャグを言っているような表情ではない。


『障害物競争に出場する選手は、集合場所に集まってください』


 放送が鳴り響く。校舎の離れた位置にいるにも関わらず、しっかりと聞こえて来た。


「俺出場するから行かなきゃ。三鶴城は当然見にくるんだろ? 見極めるんだもんな、俺の陽キャラっぷりを」


「‥‥まぁそうね。他にやることもないしね」


「じゃあ、俺行くから!」


 体育祭実行委員として、集合時間を俺が破る訳にはいかない。急いで向かわなくては。一度三鶴城の方を向くと、俺の方に控えめに手を振っていた。しかし、俺が見た瞬間にすぐに目を逸らした。


 ーーなんだかそれが意外だったが、俺は少し安心した。


「あっ、そうだ三鶴城。眼鏡ない三鶴城も可愛いぞ!」


 ギャルゲーで得た極意は忘れてはならない。女の子がイメチェンをした時のテンプレだからな。


 ーーそして俺は小走りで校庭に戻った。



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