開幕! 体育祭!!!

 選手の集合場所には俺以外の選手はすでに集まっていた。遅れて俺も点呼を取り、クラスの連中の後ろの列に並ぶ。


 順番で言うと、俺は一番最後、つまり俺はアンカーと言うことになる。これはジャンケンで決めたことなので、仕方のないことだが‥‥。


 正直めっちゃ緊張する。何これ‥‥。陰キャラの中学時代も体育祭は嫌いで、それは今もあまり変わっていないのだが、緊張の度合いはあの頃よりも増している気がする。


 その原因が俺にはすぐに分かった。黒須達やクラスの連中がこちらを見ながら、声援を送っている。これは陰キャラ時代には無かった事なのだ。


 あの頃は人から応援されたり、期待される事が無かった。しかし今は期待し、応援してくれている人がいる。


 嬉しい事なのだが、その反面プレシャーというものがのしかかる。


 多分、結果がダメでもどうこう言われる事はないだろう。ただそれでも、出るからには勝ちたいと思ってしまう。高校生活もまだ始まったばかりだが、俺は既に変わりつつあるのかもしれない。


 きっと中学の頃、本当はこっち側の人間が羨ましかっただけ。あの頃は眩しい彼らを、なるべく見ないようにしていただけだった。


 あくまで自然に俺は声援の方へと手を振り返す。陽キャラになれば楽なことばかりだと思っていたが、そんな事はなかったらしい。なってみて思ったが、彼らも彼らの重圧が存在していたのだ。


「じゃあ一年生の障害物、準備して」


 障害物競争担当の三年の実行委員の掛け声で、俺たちはそれぞれの持ち場につく。


 走者は合計の4人。リレー方式で300メートルのトラック一周の速度を競うことになっている。障害物競争は足の早いやつが勝つ競技ではない。


 確かに足が速いに越した事はないだろう。しかし、その名の通りに道中に障害物が待ち受けている。それをクリアし、最終的に一番早くゴールにたどり着いたクラスから順位がつけられていく。目指すは一位。それ以外には興味は無い。


 そうしてスタートの合図が響き渡る。一走者目はまずはグルグルバットから始まる。そこで早速笑いに包まれる。


 そう。この障害物競争とはスタートから、二択の決断を迫られるのだ。


 一つは貪欲に競技をこなし、勝利を目指す事。


 もう一つは笑いを取る事に特化する事だ。しかしこれを優先にすると、結果は悲惨な事になる可能性すらある。


 うちのクラスの走者達がどの様な決断をするのか分からないが、アンカーの俺は、とにかく頑張るしかない。


 グルグルバットをそれぞれのクラスが、あちこちに転びながらもどうにか終える。一クラスだけ未だに転がっているクラスがいるが、きっとあいつは笑いを取ることを優先したのだろう。しかし、あまりにやりすぎは逆効果を生むこともある。


「早く走れよ!!」「あいつワザとだろ! 寒っ!」


 みている生徒達の野次が容赦無く飛んでくる。初めは笑っていたはずなのに、とんでもない掌返しだ。


 しかし傍観者とはいつの時代も勝手なものなのだ。褒めるも野次るも本人達の気分次第。それに誰か一人でも野次り始めると、あっという間にみんな便乗する。


 これはネットも同じなのだ。だがネットは匿名でできる分、よりタチが悪いが、今だってこれだけの生徒が見ているのだ。誰が何を言ったなどと分かる事はない。つまりは匿名とそんなに大差はないのだ。その証拠に今では、野次がとんでもないことになっていた。


 ‥‥あの生徒は可哀想に。度を超えて笑いを取ろうとした代償だな。正直可哀想だが、ざまあみろとも思う。あぁやって調子に乗っているやつは簡単に的になるからな。今のストレス社会、人々は常に的を探し続けているものだ。


 ーーそうして誰かが的になれば、他の人間には気概が及ばないのも事実。


「‥‥南無」


 俺は今ようやく二走者目にタスキを渡したその生徒に、小さな声で合掌をした。


 うちのクラスの二走者目は無事に三輪車と麻袋を難なく終え、タスキは三走者目に渡る。うちのクラスはどうやら迅速にレースを進めて、一位を狙っているらしい。二年、三年が見ているこの状況ではこれが正解だろう。


 おふざけで笑いを取る事は自分たちが、最高学年になった時にでもやればいのだ。わざわざ入学したてなのに目立つ必要はないだろう。


 三走者は三輪車を終え、大量の白い粉が入った箱を見ている。正直、アンカーになった時に俺は少しほっとしたのだ。事実上この三走者目が一番の外れなのだ。


 その原因はあの白い粉の入った箱だ。あの箱の中の飴を手を使わずに、口だけで見つけて咥えなければならないのだ。


 それは即ち顔面があの白い粉塗れになるという事だ。おそらくは小麦粉かなんかだろうが、ルックスにこそ問題が生じるのだ。


 オイシイといえばオイシイ役だと思うが、今の俺はそんな事は求めていないのだ。


 しかも、うちのクラスの三走は女子なのだ。これも派手目な運動部なら良かったものの、地味目な大人しい子。陰キャラとまでは行かないが、彼女はきっと、かなり嫌なはずなのだ。


