カースト争い。終
ーーその時、廊下の向こうから大泉が歩いて来た。李梨奈と暗那に気づいたのか、俯いている。俺が大泉に声をかけるより先に、暗那が声を掛けた。
「おはよう、沙奈ちゃん」
大泉は突然のことで驚いたのか、顔を上げたまま硬直した。
李梨奈は暗那を見て、俺を見た。そして諦めたように小さく微笑んだ。
「本当にいい子だよね」
そう俺に告げ、大泉の方へと歩いて行く。大泉は怯えているのか、少し後退りをしている。
「‥‥おはよ。まぁそりゃうちらに怯えるよね」
「え、と‥‥お、おはよう‥‥」
大泉がこうなるのも当然だ。自分を憎んでるべき二人が、なぜか優しく挨拶をして来たのだ。
普通に怖い。俺だったら何を企んでいるのか怯えて逃げるレベル。
「‥‥アンタ、友達居なくなったよね?」
「‥‥まぁそうだね。見てわかると思うけど一人ぼっちよ」
「‥‥アンタは本当はやってないんしょ?」
李梨奈の問いかけに大泉は俺の方を見た。俺は黙って首を何度か縦に振った。
「‥‥やってないわ。でも‥‥まぁ、信じられないよね」
「信じるよ。あたし達は信じるから大丈夫」
暗那は大泉の手を掴んだ。なんか青春ドラマのワンシーンを見ているようだ。
「まぁ暗那もこう言ってるし、うちも信じてあげる。んで‥‥」
李梨奈は何かを言おうとしてやめた。そして罰が悪そうに、頬をかきながら大泉から目を逸らした。
「‥‥友達になってあげる」
「‥‥え?」
「だから、友達がいないアンタと友達になってあげるって言ってんの! ほら、さっさと教室に行くよ沙奈」
訳が分かっていない大泉の手を、暗那が引きながら李梨奈と教室に入って行く。きっとこの光景を見たクラスメイト達は驚くだろう。
これをハッピーエンドというのか分からない。でも、なんだか俺はホッとした。
俺が教室に戻ると、みんなが大泉と李梨奈と暗那が一緒にいることに、やはり驚いているのかチラチラを見ている。
ただ一番驚いているのは赤羽のようで、彼女においては大泉を凝視している。ただその中で唯一、練馬だけは俺の方を見ていた。その視線に俺は気づかないフリをした。
次の休み時間、俺はトイレに向かった。用を済ませ、外に出ると大泉が立っていた。
「‥‥女子トイレ、そんなに混んでんのか?」
「違うわよ‥‥」
「俺、人生で出待ちなんて初めてされたんだけど」
そうか、芸能人達はこんな気分なのか。いや、これトイレで出待ちされるとかまじ怖いよね?
「‥‥なんか色々してくれたんでしょ? いきなりあんな風になるとかありえないし」
「まぁ、大した事じゃないよ」
とは言って格好つけたが、正直危なかったよねあれ‥‥。練馬がまさかあそこまで手強い奴だとは思わなかった。ただあそこまでキモが座っていないと、人に嫌がらせなんてしないのかもしれないが。
「‥‥犯人も見つけてくれたの?」
「まぁな。でも李梨奈達には言ってない。大泉はやってないって伝えただけだよ」
「‥‥そう。犯人は知りたいけど、聞くのはやめとく。その人は沙奈のことが嫌いなんだろうし」
「‥‥そっか」
「ねぇ、ありがと。本当感謝してる」
大泉が素直にお礼を言ったのが意外で、思わず俺は二度三度目を擦り大泉を見る。
「な、なによ。沙奈だってお礼くらい言うわよ!」
「おぉ、いつもの大泉だ‥‥」
「失礼なやつね‥‥。でも感謝してるのは本当。だから‥‥今度お礼させて」
トイレの前で話しているせいで邪魔なのか、他のクラスの生徒達が迷惑そうにこちらを見て、通り過ぎて行く。
「‥‥お礼? なんか今日の大泉、変じゃね?」
「うるさいっ! いいからご飯くらい奢らせてって言ってんの!」
「ま、まぁ奢ってくれるならありがたいけど‥‥」
大泉は教室の李梨奈と暗那の元に戻った。
それから数日が経ったが、もうすっかり教室の雰囲気も元通りになった。黒須と池尾も、李梨奈達と前のように一緒にいることが増えたし、大泉も徐々に打ち解け始めた。
