体育祭フィナーレ

 教室へ戻ると、既に制服に着替えた黒須達が俺と暗那を待っていた。


「おっ! 帰ってきた! 二人とも実行委員お疲れ!」


 さっき俺の貰った賞状は、既に教室の片隅に飾られていた。


「これからクラス会の打ち上げ企画しといたけど、二人もくるっしょ?」


 李梨奈が乱れたメイクを直しながら言った。李梨奈からは制汗剤なのか、とても爽やかな良い匂いがする。


「‥‥打ち上げ?」


「何その壊れたロボットみたいな反応‥‥」


 李梨奈は俺の方を呆れた様に見た。


「い、いや、なんでもない。俺は行くぞ!」


「あたしも行く!」


「よっしゃ! みんなで派手に打ち上げだぁ!!」


 クラスの打ち上げに誘われたのなんて初めてだ。そのせいで変な反応をしてしまった‥‥。


 中学の頃なんて目の前で打ち上げの話をされていたのに、誘われたことはなかった。会話の中から、「青春も誘う?」なんて聞こえたりしたが、「来ないっしょ」とか、「声かけるの嫌だ」なんて聞こえた日の夜は枕がビショビショになったものだ。


 一度入ったクラスライン。そこに貼られたクラスの集合写真。それに俺以外の全ての生徒達が写っていたときは、枕と共に掛け布団もビショビショになったものだ。


 ‥‥やばい、思い出すと涙が出そうになってきた。


 一度家に帰りシャワーを俺は浴びることにした。家も近いし時間にはまだ余裕があった。


 李梨奈や暗那達はその辺で時間を潰すと言っていた。池尾と黒須はこんな日にも部活があるみたいだ。運動部って大変だよね。


 サッカー部やバスケ部に入るのが、陽キャラになるのに手っ取り早いのだが絶対に俺はやりたくないな‥‥。まぁある意味この体育祭で俺の知名度も上がったかも知れないし‥‥。



 家に着くと姉の靴が置いている。乱暴に脱ぎ散らかされたその靴は、とてもあの見た目からは想像も出来ない。


「‥‥ただいま」


 俺がそういうとリビングから顔出した。姉の名前は青春せいしゅん薫子かおること言い。大学一年生である。昔から親は二人とも働いていて、この姉貴が俺の母親の代わりの様だった。


