カースト争い15

「おい、練馬」


 俺は練馬の目の前に立つ。練馬は俺のことを見上げるように睨んだ。


「何かな?」


「単刀直入に言うが、李梨奈と暗那の上履きと制服隠したのお前だろ」


「なんの話かな? まさか‥‥それを聞くためだけにこんな早くに登校して来たのかな?」


 練馬からは一切の動揺は感じられない。スマホを取り出し、俺に気にせず触り始めた。


「何考えてるか知らないけどね、沙奈のロッカーから出て来たんだよ? 私がやった訳ないと思わないかな?」


 この時、俺の中では見当違いかもしれないと思い始めていた。練馬はそれくらいに余裕で、いつもと表情も変わらない。


「‥‥俺、体育の時間に保健室にいたんだ。その時に登校してないはずのお前のことを見たんだが」


 練馬は俺の方をジロリと見た。動揺とまではいかないが、反応はあった。証拠がない以上は直接喋ってくれるのを待つしかない。俺はポケットの中に仕掛けた盗聴用のスマホを握る。その手は汗で滲んでいる。


「何それ。言いがかりじゃないかな? というか、なら青春も怪しくない?」


 ‥‥手強い。しかもこの練馬の表情が全く読めない。一体何を考えているのだろうか。


「俺からしたら、お前の方が怪しいんだけど」


「なんなのかな? 証拠はあるのかな?」


 練馬は立ち上がり、俺の顔を目の前で睨んでくる。


 ‥‥このクラス、気の強い女子多すぎじゃないですかね? 正直めちゃくちゃ怖いんですけど‥‥。


「まずは、お前の登校のタイミング。あれ、ちょっと絶妙すぎないか? まるで待っていたかのように見えた」


「そんなの偶然じゃないかな? それは流石に言いがかりがすぎるよね?」


 まぁその通りだ。この程度のことはなんとでも言い訳出来る。


「カバンとロッカーのチェックを提案したのも、お前じゃ無かったか?」


「そんなの犯人を見つけるためだよね? 普通のことじゃないかな?」


「お前はじゃあ、絶対に犯人じゃないんだな?」


「当たり前だよ。私は知らないかな」


 こんなカードでだけではやはり無理があったか‥‥。相手が俺一人なら白状するかもと思ったが、そんなことはなかったらしい。


「そのポケットに入ってるスマホ。ちょっと出してみてくれないかな?」


「‥‥スマホ?」


 ‥‥盗聴が気づかれてる? まじかよ‥‥。


「‥‥ほら」


 俺は仕方なくスマホを出した。それをみて練馬は笑みを浮かべた。


「盗聴して言質でも取ろうとしたのかな? 無理だよー、私は何も知らないもん」


 本当に何も知らないのかは、これから見せるもので分かる。盗聴はあくまで保険のために仕掛けただけだ。どうか‥‥、練馬が犯人であってくれ‥‥。


「‥‥じゃあこの写真に見覚えはあるか?」


 俺は自分のスマホに保存された、一枚に写真を練馬の前に突きつけた。それをみた途端、練馬の顔色が変わったのを俺は見逃さなかった。


「‥‥この写真は何かな?」


 俺は改めてその写真に目を通す。その写真には誰もいない教室で、ロッカーの中に制服を仕舞っている、女子生徒の後ろ姿が写っている。そのロッカーは間違いなく大泉のロッカーだ。