ただ、その光景を面白く思わない生徒もいるだろう。俺も今回の件で陽キャラ同士でもいざこざがあり、とても大変なんだと分かった。というか周りの人を巻き込む分、陰キャラよりも大変かもしれない。
周りから見たらくだらない争いでも、本人達にとっては居場所を守るための事なのだ。
なんとなくダラダラと過ごす事が理想だが、それも人と人が関わっている以上難しいのかもしれない。
ただ、なんといってももうすぐ夏休み。人との関係を休み、そして自分にだけ時間を割くことのできる最高の時間が幕を開けるのだ。
「‥‥気持ち悪い顔ね。最近ここらで聞く不審者の情報は青春君だったのね」
「‥‥おい。普通に傷つくから気持ち悪いとか言うな。泣くぞ」
待ち合わせ場所に三鶴城がやってくる。あれからずっとお礼を言いたかったが、タイミングがなくて今日になってしまった。
偶然廊下ですれ違った時に、ここで待ってると伝えておいた。本当は学校でも良かったが、また勘違いをする輩が現れるかもわからない。だから俺は帰り道を指定した。
「悪口を言われるのは慣れているんじゃないの? 元陰キャラなんだし」
「まだ言うか‥‥。俺は過去は振り返らねぇ」
三鶴城は呆れたようにため息をつき、歩き出した。
「暑いわ。せめて日陰に入りましょう」
学校近くの運動公園に入る。そこの屋根のついたベンチに、一人分の間隔を開け腰をかける。
「李梨奈に言ってくれたんだろ? ありがとな」
「別に‥‥。大した事はしてないわ。たまたま会ったから伝えただけよ」
ただやはり疑問は残る。どうして三鶴城は一人を選んでいるのだろうか。きっと彼女は友達以外のものなら、なんでも手に入れている。
それなのに常に一人を選んでいる。それどころか、まるで他所の他人を惹きつけないようにしているように見える。
一人が楽と三鶴城は言っていた。果たしてそうだろうか? 俺は一人でいた中学の頃よりも、今の方が楽しい。楽しい時に仲間がいて、辛い時には支え合う。困難は一緒に超えていける。そんな友達は彼女にとっては不必要なのだろうか。
「なぁ、三鶴城」
「なに?」
三鶴城は空を見ている。相変わらず青空は嫌いなのだろうか。今日も呆れるくらいの青空が頭上には広がっている。
「‥‥なんでもない」
今はまだ聞けない。俺は三鶴城のことを知らなすぎるのだ。ただ、いつかは三鶴城にも伝えられたら良いなと思う。友達がいると言う楽しさや、喜びを。
「そう。‥‥結局、あの女のことは誰にも言わなかったの?」
「誰にも言ってないな」
「‥‥どうしてか聞いてもいいかしら? あんな女を庇う必要あったの?」
確かに俺は練馬のした事はいけないと思う。練馬も反省はしてるようでは無かった。いつかまた同じようなことをしないとも限らない。
「庇った訳じゃないんだけどな‥‥。でもそれで今度は練馬が同じ事をされるのは違う気がして‥‥」
「‥‥そう」
三鶴城は太陽を見上げ、その眩しさに目を細めた。太陽の位置が変わって来ているのか、徐々に日陰がなくなっていっている。
「綺麗事だと思うか?」
「えぇ。思うわ」
予想通り三鶴城は即答だった。きっと三鶴城はそう言うだろうと思ってた。
「でも、きっと青春君は私なんかより綺麗よ。ただ、いつか裏切られる時が来たとしたら‥‥その時、あなたはどうするのかしらね」
三鶴城の体験談なのだろうか。彼女は何かを思い出し、過去を懐かしむように微笑んだ。
三鶴城の一言には時々重たい何かを感じる。しかし、俺なんかが彼女の過去を勝手に想像する事など失礼だろう。
「三鶴城は俺を裏切るのか?」
三鶴城は目を見開いた。そうしてまた微笑んだ。
「そういえば、青春君はそんな人だったわね。時々あざといのよ、あなた」
笑っている三鶴城を見るとドキッとする。三鶴城の笑顔はなんだか暖かくて、それでもってーー寂しい。笑っているのに、助けを求めているように感じる時がある気がする。
あくまで俺が勝手にそう思っているだけで、実際は分からない。
「‥‥お互い様だよ」
俺たちが座るベンチも日向に変わって行く。夕暮れに染まった町には子供達の為のチャイムが鳴り響く。
