穏やかな期間2

 あっという間に運命の体育祭まで残り一週間。今日は実行委員の打ち合わせのために、俺たちは放課後に視聴覚室に集まっていた。


 当然暗那と二人で顔を出している訳なのだが、ここで一つ問題が起きていた。


 ーーそう、何故か三鶴城も自分のクラスの実行委員に立候補していたのだ。しかし三鶴城は俺を気に止めることもなく、説明のプリントに目を通していた。一体あいつは何を企んでいるのだろうか。あの三鶴城の事だ。無策でこんな面倒くさいことには首を突っ込まないだろう。


 俺の陽キャラ振りを見る為だけになったのだろうか? だとしたら何か申しわけがない気がするが‥‥だが、そもそも三鶴城から持ちかけたことで、俺があいつのことを気にかける必要は全くないだろう。


「じゃあ、ここで質問のある人はいるかな?」


 視聴覚室の一番前に立っている三年生の先輩。この先輩は体育祭実行委員の委員長である。


 爽やかだが、「俺体育祭に命かけてっから!」みたいなオーラがひしひしと伝わってくる。三年からしたら最後の体育祭だから、やる気があるのはわかるが、二年の実行委員達も結構やる気に見える。


 中学の頃は、「俺行事になんかマジになれねぇわ」みたいなやつが多かったが、高校は違うのだろうか? 


 中学は俗に言う厨二病という時期で、人と違うことがかっこいいと思ったり、アウトローな生き方に憧れる時期で、俺も密かにお土産のキーホルダーの剣の様なものを集めていたのが懐かしい。


「ひとついいでしょうか?」


 質問があるのか、一人の女子生徒が綺麗に腕をまっすぐ掲げた。


「はい、何かな?」


 委員長は優しい声で質問の答えを待つ。手を挙げた女子生徒はゴホンと咳払いをし、立ち上がった。声を聞いた途端にまさかとは思ったが、その生徒は三鶴城だった。


「このタイムスケジュールでは競技の間の時間がきつすぎませんか? 突然のトラブルでプログラム通りに、進まないかもしれないと思います」


「うんいい質問だね。確かにキツイとは思うけど、そのための僕たちがいるんだ。そこは僕がうまく運ぶから安心してよ」


 委員長はニコリと笑いかけた。


 さすが委員長だ。あの三鶴城を上手く諭した上に、あのスマイルまで加えてくるとは。三鶴城も大人しく座ってるし、ただものではないなあの委員長は。


 きっとあれがカリスマと言うのだろう。あの人が言うことにはなぜか説得力があり、自然と頷いてしまう。


 まさしくあれは俺と三鶴城のいう、陽キャラと言ってもいいだろう。


 座った三鶴城の方を見ていると、彼女も俺の方を見てきた。当然お互いに目が合う。三鶴城はすぐに目を逸らしそっぽを向いた。


 と言うか三鶴城の、あのわざわざ目立ちにいくスタイルはなんなのだろうか? ぼっちなら目立つ事は避けるのが普通だろう。しかし三鶴城はそんな事はお構いなしと言った様に、堂々としている。


「他に質問はないかな?」


 委員長の声に生徒達は顔を見合わせる。その光景はもう質問はないと言うのを物語っていた。


「よし、じゃあ次はスローガンを決めよう。何か案のある人はいるかな?」


 そこで一人の男子生徒が手を挙げた。委員長と同じ三年生の生徒だった。


「はい、何かな?」


「三割楽しい。燃えろ体育祭っ!! なんてどうだ?」


「うん、いいかもね!」


 そう言って委員長の横に座っていた、女子生徒が黒板に書き写していく。


 ‥‥いや、満洲じゃねぇか!? どう考えてもパクリだよねこれ!? よくないよね!? 


 しかしそうは思っても、先輩の案にダメ出しなど出来る筈もない。


 学校も会社も、下の人間は黙って上の人間の言うことを聞くしかないのだ。


「もっとみんなの意見が聞きたいな。そちらの君は何かあるかな?」


 委員長はどう見ても俺の方を見ていた。まさかこんなか形で話を振ってくるとは予想だにしていなかった。


 そのせいか自然と視線が俺に集まる。もちろん三鶴城も俺を見ている。こうなれば俺の陽キャラっぷりを見せるしかないだろう。


 むしろこれはチャンスだと考えるべきなのかもしれない。少ないアピールチャンスのひとつだ。しかし咄嗟に振られたせいで、何も考えていなかったのも事実。


「‥‥えーとですね」


 とりあえず場を繋ぐために適当に言葉を発したが、周りの生徒達は不憫そうに俺の方に視線を向けている。


 というか、こんな先輩達がいる中で調子に乗った発言をしたら、シメられるかもしれなくないか? 調子に乗っている下級生程、先輩達がイラつく事はないだろう。


「焦らないで、ゆっくりでいいよ」


 委員長はとても優しく言ったが、何やら綾されている気分だ。高学年としての余裕なのか、はたまた俺が挙動不審な陰キャラに見えての、サポートなのかは定かではない。


「‥‥なんか適当でいいと思うよ」


 俺を不憫に思ったのか、隣で暗那が囁いた。


 くっ‥‥こんな時に黒須や池尾ならどうするのだろうか。‥‥池尾は爽やかに良いスローガンを提案しそうだ。黒須は‥‥、「何も思いついてませーん!」とか言いそうだ。


 めっちゃ陽キャラみたいじゃん‥‥じゃあ俺はどうしたらいいのだろうか。俺は‥‥。


「‥‥ボーイズビーアンビシャス。少年よ勝利を目指せ‥‥。みたいな感じでどうですか?」


 何も思いつかなかった‥‥。それゆえによく分からないことを口走ってしまった‥‥。


「うん、いいねそれは!」


 委員長は何故か満足そうに頷いている。それと同時に周りの生徒達も、称賛の声を上げ始める。


「よし! えーと、青春君の案に決定だ!」


 何故か俺の適当に言った案が、見事採用されてしまった。なんだろうか、この団結力を感じる空気は。


 きっとスローガンが決まらねければ会議は長引くだろう。そうなるとみんなの帰りの時間が遅くなるのは必然。


 とすると、会議を早く終わらせるには、迅速な進行が求められる。みんなの気持ちが迅速な会議の終了を望んでいるのか、人は共通の目的を見つけると途端に団結力を発揮する。


 場の空気というのは恐ろしいもので、一度この様な空気になれば不思議とサクサクと進むものである。


 実行委員内の係りの割り振りや、進行の詳しい説明など、その団結的な空気のお陰か、予定していた時間よりも30分も早く会議は終わった。



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