休憩
ようやく午前中の競技が終わり、昼食の時間が訪れた。俺はこの時間も実行委員の仕事のため、校庭に残っていた。一年の中でジャンケンをして俺は負けたので、暗那はこの時間に仕事はない。つまり俺は貧乏くじを引いたという訳だ。
「‥‥はぁ、お腹すいたんだけど」
「口じゃなくて体を動かしなさい」
一年では俺と三鶴城だけが午後の種目の準備と、校庭のゴミ拾いのために校庭に残っている。その他にも何人かの先輩達もおにぎりを食べながら、ゴミを拾っていた。
「俺もおにぎり持ってくれば良かったんだが」
「歩きながら食べるなんて行儀が悪いわ。悪いお手本そのものじゃない」
相変わらず三鶴城は固い。発言も周りの生徒達を見下しているような、意味合いすら込められている気がする。
しかしそのくらいに三鶴城は完璧に近いのだろう。さっき黒須から聞いたが、入学テストの満点は、三鶴城ただ一人だったらしい。
容姿端麗で成績優秀。誰が見ても完璧と言わざるを得ない。それくらいになると他人を見下してしまっても仕方がないかもしれない。
「おっ、頑張ってるね! お二人さん! 借り物見てたぜ! 頑張れよ!」
名前も知らない先輩が嬉しそうに、俺の肩を叩いて去って行った。今日はあと何度このように声をかけられるのだろうか‥‥。
「‥‥三鶴城、お前借り物のせいで、今みたいなこと言われたか?」
三鶴城は落ちていたペットボトルのゴミをゴミ袋に押し込んだ。
「えぇ。普段は絶対話しかけてこないような人達が、嬉しそうに話しかけてきたわよ」
「‥‥まじか。こんな事になるって考えてなかった。悪い」
俺がそう言うと三鶴城は俺の方を見た。
「別に私はいいわ。あなたの方が大変なんじゃない?」
「大変って言うのは分からないけど、人から注目されるの好きじゃないだろお前」
三鶴城はため息をついた。そうして再びゴミを拾い始める。
「あなた、陰キャラが長すぎて人の気持ちとかに疎そうね。女子はあなたが思っているほど綺麗なものじゃないわよ」
俺には三鶴城の言っている意味が分からない。ただ何か心配をしてくれているのだろうか? 意外と三鶴城も優しいところがあるのかもしれない。
「陰キャラが長かったのは否定しないが‥‥。お前も似たようなもんじゃねぇか!」
「私は色々と経験があるのよ。あの借り物はいつか、高く付くと思うわよ」
さっきから三鶴城は何が言いたいのだろうか。曖昧すぎて形が全く見えてこない。しかし、俺は借り物の後に感じた違和感が脳裏によぎった。
「おーい、青春と三鶴城! ゴミ捨てはもう良いから、こっち手伝ってくれ!」
先輩達が午後の種目に使う小道具を運んでいる。俺は軽く頷いて、ゴミを一箇所にまとめる。
しかし三鶴城はボーッと空を眺めていた。三鶴城のその姿が意外で、俺は少し声をかける事を躊躇った。
「三鶴城、あっちに行かないのか?」
しかし三鶴城は何も答えない。ただ頭上に広がる青空を眺めている。
「‥‥なんか珍しいもんでも見えるのか?」
俺も空を眺めてみるが、特段変わったものは見えない。雲ひとつない青空が広がっているだけだった。
「‥‥私、青空って嫌いなのよね」
「‥‥どうして?」
「疲れるからよ」
俺は思わず、「は?」と言ってしまった。いきなり空を見上げて、よく分からないことを言われたら誰だってこうなるだろう。
「まぁ良いわ。ほら行きましょう」
三鶴城は俺を置いてさっさと居なくなってしまった。あいつにはどうやら協調性と言うものがないらしい。
俺もすぐに先輩の元へと向かい、小道具を運ぶのを手伝う。そこでも借り物について揶揄われたが、段々とこれにも慣れてきた。
三鶴城も何も気にしていないと言っていたし、俺も気にしないようにするのが良いだろう。
先輩達に沢山コキを使われたが、どうにか昼休み内に終えることができた。そうしてようやく俺と三鶴城は解放された。
「はぁ、まじで疲れた。競技に出るよりこっちの方が疲れるだろ‥‥」
「貧弱ね。こんな作業くらいでそんなことを言っているようでは」
「お前はピンピンしすぎだろ‥‥」
俺とは違い三鶴城は余裕そうにしている。運動部にも入っていないのに、彼女と俺のこの差は一体何なのだろうか‥‥。
「ただ、青春君が教室に帰ってお昼を食べる暇はなさそうだけれど」
時間を見ると少し時間はあるが、三鶴城の言うとおり教室まで戻ってからお昼をとる時間は無いだろう。と言うことは俺は、午後の種目は空きっ腹で臨まなければいけないのだろうか‥‥。
お昼ご飯の時間を削って仕事するとか、実行委員まじでブラックすぎない‥‥? いつかストライキ起こす生徒でてもおかしくないよこれ‥‥?
