開幕! 体育祭!!!!
「‥‥ちゃんと説明してくれる?」
俺は未だに三鶴城の手を握っていたことに気がつき、ようやく手を離す。三鶴城は俺の事をじっとりとした嫌な目で見ていた。
「借り物競争のお題に書いてあったんだよ。‥‥気になる異性って」
「それはさっき実行委員の人が言ってたのが聞こえたわよ。そうじゃなくて、なんで私なのよ‥‥」
三鶴城はそう言いながら、視線を俺から外した。その視線の先には黒須達が立っていた。
「いや‥‥、お前を連れていくのが一番穏便にいくと思ったんだよ。‥‥まぁある意味で気になる異性だし‥‥」
三鶴城はため息をついた。そのため息には呆れたようなニュアンスが込められているように感じられた。
「‥‥私は構わないけれど、これはあなた自身が撒いた種よ。‥‥知らないわよ」
そう言って三鶴城は去っていく。その後ろ姿はいつも通り孤高の気高さを感じた。
とりあえず俺はみんなのところに戻ることにした。その途中で当然ながら、他の生徒達からの視線を感じた。
「楽、一位おめでとう」
池尾は未だに汗一つかいていないように見える。いついかなるときも、この爽やかさが崩れているのを俺は見たことがない。
「つか、あれって三鶴城だよな? お題なんだったんだよ!?」
想像通りに聞いて来た。しかも黒須が聞いてくるだろうと思っていたのもドンピシャだった。
しかし、俺は黒須が三鶴城のことを知っていることが意外だった。
どう言い訳をするかを俺は考えていなかった。素直に言うのはどうにも気が引ける。三鶴城の立場も気を遣わなくてはならない。三鶴城は構わないと言っていたが、目立つことに巻き込んでしまった以上は申し訳なさも感じる。
「えーと‥‥」
『玉入れに出場する選手は集合場所に集まってください』
次の選手の集合アナウンスが流れる。障害物競争はまだ終わっていないが、時間が押しているのか少し早い気がする。
「あ、あたし達行かなきゃ! ねぇ行こう李梨奈!」
「そうだね。行こっか」
暗那と李梨奈は集合場所に向かって行く。去っていく李梨奈が、俺を見ていたのは気のせいではないだろう。
「俺も玉入れだから行かなきゃ。じゃあね二人とも」
先に行った暗那と李梨奈の後を追うように、池尾が居なくなる。
「じゃあ俺たちは応援しながら休憩すっか!」
「‥‥だな。なんか疲れたし」
集合のアナウンスのおかげでお題については有耶無耶になったが、俺は何か違和感を感じていた。
玉入れは順位こそ競い合うが、束の間の休憩かのように和やかに行われていた。男女が一緒に行う競技の一つで、見ているのも意外と面白い。
「楽しそうだよなぁ玉入れ。俺も参加すれば良かったわぁ」
一つずつ玉をカゴの中に投げて行く生徒もいれば、まとめて投げる生徒もいる。それは各個人の性格次第だろうが、どっちがいいのかは俺には分からない。その結果空中には無数の玉が入り乱れる。
「‥‥なんか李梨奈、俺に怒ってなかったか?」
俺は未だにさっきの李梨奈が気になっていた。あの視線を俺に向けていたのは初めて見た。あの目は朝登校したときに、暗那と俺が噂されていた時の李梨奈の表情に似ていた。
「‥‥んー。とりあえず自販機いかね? 喉乾いたっしょ?」
「‥‥そうだな」
黒須も何かを察していたのか、否定はしなかった。
一度校舎の近くまで戻り、自販機で飲み物を買う。校庭と違いここは幾らか日陰が存在する分、涼しかった。
「あぁ、冷たくてうまい! 身体に染み渡るわぁ!」
黒須は少し大袈裟に言った。まるでビールを飲んだ時のうちの親父のようだった。
「‥‥三鶴城姫だっけあの子?」
さっきまでのおちゃらけた表情とは打って変わって、黒須は少し低い声で言った。
「そうだけど、黒須あいつのこと知ってんのか?」
「知ってるっつーか、結構男子の間では有名だろ? あの子スッゲェ可愛いし綺麗だし」
‥‥なるほどと俺は思った。男子は他のクラスの女子でも、可愛い子がいれば存在はある程度認知するものだ。
三鶴城は人とつるむような人間ではないが、その存在だけで認知されている可能性は大いにあり得たことなのだ。
これはきっと女子でも同じことだろう。容姿という物は本人の知らないところでこそ、本当の評価を受ける物だ。
三鶴城本人はうざったいと思うだろうが、あの容姿ならば仕方のないことだろう。良くも悪くも彼女は綺麗すぎるのだ。
「‥‥まぁ確かに」
「つーか俺は楽が知り合いってことに驚いたけどな! なんか親しげに話してたし」
「知り合いっつーか‥‥まぁ知り合いか」
俺と三鶴城の関係はなんだろうか。友達と呼べる代物ではないだろう。知り合いと言われるとどうなのかと思う。
「‥‥お題は好きな人とかだったん?」
‥‥やはり外から見たらそう見えるのだろうか。好きな人と気になる異性とはほとんど同じような物か‥‥。
三鶴城との関係のことも言えるわけがない。嘘をつくにしても適当なことは思い浮かばない。
もしかしたら三鶴城も、俺が連れてったせいで似たような質問をされてるのだろうか。彼女はその時どう答えているのだろうか。
「‥‥李梨奈達には言わないから安心しろって」
黒須は飲み終わった空き缶をゴミ箱に投げた。それは綺麗にゴミ箱の中に収まって行く。
こういうやりとりは俺史上、初めてのことなのだが‥‥信用していいのだろうか。そもそもお題のことは適当に有耶無耶になっただけで、再び聞かれないとも限らないのだ。嘘をついたらそれこそ後々面倒くさい事になりそうな気がする。
「‥‥気になる異性って書いてあったんだよ」
少し俺は顔が赤いかも知れない。三鶴城のことをそういう目で見ているわけではない。
あの時もそんな風に思って連れて行った訳ではないが、改めてこれは、好きな人を伝えるようなものかもしれない。
好きな人を友達に教えるというのは、こんなにも恥ずかしいものだというのを俺は初めて知った。
「まじか!? やっぱり楽も三鶴城のこと気になってんだな!」
「‥‥俺もってことは、黒須もなのか?」
「まぁな。可愛い子は男なら気になるものだろーが! でもまぁ、楽が狙ってんなら応援するからさ!」
‥‥話がややこしい方に進んでしまった。あの時の俺はこんな風になるとは思ってもいなかっただろう。
「さ、サンキューな」
黒須がこう思うくらいなのだ。他の奴や李梨奈達も同じ事を思っているに違いない。つまり俺は全生徒達の前で告白をしたようなものか‥‥。
順位ばかりを気にしてそこまで考えていなかった。考えてみたら一位を取ったのに、おめでとうの一つも言われていなかった。
「女子って俺らが思ってるよりも面倒くさいけど、まぁなんとかなるさ!」
黒須は俺の背中を叩いた。俺には何を言っているのかよく分からなかったが、とりあえず適当に頷いておくことにした。
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