「おかえりなさーい」


 姉貴は俺の姉というのが信じられないくらいに、社交的でよく出歩いている。容姿も綺麗で、本当に血が繋がっているのか不思議にすら思ってくる。


 そのため俺が高校デビューをするに当たって、手を貸してくれたのは姉貴というわけだ。


 昔から俺とは正反対で完全に姉貴は陽キャラだった。よく家に友達を連れてきていたし、その中には男も何人かいたりもしていた。


 そんな姉貴も俺には優しく、実際に姉貴がいなかったら俺の高校デビューはから回っていただろう。


「クラスの打ち上げ行ってくるから、夜ご飯はいらない」


 俺がそういうと姉貴は嬉しそうな大声をあげた。


「やったじゃん! アンタが中学の卒業式の後に、一人で牛丼を食べて帰ってきた時はお姉ちゃん心配したんだから」


「やめて、その過去の傷を抉るの‥‥」


 あの忌々しい思い出。卒業式の後、俺は牛丼と食べて帰った。みんなは楽しそうにクラス会や遊びの予定を話していた。


 いつもはすぐに帰る俺も流石に、この日は誘われるだろうと思っていたが、世の中はそんなにうまく出来ていなかったのである。


 結果、俺は一人で打ち上げを遂行したというわけだ。


「アンタ、コンタクトに変えて髪の毛を切ればカッコ良かったのに、中学の頃は変だったからね」


 こうも面と向かって変だったと言われると傷つくが、姉貴には俺は頭が上がらない。今のこの生活は姉貴のおかげなのだから。


「なんかこう陰キャラのプライドがあったんだよ俺にも」


 姉貴は柿の種を食べながら、興味がなさそうにソファーに座った。


「そのプライドはアンタに牛丼をもたらしたってわけね」


「もう牛丼ネタはやめて‥‥」


 あの日、牛丼を食べて帰る途中のファミレスの中に、クラスメイト達の姿を見つけた時のあの気持ちは言い表せない。あの時に俺は決意したのだ。


 ーー憎むべきだった対象の陽キャラになってやると。


「でも、アンタは姉という贔屓目で見なくても悪くないと思うし、モテるでしょ?」


 姉貴は自分がプロデュースしたのだから、と胸を張って続けた。


「モテるのかは知らんが、まぁ楽しくはあるよ」


「ふーん。顔つきも変わったよね本当。前は売れ残ったサンマみたいな顔してたのに。‥‥サンマに失礼か」


 姉貴はグサグサと俺の傷を抉ってくる。サンマじゃなくて、俺に失礼だという事をどうか思って欲しい。


「とにかく、シャワー浴びてくる」


「はーい、あっそうだ!」


 姉貴はまた大きな声を出した。突然のことに俺は驚きの声をあげた。


「アンタ女心とか考えてる? 知らない間に傷つけてそうよねアンタ」


 しかし姉貴のこの言葉に俺は物申した。


「大丈夫だ。その辺はギャルゲーで得た知識がある」


 そう言い残し俺はシャワーを浴びた。


 

 シャワーから出た後、みんなおそらく制服のままなので、俺は再び制服に身を包む。高校生とは楽なものである。とりあえず制服を着ておけばいい。俺にはファッションというものが分からないために、ここはとても助かる。


「気をつけてねー」


「うぃー」


 玄関を出ようとした時に背後から再び姉貴の声が聞こえてくる。


「ゴムはちゃんとつけなさいよー!」


 俺は玄関の扉を力強く閉めた。


 空はもうすっかり暗くなっていた。集合場所は駅前の焼肉の食べ放題のお店。


 考えてみたらそもそも友達と飲食店に入るのすら初めての気がする。そう考えるとちょっと緊張してくるが、いつもの学校の様な感じで行けば大丈夫のはずだ。


 焼肉屋の前にはもうみんなが集まっていた。予約をしたと黒須が言っていたので、大丈夫だろうと思うがとても大所帯だ。


 しかし、見たところクラス全員とは行かない様だ。来ていない生徒の中にはバイトや予定があった生徒もいるのだろう。


 だが、その中には中学の頃の俺の様な生徒はいるのだろう。その生徒のことを考えると、余計なお世話かも知れないが胸のあたりが痛い。


「楽、こっちだよ」


 池尾の声が聞こえてそちらへ俺は行く。するとそこには李梨奈と暗那の姿があった。


「黒須は?」


 みんなは居るのに、黒須の姿が見えない。何処かに行ったのだろうか?


「今はお店の中にいるよ。人数の確認とかしてるみたいだね」


 池尾は体育祭からの部活終わりの筈。しかし相変わらず爽やかだ。とにかく制汗剤のCMにでも出たほうがいい。


「そっか。これ何人くらい居るんだろうな」


「えーとね。23人だね!」


 暗那がすぐに答えてくれた。暗那は未だポニーテールのまま、尻尾をフリフリしていた。リレーの時はその尻尾と足の速さも合間ってか、本当にポニーの様だった。


「おーい、みんな入っていいぞ!!」


 黒須が店内から出てくる。その声に、近くにいたやつから中に入って行く。店内はほぼ貸し切り状態で、人数分のお皿と座席が綺麗に用意されている。この光景を見ていると何やらワクワクしてくる。


 みんなが席に着くと黒須が場を仕切る。あんな風にクラスをまとめられるのは、きっと黒須しかいないだろう。全員の前に飲み物が最初に行き渡る。


「じゃあ打ち上げを始める前に、乾杯の音頭を実行員の二人を代表して楽から!!」


 黒須の言葉にみんなが俺の方を見る。とんでもない無茶振りである。陽キャラというのはこうして不条理な、無茶振りに見舞われることが多々ある。しかしこれを乗り越えなくては陽キャラは務まらないのだ。


 俺は仕方なく立ち上がる。その途端に店内はシンと静まり返る。とても嫌な雰囲気だ‥‥。今日一日が物凄く長く感じる。まさか最後にこんな試練が待ち受けていようとは‥‥。


「えーと‥‥」


 俺は息を飲む。適当な感じでいいのだろうか? でも、変なことを言ってシラけたらそれこそ自殺行為だ。ここは無難にいくことにしよう。


「みんなの頑張りのお陰で二位になれて良かったです」


「真面目か!?」


 途中の黒須のイジリにみんなが笑う。今のは真面目すぎたのか‥‥? もう俺には答えが分からない‥‥。


「えーとじゃあ、楽しかったからとにかく乾杯っ!!」


 俺は手に持っていたグラスを掲げ叫んだ。その瞬間にみんなも俺に続いて大きな声を出した。


 ーーそうして打ち上げが始まった。お腹が空いていたせいか、こんな達成感が初めてだったせいか、今までで一番美味しい焼肉だった気がした。


 そうして楽しい思い出と共に、俺の高校デビューの陽キャラとしての初行事が幕を閉じたのだった。



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