絶望に打ちひしがれる俺を見てか、三鶴城は深いため息をついた。
「‥‥少し分けてあげても良いけれど」
三鶴城は実行委員本部の横に置いてあった、クーラーボックスからお弁当を取り出した。
「え? 何それ‥‥? 三鶴城の私物!?」
「違うわよ。青春君は話を聞いていなかったみたいだけれど、私たちはここにお弁当を入れて置いて良いと言っていたのよ。このまま校庭で食べれるように」
「いや、聞いてないんだが‥‥」
「ちゃんと言ってたわよ。人の話はしっかり聞きましょーね? 青春君?」
三鶴城は小さい子を宥めるような声色で言った。まるで保育園の先生のようであった。
しかし俺は三鶴城のその姿が意外で、なんだか親近感が湧いた。
「‥‥えーと、じゃあ分けてもらっても良いでしょうか?」
「えぇ、どうぞ」
実行委員本部のテントの下の机に、三鶴城はお弁当箱を開いた。その中にはおにぎりと卵焼き。ハンバーグやウィンナーが入っていた。お腹が空いているせいか、よだれが垂れそうなくらいに旨そうに見える。
「‥‥私が作っているから、口に合うかは分からないけれど‥‥」
三鶴城は自信が無さそうに言った。いつもは堂々としているだけに、この姿も俺には意外だった。
「三鶴城の手料理‥‥ってことか?」
今目の前にあるものは間違いなく、俺が憧れていた女子の手料理に間違いない。まさか生きているうちに、こんなイベントに立ち会えるとは夢にも思わなかった。
「‥‥ちょ、ちょっと目が気持ち悪いのだけれど‥‥」
「陰キャラのあなたが、私のお弁当を食べれるのは光栄に思った方がいいわ」なんて言うと思っていたのに、全く反応が予想と違う‥‥。
三鶴城も青空が嫌いと言っていたから、暑さにでもやられているのだろうか。
「‥‥とにかく、いただきます」
俺はおにぎりを掴み口に運ぶ。食べた瞬間に中に入っていたものに俺は驚いた。
「‥‥唐揚げか?」
「そうだけど‥‥、口に合わないかしら?」
唐揚げとマヨネーズの味がする。唐揚げの入っているおにぎりは初めて食べたが、めちゃくちゃうまい! すげぇご飯に合うなこれ!!
「すげぇうまい!!」
三鶴城は安心したのか微笑んだ。さっきからの三鶴城が意外すぎて、俺もどうにも調子が狂う。
「遠慮しないで食べて頂戴」
「まじか。本当助かるわ!」
卵焼きにハンバーグ。どれも美味しい。料理まで完璧となると、欠点は一体どこにあるのか興味が湧いてくる。
「‥‥誰かに美味しいと言ってもらえるのはこんなにも嬉しいものなのね」
三鶴城は青空を見ながら言った。その目は遠い目をしていた。それを見て俺は何か事情があるのだと思った。同時に深くは聞いてはいけないのだろうとも思った。
人には誰にでも知られたくないことは存在する。三鶴城だってそれは同じなのだろう。
ーー俺は三鶴城を勘違いしていたのかもしれない。きっと彼女も普通の女の子なのだ。どこかで彼女は違うと思っていた。でも、そんなことはないのだと青空を見て思った。
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