 そんな彼女は一瞬だけ立ち尽くしたものの、覚悟を決めたのか顔を粉の中に飛び込ませた。


 ここから見てもわかるが、かなり悲惨な顔をしている。顔面全体が白く染まるならまだしも、恥じらいが勝ったのか顔の鼻から下だけに粉がついている。


 しかし、飴はしっかりと咥えていた。当然見ている生徒達は笑っているが、俺は全く笑う気にはなれない。


 こうしてアンカーに繋ぐ為に頑張ってくれたのだ。今の順位は二位だが最後の障害物は借り物。置いてある紙を拾い、それに書いている物を持ってくればいいというものだ。迅速に俺が見つければ、まだ一位だって狙えるのだ。


「‥‥青春君、時間掛かってごめん。最後頑張って」


 白い顔ながらもこうしてアンカーの俺を、称える余裕が彼女にはあるらしい。同じクラスだが未だに名前も覚えていない、彼女から俺はタスキを受け取った。


「任せろい!」


 俺は並べられている紙の前で、一旦足を止める。先に来ていた現在一位の、他のクラスのやつのお題を俺は覗き見る。そこには、『好きな人』と書いてあった。それを拾った男子生徒はその場に立ち尽くしていた。


 ‥‥えぇ。あんなんあるのかよ!? 


 この紙って実行委員で決めるって委員長が言ってたけど、あの陽キャラやってくれたな!! 俺はあれを引かなくて良かった‥‥。ただ、お陰で逆転できそうだぜ‥‥。


 そうして俺は紙を拾い、中を確認する。そこには、『気になる異性』と書かれていた。


 ふざけんなぁっ!! これ好きな人と同じじゃねぇか!? 


 三走よりアンカーが一番外れだったよ!! こんななるなら顔面白く染めたほうがマシだったからっ!!


 しかし気になる人をゴール地点に、連れて行かなければ勝利はない。しかも三鶴城の言う陽キャラくらいなら、これくらいのことはやってのけて当然かもしれない。


 絶望に打ちひしがれながら、周りを見回した時、こちらを見ている黒須達と目があった。


「何引いたんだよ楽ーーっ!!」


 ‥‥言えるわけもない。黒須の隣にいる暗那か李梨奈に頼むか? 暗那ならきっと快く受けてくれるだろう。


 しかし連れていったらきっと、お題がなんだったか知られる可能性がある。事情を話せば理解してくれるかも知れないが、暗那を連れて行ったらクラスメイト達の詮索が加熱する恐れもある。


 そうなると暗那に迷惑をかけてしまうかも知れない。しかし、李梨奈がついて来てくれるとは思えないしなぁ‥‥。


 その時俺は気がついた。異性の友達なんだかんだ少ねぇ‥‥。もうあの二人以外選択肢ないじゃん‥‥。


 だが迷ってる暇はない。次々と追いついて来た生徒達が紙の中身を見ている。しかしその生徒達は総じて立ち尽くしていた。


 チラッと見たが、中に書かれている内容は俺と大差が無さそうだった。


 悪魔の競技じゃねぇかこれ!? 先生達、いいんですか!? 道徳心に反しません!? 借り物じゃなくて借り人競争ですよね!?


 俺は諦めて暗那に頼もうと、暗那の方へと向かおうとした時に、視界に三鶴城が写った。


 応援している生徒達の一番後ろで、俺の方を見ていた。やはりしっかりと競技を見てくれていたらしい。


 その時、三鶴城を連れていくのが一番穏便に終わるのでは? と考えた。


 きっとあいつなら理解してくれるし、彼女はぼっちであるが故に迷惑が掛からない可能性が高い。おぉ! 考えれば考えるほど三鶴城しかいない気がして来た。


 早速俺は三鶴城の元へと走る。その光景をみんな不思議そうに見てくる。


 そんな中で三鶴城に説明するのは流石に恥ずかしい。


「三鶴城! ちょっと力を貸してくれ!」


「は? えっ、ちょっと!?」


 三鶴城は何が何だか分からないと言った表情をしたが、俺は有無を言わせずその腕を掴んだ。とにかく一位を取ることが先決だ。事情は後で話せばいい。


「急になんなのよっ!?」


「いいから一緒にゴールしてくれ!」


 応援している生徒達の視線をめちゃくちゃ感じるが、これも陽キャラっぽい。いいモノではないが、意外と嫌なモノではない。中学時代に向けられた、哀れみや中傷の視線に比べれば天国みたいなものだ。


 ゴールへ向かうとそこにはまだ、俺と三鶴城以外の生徒は到着していなかった。


「えーと、お題は気になる異性ですね!」


 審査員の実行委員の生徒が読み上げ、俺と三鶴城をみる。


「はいオッケーです! 頑張ってください」


 そう言ってニコリと笑った。全くの余計なお世話である。この借り物競走を作ったやつに一言異議を申したい所だが、このルールでなかったら恐らく一位は取れていなかっただろう。そこには感謝しなければならない。


 結局、他の生徒達は決着がつかず、俺以外は全員棄権扱いになっている。


 この学校の障害物競争は悪魔の競技であった。



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