体育祭後半!
昼休みが終わり、午後の競技が始まった。部活対抗リレーや男子の騎馬戦。プログラムは流れるように消化されていく。
「次はスウェーデンリレーか! よっしゃいくか!!」
スウェーデンリレーとは即ちクラスの代表リレー。つまりは足の速い奴しか出ることはない。勿論俺が出るはずもない。
「いってら! 三人とも頑張ってねん!!」
スウェーデンリレーに出場する、黒須と池尾と暗那を、俺と李梨奈は見送る。
リレーの種目はいわば体育祭の花道。見ていて楽しいものだし盛り上がる。その分配点がかなり高く、総合優勝を目指すためには勝利はほぼ必須になってくる。
そのせいか三人はとても気合が入っているように見える。
ーーしかし、そんなことよりも俺は大変なことに気がついた。
「うちらあんまり二人で話したことないよね」
そう。俺と李梨奈の二人きりになっているのである。今までは二人でいた事などない。誰かしら他の奴がいてくれたからどうにかなっていた。それ故にとても気まずいのである。
そもそも、李梨奈みたいなタイプは最も俺が苦手としていたタイプなのだ。中学の頃はこう言ったタイプの人間に怯えて暮らしていたのだ。
「そうだな。二人きりになることがそもそもないからな」
そもそも俺は城ヶ崎李梨奈と言う人間を全く知らない。分かっているのは女王気質で、男子と話すときはいつもよりも、声が高くなる事があるだとかそんな程度。
勝手に合わないと決め、気まずいと思っている。しかし李梨奈は俺と二人でも全くそんな素振りはない。
陽キャラには人見知りというのはあまりないのかもしれない。
「楽って、三鶴城の事好きなん? お題って普通に考えてそういう系のやつっしょ?」
‥‥きた。絶対に聞かれると思った。こんなことを聞かれるのは今日で何回目だろうか。どう答えるのが正解なのか、いまだに俺は分かっていない。
李梨奈相手に適当にはぐらかす勇気は俺にはない。かと言って三鶴城にもこれ以上は迷惑をかけたくない。
どんな言葉が正解なのだろうか。‥‥もういっそ素直に、三鶴城のことが好きなことにしてしまおうか?
三鶴城は完璧なあまり人を寄せ付けない。
それどころか彼女自身が人と関わることを望んでいない。しかし、そんな彼女のことが気になっている生徒は沢山いるだろう。
黒須でさえも存在を認知し、可愛いと評しているくらいなのだ。そうなると俺もその中の一人になってしまえば良いだけの事。
どうせ周りから見たら俺なんかに、三鶴城が振り向くとは思ってはいないだろう。そもそもあいつが人と付き合ったりするのが全く想像出来ない。
「‥‥言いにくいん?」
何か言わないと。そう思えば思うだけで頭の中は白く染まる。もう仕方がないだろう。考えてみたら三鶴城が言っていたのはこの事だったのかもしれない。
「‥‥お題は気になる異性だった。それで三鶴城を連れて行った」
「ふーん」
自分から聞いておいて李梨奈は興味がなさそうな声を出した。俺には全く彼女が考えている事が分からない。
三鶴城の考えている事も分からないが、李梨奈はまた違った方向で分からない。機嫌が悪い時はすぐに分かるのだが、今はそういう感じでもなさそうだ。
そうしてお互いに無言になる。‥‥とても気まずい。
「気になるってことは、好きとかじゃないん?」
「ま、まぁそうだな。三鶴城綺麗だし‥‥」
何か尋問されている気分になってくる。李梨奈の放つ一言一言に、圧のようなものが込められているように感じる。
「暗那のことはどう思ってるん?」
「‥‥暗那?」
李梨奈は頷いた。何故今ここで暗那の名前が出たのか全く分からないが、李梨奈が恐ろしくて答えないわけにはいかない。
「いい子だと思う。優しいし、気が遣えるし‥‥」
「だよね。暗那はいい子なんだよね。まぁ、ちょっといい子すぎるんだけどねー」
李梨奈は遠くにいる暗那を優しい目で見ている。
「‥‥一つ疑問なんだがいいか?」
「なーに?」
李梨奈は暗那と目があったのか手を振っている。
「俺から見てなんだが、暗那と李梨奈ってなんか違うタイプに見えるんだけど‥‥」
俺は前から思っていることを聞いてみることにした。李梨奈も俺に質問をしてきたのだ。これくらいは俺にも許されるはずだ。
「んー。そうかな?」
