噂と空気
翌日の朝、いつも通り教室に入ると何故か他の生徒達からの視線を感じる。それは普段はあまり話すことのない、中段くらいのカーストの生徒達も俺の方を見ている気がする。
しかも、この目はあれだ。好奇心に覆われた嫌な目だ。つまりは野次馬なんかと同じ類のものだ。
席について分かったが、どうやらこれは俺に向けられていると見て間違いない。
何かしてしまったのか‥‥? でも、この視線はいじめとかのそれではない。何か興味があるときに向ける様なものだ。
「はよっす楽!!」
黒須が俺の元にやってくる。一人でいると心細かったから、こうして声を掛けて来てくれるのは助かるものだ。
「おう。‥‥なんかさ、クラスのやつら俺の方、チラチラ見てないか?」
黒須は舌で頬を膨らませながら、ちょっと気まずそうな顔をした。そしてみんなが見せている視線と同じものを、こちらに向けてくる。
「‥‥なぁ、楽って暗那と付き合ってるって本当?」
黒須は耳元で小さく呟いた。いきなり突拍子もない事を言われた俺の頭はショートする。
「‥‥いや、待てっ! どうしてそうなったんだよ!」
「いやさ、増子のやつが昨日手を繋いでる楽と暗那を見たっていうからさ‥‥。まぁ、どうなのかなって」
‥‥増子。俺はクラスの端っこにいる、おかっぱ頭の眼鏡をかけた生徒に視線を向ける。
この視線の先の生徒が
そんな奴に昨日の暗那と帰っていたところを見られるとは‥‥。
その時、暗那が教室に入ってくる。しかし俺と同じ様に、教室内のただならぬ異変に気づいた様で、戸惑いながらこちらに歩いてくる。
「‥‥何かあったの?」
俺が言おうとしたが、黒須が先に暗那に状況を説明してくれた。
「‥‥そ、そんな付き合ってないし‥‥。手だって、繋いでたんじゃなくて掴まれただけだよ!? そんな噂、楽君に悪いよ!」
必死に否定されると悲しくなってくるが、最後に俺に悪いと言っているので全く悪気はないのだろう。
「あー、やっぱし付き合ってないのか。まぁあの眼鏡の言うことだからそんなことだろうと思ったけど」
そう言って黒須は増子の方を睨む。その視線は陽キャラブーストも掛かってか、増子はたじろいでいる。
俺も黒須にあんな目で睨まれたら恐ろしくて仕方がないだろう。敵だと恐ろしいが、味方になると頼もしいやつに似ている。
そうは言っても大体のゲームは味方になると、何故か弱体化するやつばかりなのだが‥‥。
そうして李梨奈と池尾が遅れて教室に入ってくる。
「‥‥なーに、この空気?」
李梨奈の一言に、さっきまで俺と暗那に興味の視線を向けていた生徒達は、一斉に目を逸らした。
やはりクラス一の権力者である李梨奈の威厳は凄い。黒須や池尾も一目置かれているだろうが、李梨奈はそういうのと違って、明確に女王として君臨している。
俺たちには李梨奈は優しいが、他の生徒と李梨奈が話しているのをほとんど見たことはないし、きっと李梨奈自身も見下しているはずだ。
元陰キャラだったから、今は陰キャラ達が何を考えているのかは大体わかる。今は女王のターゲットにならないように、身を潜めてるのだろう。
「えーとね、李梨奈‥‥」
暗那が宥める様に説明しようとしたが、黒須が任せて。と言わんばかりの表情で間に入った。
「なんか昨日、楽と暗那が一緒に帰ってたのを付き合ってると勘違いしたみたいで、噂になってたんだよ」
「ふーん。でも実際には付き合ってないんしょ?」
李梨奈は暗那ではなく俺の方を見た。
いやぁ、まじで女王様の威厳半端ないっす!!
「一緒に帰っただけだよ」
そうして李梨奈はみんなに聞こえる様に大きな声で言った。
「だってさ! ある事ない事勝手に広めんなしっ! それにもし付き合っててもアンタらには関係ないから」
そう言って李梨奈はいつも通り席についた。
「噂とかくだらない事はやめようよ」
池尾もそう言いながら席についた。‥‥なんて頼し過ぎるんだ陽キャラ達は。クラス内での無敵感が半端ない。もう何でもできちゃう気がするよ!!
そうして教室内の空気はいつも通りに戻る。
それよりもこうやって誰かと付き合ってる! みたいな浮ついた話を俺がされる時が来るとは。感慨深いものがあるな。今はまだ陽キャラとして馴染むので精一杯だが、いずれは彼女も作ってみたい。
高校といえば当然恋愛は欠かせないだろう。俺だって朝起きて、「もうっ、いつまで寝てんのよ楽! ほら行くわよ!」って隣の家のツンデレ幼馴染に言われたいし、生まれてから一度もされた事すらない告白をされてみたい。
この高校生活は輝くと決めたんだ。三鶴城なんかに壊されてたまるかっ!!
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