陽キャラと陰キャラ3

 「‥‥で、何かしら。私は特に青春君と話したいことなんてないのだけど」


 結局、俺たち二人はカラオケに足を運んだ。落ち着いて話ができる所となると、こんなところしか思い浮かばなかった。ファミレスとかになると、どうしても人の目がある。誰かに見られる恐れもあった為に、カラオケのような密室がいいと俺は考えた。


 目の前の女子生徒はドリンクバーのアイスコーヒーを飲みながら、静かにこちらを見ている。


 さっきから思っていたが、どうも彼女は落ち着いているように見える。こんな形だが、こうしてカラオケに女子と二人でくるなんて俺は初めてのことで、少なからず緊張していると言うのに彼女は堂々としている。


 テレビの画面から聞こえる音と、隣の部屋から漏れている音痴な歌声だけが今この部屋には響いていた。


「何度も言うが、それを消してくれ。と言うか、そんな写真をどうやってみんなにばら撒くつもりだよ」


「そうね。匿名でSNSにでもあげようかしら。みんなネットって好きでしょ?」


 こんな写真をネットにでも上げられたらとんでもない。廊下を後ろ指を刺されながら歩くなんて、想像するだけで恐ろしい話だ。


 しかし、ここで俺は一つ思いついた。そもそも、俺がプレイすることにしなければ良いのだ。何故もっと早くに思いつかなかったのだろうか。


「待て。お前は多分一つ勘違いをしている。このゲームは姉貴に買ってきてと頼まれたんだよ。別に俺がやるわけじゃないんだ」


「私の名前はお前ではないのだけど」


 俺からしたら、今は目の前の女子生徒の名前などどうでも良いことだ。そもそもこんな風に脅してくるような奴とは、こうでもしなければ関わりたくもない。


「別に私からしたらそんな事は関係ないわ。そうみんなに自分で弁解しなさい。もっとも、信じてくれるかしらね? 見苦しい言い訳にしか感じないけれど」


 こうは言っているが、きっと俺が咄嗟に嘘をついたとバレている。


 俺の声は震えていたから、彼女からしたら丸わかりなのかもしれない。


「‥‥お前、性格悪いな」


 もしこいつと俺が同じ立場でも、絶対に俺はこんな事はしていなかった筈だ。


「私の名前は三鶴城みつるぎひめよ。ちゃんとした名前があるの。お前と呼ばれるのは好きじゃないわ」


 姫という可愛らしい名前は、些かこいつには似合わない。こいつは一つ嫌な事をされたら、百で返しそうなほど残虐に見える。


 大人しくしてさえしていれば、その容姿はとても綺麗なものなのに、さっきからの行動と言動のせいで悪魔のようにしか見えない。


 俺は小さくため息をついた。それを見て三鶴城は嬉しそうな表情を浮かべた。


「何を言われても消す気はないのか、三鶴城」


「全くないわ。わざわざ私の料金まで負担してこんなところに連れてきたのは、間違いなく無駄足よ青春君」


 このままではらちが開かない。もうこうなれば強行突破しかない。俺は三鶴城に飛びかかり、スマホを持っている腕を掴む。三鶴城は一切抵抗する素振りすらみせず、静かに俺の方を見つめている。


 やはりこうして黙っていれば、本当に綺麗な容姿をしている。


 しかしそんな事は今は、全く関係がない。


 三鶴城の手から俺はスマホを奪い取る。ここでは少しの抵抗を見せたが、女の子の力はとても非力で、いとも簡単に奪うことができた。


 すぐに写真フォルダを開こうとすると、スマホにはロックがかけられていた。


「無駄よ。そんな事をしてもロックが青春君には解けないもの」


 三鶴城は余裕そうにアイスコーにーを飲んでいる。さっきあまり抵抗を見せなかったのは、取られても問題がないとわかっていたからか。


 こうなればロックを聞き出すしかない‥‥。ここが密室の空間で良かったと俺は思った。


 きっとさっきみたいに飛びかかれば、身の危険を三鶴城は感じて教えてくれるだろう。


 そうと決まれば、俺はすぐに無防備な三鶴城に飛びかかり、両腕を押さえる。


 三鶴城は驚いたのか、小さな悲鳴のような声をあげた。


「‥‥何の真似かしら?」


 ソファーの上に押し倒された三鶴城は、スカートが少し乱れ、そこから白い綺麗な太腿が覗いている。俺はそれを見て息を飲んだ。


「‥‥ロックを解いて、画像を消さないとこのまま襲う」


 俺は今とんでもない事をしている。これは犯罪と言っても過言ではない。


 三鶴城もさっきまでの余裕綽綽よゆうしゃくしゃくな態度ではなく、こめかみの辺りに少しの汗をかいていた。


「青春君。こんな事をしたら大変なことになると思わない? 第一、カラオケには防犯カメラがあるのよ?」


 ここまで女の子に接近したのは初めてかもしれない。とても良い匂いがする。これはシャンプーの匂いなのだろうか。


「‥‥ここは防犯カメラがないらしい。その心配はないよ三鶴城」


 黒須がラブホがわりになると、話していたから間違いはない。その為に三鶴城をここに連れて来たわけだし。


「襲うなら襲えば良いわ。あなた達は女の子を、そういう目でしか見てないんでしょうし」


 三鶴城はそう言った後、下唇を噛み視線を逸らした。掴んでいる三鶴城の手首が微かに震えていた。


「写真を消してくれるならそんな事はしない。‥‥だから消してくれ」


 どうして俺は今こんな事をしているのだろう。本当だったら今頃はゲームでもやって、のんびりしていた筈なのに。


「‥‥絶対に消さない。ここで消したら結局はあなたの思い通りじゃない」


 なんて頑固な奴なんだ。いったい彼女の何がここまでこうさせているのだろうか。俺に何か恨みでもあるのだろうか。


「もう一度聞くけど、消さないなら本当に襲う事になる。‥‥いいのか?」


 三鶴城は何も言い返してこない。ただ静かに俺に無防備に体を晒していた。


 ただ、この状況に怯えている事は確かだった。本当に襲うつもりは毛頭ないが、きっと消してくれる。


 俺はそう信じて三鶴城のワイシャツのボタンに手をかける。そうして一番上のボタンを外した。


 ーーしかし、三鶴城は何も言わない。彼女はこの状況が終わるまで、ただジッと待ち続けるつもりなのだろうか。俺はこんな事をしてまで、今の立ち位置を守る必要があるのだろうか。


「‥‥やめた。もういいや」


 俺はそう言って、外したボタンを付け直した。そして伝票を持って立ち上がる。それを見て三鶴城は呆気にとられたように、俺の顔を見た。


「‥‥何もしないの?」


「三鶴城を傷つけてまで、写真を消して欲しい訳じゃないし。‥‥まぁ、考えて見たらまた中学の時みたいに一人に戻るだけだし」


 少しだけでも陽キャラとして楽しめただけ良かった。そう思うしかない。一人には慣れているし、また前みたいに三年間やり過ごせばいいだけのことだ。


「‥‥中学の時みたいに?」


 三鶴城は乱れたスカートを直しながら、不思議そうな表情をしている。思わず余計な事を口走ってしまったかもしれない。


「会計してくる。もう帰ろう。写真は自由にしてくれ」


 レジでお会計を済ませ、何も言わない三鶴城と逆方向へと俺は歩いていく。


 ーーさようなら、俺の短い陽キャラ生活。



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