開幕! 体育祭!!!!!

 再び校庭に戻った俺と黒須は、玉入れの競技を終えた三人のもとへと戻る。


「お疲れさん!」


「玉入れもたまにやると意外と楽しいね」


 池尾は相変わらず汗一つかいていない。いつかあの余裕な表情が崩れる瞬間を見ていみたいものである。


「これ三人の分も買って来たから」


 俺は自販機で買っておいた飲み物を三人に手渡す。李梨奈はさっきとは違い、いつもの李梨奈に戻っていた。さっきのあの視線はやはり気のせいだったのだろうか。


「‥‥ありがと」


 暗那は俺の目を見ることなくそれを受け取る。やはり違和感があるといえばある。何か居心地の悪さを俺は覚えた。


 この後、俺と暗那は実行委員の仕事があるため、選手の集合場所へと向かわなければならない。


「楽君、そろそろあたし達行かないと」


「あぁ、そうだな」


 違和感の正体は分からないが、それが理由で仕事を疎かにすることは出来ない。とりあえずはやることは、やらなければならないのだ。


「じゃあ、二人とも頑張って!」


 黒須がやたらテンション高く言った。それが俺には何かに気を遣っているように見えた。


「じゃあ行こっか楽君」


 李梨奈がその時、暗那と何かアイコンタクトを取ったように見えた。


 しかし考えても分からない。とにかく俺は暗那を連れて選手集合場所へと向かった。


「じゃあよろしくね!」


 俺たちは元々仕事をしていた実行委員と入れ替わる。俺と暗那はこれから次の種目に出る選手達の点呼や整列をしなければならない。


『綱引きに出場する選手は集合場所に集まってください』


 アナウンスが流れ生徒達が集まってくる。つまり、俺たちの仕事はこれから幕を開ける。


 綱引きに出場するだけあって、集まってくる生徒達は、みんな大きい体をしている。こういうのは悪いが綱引きというのは、運動神経の悪い生徒達や大人しい生徒、そして体重の重い生徒が出場する競技という印象が俺にはある。


 今でこそ俺は出ていないが、中学の頃は毎年欠かさずに出場していたから分かる。


「じゃあ点呼するんで、名前呼ばれたら返事お願いします!」


 俺は男子を、そして暗那は女子の生徒を順番に点呼して行く。綱引きにはウェイウェイ系はほぼほぼ出ることはないので、みんな大人しい生徒達だ。


 そのせいで点呼はスムーズに進んでいく。正直助かる。リレーの点呼なんて俺は絶対にしたくない。


 きっとみんな話を聞かずに、カオスなことになるのは容易に予想できる。ウェイウェイ系が束になると、とんでもない相乗効果が生まれるのだ。奴らは束になるとそのウザさを何倍にも増幅させ、それどころか気も大きくなる。


 ーーつまりは地獄の完成という訳である。考えるだけで鳥肌が立ってくる‥‥。


「楽君! 女子の方は終わったよ! 全員いるよ!」


 少し遠くから暗那がぴょこぴょこ跳ねながら、俺の方に大声で叫んでいる。跳ねるたびに胸が揺れるのを男子達が凝視しているのがわかる。


 だめだだめだ! 見世物じゃねぇんだよこれは!! 


 しかし、暗那はその年頃の男子の視線に全く気づいていないのだろう。平然としている。


「こっちもオッケーだ!」


 俺も大きめの声で返す。こんな大声は中々出す機会もない。最後に大声を挙げたのは三鶴城をカラオケで押し倒した日の夜だろう。あれは本当にとんでもないことをしようとしたものだ。俺の学生生活は愚か、人生が終わりかけていた。


 そうして綱引きの選手達の入場が始まる。重量のある生徒達が多いせいか、他の競技と違ってその姿には凄みを感じる。体育祭という枠を超えた、とんでもない戦いが幕を開けるような雰囲気すら漂っている。


「意外と楽な仕事で良かったね!」


「あぁ、本当にな。大人しい人たちばかりだったし」


「今楽君、失礼なこと考えてるでしょ?」


 暗那は笑顔で言った。さっきまでは元気がなさそうに見えたが、杞憂だったのだろうか? 今はいつもの暗那に戻ったように見える。


「考えていないといえば嘘になる」


 人間とは愚かな生き物だ。自分も一年前まではあっち側の人間だったのに、ちょっと立場が変わるだけですぐ強気になる。こうして馬鹿にしてしまう今の俺を、一年前の俺が見たら嫌いになっていたかも知れない。


 その時、目の前を通った知らない男子生徒二人が俺の方を見ている。


「あいつってさっき借り物で三鶴城さん連れてった奴じゃね?」


「青春だろ。大胆な奴だよな。まぁ三鶴城さん可愛いからな」


 お前ら聞こえてるんだよ。と言いながら後ろから蹴りでも喰らわせたい気分だ。


 確かにさっきから俺に向けられる生徒の視線は、明らかに今までよりも増えた。借り物競争のせいなのだろう。


「楽君は、三鶴城さんの事が好きなの‥‥?」


 暗那は少しだけ言いにくそうにしながら、ゆっくりと俺を見た。その表情は、何かを心配しているかのようだった。


「‥‥好きとかじゃないけど、話しやすいとは思う」


 これは俺の本音だ。元陰キャラと知っているからなのか、三鶴城には気を遣う必要がない。


 そのせいか、とても話しやすいとは思っている。


「‥‥三鶴城さんは綺麗だもんね」


 呟くように暗那は言った。その視線は綱引きの競技ではなく、遠くの方を見ていた。


「‥‥まぁ、そうだな」


 暗那の元気がないように見えるせいか、少し心地が悪い。お互い遠慮するような、微妙な時間が過ぎていく。


「‥‥みんなのところに戻ろっか?」


「‥‥あ、あぁ」


 暗那はそのまま先に歩き出して言ってしまった。俺はその後を追いかける。


 その歩幅は小さくて、俺は簡単に暗那に追いつく。その後ろ姿は自信が無さそうに見えた。


 ーーそうして背後では、綱引きの開始を知らせるピストルの音が鳴り響いた。



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