「‥‥暑いわ。帰りましょうか」
「そうだな。もう直ぐ夏休みだしな」
「何か今の流れで夏休みが関係あったかしら?」
「陽キャラはそういうの気にしないんだぜ?」
コンクリートに二つの影が並ぶ。その影も日陰に入ったら見えなくなった。
「またね。青春君」
「じゃあな」
三鶴城の後ろ姿はやはり、いつも通り堂々としている。俺はその姿に、いつしか憧れを抱いていたのかも知れない。
ただ今はまだ、その背中には全く手が届く気はしなかった。
ーー三鶴城と別れ、俺は一人で道を歩く。
高校生活の一学期、思えばあっという間だった。入学式の前の日なんてドキドキしたものだ。
姉貴には、「陽キャラになりたいなら初日が肝心!」と念を押されていたせいか、勇気を出して話かけまくってしまったものだ。
実際そのおかげで黒須や池尾とも知り合えた。一人ぼっちだった中学の頃と違って、夏休みに入るのが少し名残惜しい。
一ヶ月間も間が空いたら、俺は人見知りで今のように話せなくなるかもしれん。
陽キャラには陽キャラの苦労があった。これはきっと陰キャラ達には分からない。
でも、反対に陰キャラには陰キャラの苦労がある。
学校はクラスという決められた集団で一年を過ごすのだ。一度決まったら一年間はどうあがいても、変わる事はない。それならその中でより良い立ち位置を当然探って行く。
ただ、それの匙加減の違いなんだ。集団に溶け込むのは容易ではない。人に気を遣い、居場所を見つける。きっとみんなそうして知らない間に人を傷つけている。俺もきっと‥‥誰かを傷つけているだろう。
俺は人には表と裏がある事を今更知った。いじめが実際にある事を今更知った。女子達のいがみ合いを今更知った。きっとこれからも初めての経験がたくさんあるだろう。
そう考えると‥‥不安になってくる。李梨奈や黒須の使う意味の分からない言葉も理解して来てるし‥‥大丈夫だろう。‥‥多分。
「アリよりのアリ」とか、「マジまんじ」とか未だに意味がわからない。どこの方言ですか!? って突っ込みたくなるのを何度堪えた事か‥‥。
「マジまんじ」は語呂がいいから、結構気に入っているが‥‥。
でも今はそれが新鮮で楽しい。だから、俺は自分の居場所を守りたい。
きっとこれは綺麗事なのだろう。ずっと一人でいた分、俺は人間関係の苦労を人よりも知らないのかもしれない。
人と関わらなければ、嫌なところなんて気づく事もない。
しかし、人と関わらなければ良いところを見つけることも出来ない。
全てひっくるめると、嫌な事の方が多いのかもしれない。嫌になって投げ出したくなる事なんて、誰にだってある。
逃げ出したくなり、消え去りたくなる事もある。俺だって勿論、そんな時は何度もあった。
でもそんな時は逃げ出していいと俺は思う。人はあーだこうだ言うかも知れない。でも結局、自分の事は自分で守るしかないのだ。
どんなに言葉で思いを伝えても、それは言葉でしかない。苦しみや悩み、辛さなんて伝わるはずがない。
だから逃げてもいい。俺はそう思う。
きっと逃げ続けても、また歩き始めればいい事があるかも知れない。
俺はこの高校生活で自分を変えた。正直簡単な事では無かったが、そのお陰で今は楽しい。
自分の見ている世界だけが全てじゃない。一度ゼロにして、また一から始める楽しさもある。
人間関係にしても、自分と同じ境遇の人間なんていくらでもいるだろう。
この残りの三年間。俺はこの高校生活が終わった時に、胸を張って楽しかったと言いたい。
人はいつでも生き方を変えれる。俺も変わる事が出来たくらいなのだ。誰でもそう出来ると俺は思った。
視点を変えないと分からないものは多い。恐らく根はまだ陰キャラの俺だが‥‥。
ーーきっと俺は高校デビューに成功したと言ってもいいだろう。
俺はこれから起こる楽しみに胸を躍らせ、家路を急いだ。
空を見上げると、既に青空は消えて暗闇が広がり始めていた。
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