「見覚えがあるんじゃないか? 俺は言った筈だ。体育の時間にお前の姿を見たって」


「な、何これ! 盗撮じゃない!」


 練馬は取り乱しながら飛びかかってくる。流石にそこまでは俺も予想してなかった事で、スマホを奪い取られた。


「こんなの証拠にもならないよね?」


 練馬は画像を消したのか、俺にスマホを投げ返してくる。


「‥‥危なっ! 画面割れたらどうすんだよ!」


「何? つーかお前私が犯人って知ってた訳? まじキモいんだけど」


 俺を睨む目は迫力を増し、口調は大きく変わった。こいつも大泉と同じで裏があるタイプか‥‥。


「練馬、お前が犯人でいいんだよな? 大泉に罪を被せたのはお前だろ」


「そうだよ。分かっているくせに聞かないでよ。本当うざい」  


 キャラ崩壊してるよね‥‥? ただ、これで練馬が犯人だと確定だ。俺の読みはやはり当たっていた。


「このスマホの画像は消しても無駄だよ。他に保存されてる。お前は大泉と李梨奈と暗那に謝れ。そしたら‥‥画像のことは誰にも言わない」


 俺は別に犯人として練馬を晒し上げたい訳ではない。ただ謝って罪を認めてくれればいい。そう思っている。


「はぁ!? 普通に嫌だ」


 練馬は俺に近づいてくる。そして目の前で足を止めた。


「‥‥一発だけやヤらせてあげる。それで黙っててくれないかな?」


 練馬は不適な笑みを浮かべながら、右手の人差し指に左手の親指と人差し指で作った輪を擦らせた。


「は、はぁ!? 何急に意味の分かんない事言ってんだよ!? 何をやるんだよ!?」


 俺は後ろに下がろうとしたが、机にぶつかって下がれない。


「‥‥もしかして童貞? 結構かっこいいのに。セックスしかないでしょ? いいよ私で卒業しても」


 俺の耳元で囁いた練馬の声に、俺の全身は鳥肌が立つ。今、目の前に居る女子は練馬には見えなかった。


「い、いやいや! 意味わかんねーし!」


 俺は練馬を払い除けようとしたが、身体に触れる事を躊躇ってしまう。


「‥‥私のこと、好きにしていいんだよ。沙奈なんか庇ってどうするの? 私となら気持ちよくなれるよ?」


 息が詰まるくらいに、練馬が妖艶なオーラを纏っていた。それは思わず見惚れてしまうくらいで、脳が正常な判断を失いそうだった。


「ま、待て! 俺はそんなことを望んでない。謝ってくれれば良いだけなんだよ」


 どうにか俺の理性が仕事をしてくれた。正直いつダークサイドに落ちてもおかしくは無かった。


 きっと俺が真の陽キャラなら条件を飲んでいたかもしれない。ただ、元陰キャラのチキンだったために、この窮地を脱したと言っても過言ではない。


「はぁ。そんなこと言ってどうせヤリたいくせに‥‥」


 そう言って練馬はベストの下の、ワイシャツのボタンを外し始めた。そしてあっという間の全てのボタンを外し、その下には赤い下着と綺麗な肌があらわになった。


「お、お前何してんだよ急に!?」


 俺は目を逸らす。なぜ急に脱ぎ始めたのか全く意味が分からない。


 しかし、俺は練馬にネクタイを掴まれる。


「何すん‥‥」


そう言い掛けた次の瞬間、更にネクタイを力強く引かれた。


 俺はバランスを崩し、床に倒れる。気がつくと俺は練馬に覆い被さるようになっていた。その時さらにシャッター音が響く。その音に振り向くと俺のスマホのカメラがこちらに向けられていた。


「残念。これで青春が誰もいない教室で私を襲ってる構図の完成かな」


 練馬は俺を払い除け、スマホを手に取る。そして画面を俺に見せた。


「‥‥お前、とんでもないやつだったんだな」


 俺は勝ったとばかり思って、まんまとやられたという訳だ。しかも今度はこっちが弱みまで握られてしまった。


「あんな写真より、こっちが流れた方がまずいよね? 退学は免れないよね?」


 練馬は俺のスマホを満足そうに見つめ、勝ち誇ったように大泉の机の上に腰をかけた。


「その写真を消して欲しかったら、こっちの写真も消せってか?」


「いや、もう良いやその写真は。こっちの方がやばいしねー。退学になりたく無かったら私の言うことを聞いてもらおうかな」


「‥‥嫌だね」


「は? いいのこの写真をばら撒いちゃうけど?」


 黒須や李梨奈たちがきまづくなったのはこいつのせい。大泉がクラスで孤立したのもこいつのせいだ。


 俺は赤羽がもう一人の女王とばかり思っていたが、どうやら練馬もそうだったとはな。


 そして色々と準備をした俺の方がこんな窮地に立たされるとは思いもしなかった。


「練馬。最後にもう一度聞くけど、謝っておくなら今のうちだぞ」


「何? 強がってるのかな? 往生際が悪くないかな?」


 仕方がない。もしもの為に声をかけておいて本当に良かった。正直完全にピンチだったからな俺‥‥。



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