三鶴城さんの挑戦状3
「楽君って‥‥なんか不思議だよね」
少し後ろで暗那がそう言った。これは間違いなく俺に言ってるんだよね? 名前呼んでるもんね?
俺は一応辺りを見回す。他には生徒はいないのを確認し、俺は歩く速度を弱め暗那の横に並ぶ。
あっ、なんかこれ青春みたい。まさか生きてきて、こんな経験ができるなんて夢にも思わなかった。こう言うのはゲームの世界だけかと諦めていた程だ。
「そうか? 俺から見たら暗那も不思議だけどな」
実際、いつもの暗那はもっとよく話すイメージなのに、今はとても大人しく見える。もっと李梨奈とウェーイって騒いでる様な子かと思っていたが、そんなことはないのかもしれない。
と言うかこんなシチュエーションでどうしていいか分からず、俺の心臓はバクバクな訳だが悟られていないだろうか。
自然に振る舞うのも容易ではないな。コスプレ陽キャラとは三鶴城はよく言ったものだ。確かにその通りなのかもしれない。
「‥‥楽君て、三鶴城さんと付き合ってるの?」
「‥‥はい?」
今、暗那はなんて言った? 幻聴かな? 俺の聞き間違いじゃなければ三鶴城と聞こえた気がしたが‥‥。
「‥‥三鶴城って、あの三鶴城?」
俺は三鶴城の姿を頭の中に思い浮かべる。脳内の三鶴城は悪魔のように微笑んでいた。
「そうだよ。仲良いんだよね?」
一体、暗那が何を思ってここで三鶴城の名前を出したのか分からないが‥‥、もしかして二人でいる所を見られてたとか? いやまさかそんなありがちな展開はないだろう。
「何で三鶴城?」
俺の問いに暗那は、下駄箱で靴を履き変えながら首を
「二人でカラオケ行ってたよね? ごめんね、覗き見るつもりじゃなかったんだけど」
見られてたーーー!!!! ありがちな展開だったんじゃん!!!! 暗那に見られてたなんて全く気づかなかったよ‥‥。
「‥‥マジか。つーか仲良さそうに見えた?」
あの時は俺が無理やり連れてったもので、到底カップルの様な雰囲気ではない筈。むしろ仲が悪そうに見えると思うのだが‥‥。
「あたしは誰かと付き合ったことはないから、よく分かんなくて‥‥。でも普通に仲良さそうに見えたけど」
あの時の俺と三鶴城がそんな風に見えていたとは‥‥。内情を知ったら暗那は驚くだろうな‥‥。
「あれは色々あったんだよ‥‥。全然付き合ってるとかじゃないよ」
「そう‥‥なんだ」
そうして校門を通り過ぎる。辺りは夕日が照らし、何かの音楽の歌詞でありそうな風景が目の前に広がっている。
しかも隣にはクラスメイトの女子。これは陰キャラの時では考えられない。いわゆる陽キャラ特権である。
「‥‥みんな凄いな。あたしはまだまだ勉強不足だな‥‥」
「‥‥勉強不足?」
「あっ、いや何でもないの!」
暗那は何やら必死で手を左右に振っている。すべての仕草が可愛く見えるのは俺が女の子に慣れていないからなのだろうか。
「青春君の家はこっちなの?」
「暗那もこっちなのか?」
「あたしもこっち」
暗那は俺の帰る方向と同じ方を指差した。
「同じじゃん! 途中までは一緒だな」
この幸福な時間は、きっと高校デビューをしていなかったら訪れることはなかった時間だろう。
‥‥もう本当に最高。
暗那とも最初の位に比べるとだいぶ打ち解け、話しやすくなっている気がする。
「青春君は中学の頃は遠くに住んでたんだよね?」
「‥‥まぁそうだな」
今となっては思い出したくもない、俺の暗黒時代。それゆえに絶対に三鶴城のことは止めなくてはいけない。
そうしなければ、こうやって暗那と話すことも、なくなってしまうかもしれないのだ。
「あたしも、中学は遠くだったの。親の転勤でこっちに引っ越してきたんだ」
「まじかよ、同じじゃん! じゃあ高校には知り合いは誰もいなかったのか?」
「‥‥うん」
そう言った暗那は浮かない表情をしていた。何か悪いことを言ってしまっただろうか‥‥。経験が無い為か、暗那が考えている事が全く分からない。ギャルゲーだとこれは完全に好感度ダウンのイベントだろう。
その時、前の交差点に三鶴城が歩いているのが見えた。
俺は咄嗟に暗那の手を引き、物陰に身を隠す。三鶴城は気付いていないのか、真っ直ぐ歩きながら通り過ぎていく。その姿はやはり堂々としていて、可憐に見える。
遠くから見ている分にはやはり彼女は綺麗で可愛い。クラスでどうなのかは知らないが、その気になれば誰とでも付き合う事ができそうだ。
「‥‥あ、あの」
暗那の声に我に帰ると、俺は未だに暗那の手を握っていた。俺は慌ててそれを離す。
「わ、悪い‥‥」
「べ、別に大丈夫だよ」
俺と暗那の間に何とも言えない空気が流れる。突然に手を握られたらびっくりするのも当然だ。
暗那は優しいから表情に出さなかったが、「キモイこいつ。マジないわぁ」なんて思ってるかもしれん。‥‥あれ、なんか目から水が出てきそう‥‥。
「‥‥三鶴城さんだよね? 会いたくないの?」
「ま、まぁ。会いたくない訳じゃないけど‥‥」
今のこの状況を見られたら、何を言われるかわかったものではない。三鶴城が何か余計なことを言うのは、容易に想像できる。
「あたしと一緒にいるせいかな?」
「違う違う! 色々あって‥‥、今は会いたくない的な‥‥」
~的な。って陽キャラっぽいな。俺も順調に陽キャラに染まってきているのかも知れんな。
「‥‥そ、そうなんだ」
再び何とも言えない空気が流れる。何か話さなければと思うが、そんな気の利いた事が元陰キャラの俺に出来る筈がなかった。
「‥‥あ、あたしこっちだから。一緒に帰ってくれてありがと」
「そ、そうか。じゃあ‥‥」
暗那はそう言って俺に背を向ける。しかし、俺は何を血迷ったのかその手を何故か掴んでいた。
これはやばい、最悪にキモがられるかもしれん‥‥。
「な、何?」
予想通り暗那は戸惑っている。そりゃそうだ。こんな元陰キャラのぼっちの男に一日に、二度も手を掴まれたらトラウマになるかも知れない。あれ、また目から水が出てきそう‥‥。
自分でも何故引き止めたのか分からない。それでも何か言わなくてはと俺は焦る。
「こ、今度は遊びにでも行か‥‥ないか?」
暗那の表情から戸惑いが消えて行く。
「‥‥うん、行く」
そうして暗那は微笑んだ。暗那のこんな笑顔は初めて見たかも知れない。ギャルゲーで鍛えていなかったら、飛びかかっていたかも知れない。
そうして、暗那は胸の前で小さく手を振りながら遠ざかって行く。俺はその姿を感傷に浸る様に見送った。
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