夏の夏休み
夏だ! サマーだ! サマーラ◯ドだっ! なんてこの時期になると、よくCMで見る。小さい頃はあのCMを見るたびに、母親にプールに行きたいとせがったものだ。
しかし、いつの頃からかプールなんて億劫になってしまう。中学の頃の俺は既に、プールの授業の時間が嫌いだった。
憧れの子の水着姿を見れるのはいいものだが、見ている事がバレたら大変なことになる。
陰キャラだった俺が見ていると、もしバレてもみろ?
絶対に大変なことになるのは想像できる。女子ネットワークの拡散力の高さから、簡単に餌食になるのは目に見えているのだ。
プールの授業の楽しみはそのくらいで、俺は全くを持って好きでは無かった。
検定の時間なんて、数人が泳ぐことになる為に視線が集中する。あの時間は陰キャラ達にとっては地獄以外の何者でもない。
俺はどうにか泳ぎにおいては、目立つ事はなかったが、同じクラスの小太りのやつは、その泳いでる姿があまりにも溺れているように滑稽だったらしく、その時間以降は、『溺れかけのレディオ』というあだ名がつけられていた。
陽キャラはすぐに陰キャラ達のあだ名をつける。しかもかなり不名誉なもので、本人にとっては最悪としか言いようがない。
ちなみにうちのクラスのゴシップ好きの増子も、『マスメガネ」と呼ばれている。
しかし本人はそのあだ名を結構気に入ってるらしく、得意げに眼鏡をクイッとしていたりする。
幸いな事に今の所、俺にはそう言った不名誉なあだ名はない。陽キャラとは常に決める側に回る。その為か、俺はつけられるよりもつけていい立場にいるらしい。
別に誰かにつけようとは思わないが‥‥。陰キャラ達の気持ちが分かるというのも考えものだ。俺は肩身が狭そうにしている生徒を見ると、どうにもすぐに感情輸入をしてしまうのだ。時々過去の自分を見ている錯覚にすら陥る。
しかしながら、クラスというのはカーストがある為に成り立っている。
例えば、全員が全員陽キャラのクラスがあったとしよう。
そのクラスは常に、権力争いが勃発するだろう。まさしくカースト戦国時代。かなりカオスな事になるのは目に見えている。きっと教室内は常に、ピリピリとした雰囲気に覆われるだろう。
行事なんて、他クラスとの争いではなく、自分のクラスで巻き起こる事間違いなしだ。
その為に、どうしてもクラスには陰キャラ達の存在も必要なのだ。彼らがいる事によって、パワーバランスが保たれていると言っても過言ではない。
ーーつまり、縁の下の力持ちと評してもいいくらいなのだ。
陰キャラ達は誇っていい。陽キャラ達には俺たちがいるから、楽しい学生生活ができているくらいに思っていいのだ。
ちなみに俺はそんな事は思っていなかった。中学の頃の俺は陰キャラの中でも最底辺。陰キャラ達だって友達くらいは、大体存在するものだ。しかし俺にはそれすらもいなかった。
‥‥我ながら良く今まで生活してきたなと思う。
俺の自虐はそろそろ、ここまでにしておこう。どうやら目から水が出そうになっているからな。
ーーそんなこんなで俺達学生は、夏休みを迎えたのだ。
夏休みというくらいなのだから、しっかりと休む事は大切な事だ。中学の頃の俺は外に出る事など、ほとんどなかった。しっかりと夏休みというのを守って休んでいた。
夏休み明けにクラスのみんなが楽しそうに、夏の思い出を話しているのを聞いて、その夜に枕を濡らしたのも、もう一年前。
あぁ、懐かしい‥‥。
だが! 今の俺は例年とは違う。夏の思い出を作ると決めているのだ。
ただ、それにしても‥‥宿題多くないですかね‥‥? 全然休ませる気の感じられないほどの多さ。
まるでそれは先生達の嫌がらせに思える。俺達にただでは休ませまいと、ニヤニヤと笑っている姿が容易に想像できるものだ。
俺は夏休みの宿題は、初めの一週間で片付けてしまうのがモットー。そうして残りの日々でゲームやラノベを謳歌して来た。
そのせいで日焼けというものには縁がない。クラスのやつが黒く焼けてるのとかを見て、ココアパンかよ。なんて思っていたが、今考えるとなんとも悲しい強がりである‥‥。
今年もここだけは例年通り、宿題を片付けようと思っていたのだが、陽キャラの俺には遊ぶ約束があった。
あえてもう一度言っておく。陽キャラの俺には遊ぶ約束があるのだ。
うん。予定があるって素晴らしいよね! 一度言ってみたかったんだよね。
「俺、その日予定があっから」
クゥー! なんて甘美な響きなんだ。これこそが陽キャラだろう。今の姿を、陰キャラぼっちの頃の自分に見せてやりたい。
「‥‥アンタ朝から鏡の前で何してんの?」
背後からの声に俺は鏡の向こうを見る。そこには寝起きで、髪の毛がボサボサの姉貴が、眠そうな顔でこちらを見ていた。
「‥‥毎朝のルーティンだよ」
「‥‥えーと、お姉ちゃんいい病院知ってるんだけど、ちょっと待っててね」
つまりこの姉は、俺の頭がおかしくなったと言いたいらしい‥‥。なんて酷い話だろうか‥‥。
「‥‥大丈夫です。今見た事は忘れてください‥‥」
俺は姉貴の横をそそくさと通り、部屋に戻る。
‥‥まさか見られてしまうとは。
見られないようにしていたはずなのに、どうやら油断していたらしい。姉貴は、昔からノックもせずに部屋に入ってくる事が多かった。
そんなのわかっていた筈なのに‥‥。俺はどうしてあんな事を‥‥。
考えてみたら、俺が洗面所に行った時に目の前で姉貴が、「月に変わってお仕置きよっ!」なんて決めポーズをしていたら、確実に引いてしまうだろう。
俺のルーティンはそれに通ずるものがある。
ーーつまり、俺は姉貴に引かれた可能性が高い。
まぁ、仕方ない。また一つ黒歴史が増えただけだ。黒歴史を増やすのには俺は慣れているのだ。俺は元陰キャラぼっちだった為か、メンタルは強いと自負している。
その辺の陽キャラ達とは場数が違うのだ。俺はいくつもの戦場をくぐって来ている、と言っても過言ではない。そして傷を負いながらも、何度でも生還した。つまり俺は英雄。
ーーよし、今朝のルーティンはここまででいいだろう。
こうする事によって、前日に失った自信を取り戻す事ができる。人生とはリセットの連続なのだ。
正直なところ、一度できた傷跡は治らない。しかし、傷口を塞ぐ事はできるのだ。
そうやって人々は騙し騙し抱え込みながら、日々を消化しているのだ。
集合時間まではまだ余裕がある。しかし俺は余裕を持って家を出る。全てはギャルゲーで学んだあのセリフを言う為だ。
「ごめん、待ったー?」
「いや、今来たところさ」
このやりとりがやりたいのだ。正直王道で、ありがち感は否めない。しかし人はいつだって王道に憧れるのだ。
どんなに色あせても廃れる事が無いから王道、と呼ばれているのだ。
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