李梨奈は首を傾げた。しかし俺からしたら李梨奈はウェイウェイ系とは言わないが、完全に陽キャラの頂点の女王。
きっと彼女は人から嫌われていても、それが自分にとってどうでもいい人ならば、気にも留めないだろう。
それくらいに強いイメージがある。この辺の強さは三鶴城にも通ずるものを感じる。しかし暗那はとても繊細に見える。気を遣いすぎているような、本音を隠して人と付き合っているように俺には感じる。そんな二人がどうも合うようには感じられない。
「‥‥まぁあくまで俺の主観だが」
「高校に入って、初めってクラスに友達がいないっしょ?」
李梨奈の言葉に俺は黙ってうなずく。もっとも、俺は中学の頃もずっと友達がいなかったが。
「入学してきた初日に暗那さ、うちのところにわざわざ来てなんて言ったと思う?」
李梨奈は嬉しそうだった。そう昔のことじゃないのに、まるで遠い過去の思い出に浸るようだった。
「うーん。李梨奈が怖いとか?」
「‥‥殴るよ?」
「‥‥すいません」
俺と李梨奈は顔を見合わせて笑った。李梨奈とこんなやり取りができるとは、俺は思ってもみなかった。
俺が思っていた李梨奈のイメージは、どうやら違っていたのかもしれない。勝手にイメージを押し付け勘違いしていた。
李梨奈は見た目こそ他を寄せ付けない感じだが、こうして話してみると全然そんなんではなかった。
人は出会った瞬間の印象で、大凡のイメージを決めてしまうがそれは間違いなのだと俺は思った。
「暗那ね、いきなり『友達になって下さい』って言ってきたんだよ。おかしくない?」
「それは確かに不思議だな」
その時の李梨奈の驚いた表情が容易に想像ができた。俺が言われていたとしても驚き、こいつはなんだと思っていたかもしれない。
「その時にね、この子はいい子だなって思ったんだよね。ほら、うちって見た目ちょっと怖いしょ?」
自覚あったんですね? というか見た目じゃなくて立ち振る舞いも怖いですよ。と言おうとして俺はやめた。
「まぁ、否定はしない」
「いや、否定しろし!」
初めは緊張感があったが、今ではそれも吹き飛んだ。李梨奈と話していて俺は楽しかった。三鶴城や暗那と違う、異性の友達と話すのはこういうことなのだと思った。
「それで、なんか面白くって友達になったの。うちも声をかけてきてくれて嬉しかったし」
二人が仲が良かったのにはこんなエピソードがあったとは。でもこれでタイプの違う二人が、何故仲がいいのかが分かった気がした。
「なんかいいな。そういう関係」
「うちらから見たら黒須と池尾と仲いいじゃん? そんな感じだよきっと」
黒須とは俺はよく話すが、池尾は未だに謎が深い。池尾自身あまり人に自分のことを話さないし、何を考えているのかも全く分からない。
「まぁそうか」
「そうだよー。男子の友情って憧れるよ。女子ってめんどくさいじゃん?」
俺は男子だから分からないが、女子は確かに不思議だなと思ったことがある。中学の頃の俺は、人の視線を気にしていたからわかるが、昨日まで仲が良かったはずの子が、次の日になると別のグループにいたりする。
そうして気がつくとまた仲良くなっていたり、何があったのかは知らないが不思議だなと思っていた。
「李梨奈はあんまりそういうの気にしないように見えるけど」
「うちも結構女々しいよ? でも仕方ないよ。女子だもん」
結局はこの一言に尽きるだろう。俺だって男だから、きっと本当に李梨奈のことを理解する事は出来ないだろうし。
「でも、暗那はもっと繊細で簡単に気分が沈むの。だから、暗那を悲しませてあげたくない。‥‥うちの口からはあんま言えないけど、暗那の事も気にかけてあげて欲しいんだ」
どうしてこんな事を俺に言うのだろうか。ただ、こう言われた以上は李梨奈の思いを
「‥‥まぁ善処する」
「うん。それでいい。楽の気持ちも大切だし」
とにかく李梨奈がいいやつだと言う事は分かる。人のために何かを頼めることなんて、簡単そうに見えて中々できる事ではない。
「あっ、一年のスウェーデン始まるっ!!」
李梨奈は立ち上がり声援を送り始める。俺もその横に並んで立ち上がり、出せる精一杯の声を出した。
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