04.勉強
「あっちーなー」
窓の外はまだ日が高く、カーテンを閉めていても伝わる夏の熱気とセミの鳴き声が暑さの本番を感じさせる。
今日は朝から俺の部屋で勉強をしていて、昼飯を挟んでさらに勉強。
その合間に、一階に下りた空がアイスを二本持って戻ってきた。
「ほら、アイス」
「サンキュー」
受け取ったのは8本入りの箱売りのアイス。
おそらく下で母さんにすすめられたんだろう。
ビニールを破って口に咥えると、甘さと冷たさが広がってある意味の夏らしさを感じて、同じようにアイスを口にした空がちゃぶ台の向かいに座る。
バニラのアイスとチョコレートのコントラストを味わいながら、一息をつく。
「暑すぎだろ今日」
「それにしてもだらけすぎよ」
猫背を通り越してちゃぶ台に頬がつきそうなくらい体勢を崩した俺に空が苦言を呈する。
そうは言われても暑いなかずっと勉強してたらだらけたくもなるものである。
咥えていたアイスが短くなり、根元のバニラだけの部分を横から噛って口に含むと、目の前には木の棒だけが残った。
「もう一本持ってくるかな」
「ひとりで何本も食べたら、かなちゃんの分がなくなるわよ」
確かに箱アイスは自制しないと気付いたらなくなっているなんて不思議現象がよく起こる。
でも一箱300円くらいならちょっとお高い一人用のアイスと同じような値段だから、逆説的に一人で一箱食べても問題ないんじゃないだろうか。
いや、きっとそうに違いない。
「そんなわけないでしょ」
と、呆れた表情をする空が俺の顔を見てなにかに気付く。
「チョコついてる」
「んー」
空が自分の唇の右端を指差して指摘するので、俺が自分で右端を舐めてみてもチョコの味はしなかった。
「そっちじゃないわよ」
ということは左右逆か。
向かい合ってると支持されてもどっちがどっちか分かりづらいよな。
なんて思っていると空が腰を上げてちゃぶ台の上に身を乗り出す。
広げたままの問題集をこえた空の顔が近づいて、俺の左の唇に触れた。
そのまま舌で舐められる感触があって、空が体を離す。
「……、もう一回」
「また今度ね」
また今度っていつだろうか。
考えながらアイスの棒をゴミ箱に放って、勉強を再開する前にまた口を開く。
「空、どっか遊び行こうぜ」
せっかくの夏休みなんだしどこかに行きたい。
というか勉強飽きた。
「例えば?」
「海とか」
「水着見たいだけでしょ」
「そうだけど」
そもそも海なんて毎日見てるから、それくらいのイベントがないとテンションが上がらないわけで。
「他には?」
「お祭りとか」
「浴衣見たいだけでしょ」
「いや、焼きそばが食いたい」
答えると、ちゃぶ台の下で脛が蹴られる。
「いてっ」
俺の回答が気にくわなかったのか、不満そうな表情で無言のままこちらを見る空に、ちょっとだけ恋人っぽくていいななんて思ったのは秘密。
浴衣姿を見たくないわけではないというかむしろ戦力で見たいんだけど、なんとなくそれを言うのが恥ずかしかったのは自分でもなんでかわからなかった。
水着見たいって言うのは平気なんだけどなぁ。
「他には?」
「また卓球したいかなー」
「今度は私服で行くからスカート覗けないわよ?」
「なんのことだかわからんな」
もはや懐かしいネタなので笑って誤魔化そう。
「それで、結局どこにするんだ?」
「夏休みだもの、全部行けばいいじゃない」
「その発想はなかったわ」
だって複数候補あげさせられたら普通ひとつだって思うじゃん?
まあでも、楽しみな予定が詰まってると思うと勉強にもちょっとだけ身が入るかな。
「なあ、空」
視線をノートに落としたまま、ちゃぶ台を挟んだ向こうで同じようにペンを走らせているの空に声をかける。
前髪の隙間からこっそりとその様子を覗いて、視線を落としてなにかに集中してる様子がなんかいいな、と思ったのは本題じゃないので置いておいて。
「なに、翔」
「お前進路決めたか?」
俺の質問に、空が意外なことを聞かれたといった反応で視線をあげる。
「翔が真面目な話なんて珍しい」
「うるせ」
まだ夏休みは大分残っていて、別に今聞かなくてもいい話題。
だけどいつかは聞かなきゃいけないことで。
先のことを考えるなら早く聞くに越したことはない。
以前の俺ならきっと先延ばしにしていただろうけど。
「あたしはもう決まってるわよ」
「へー、どこだ?」
出来ればあんまり偏差値高くないところがいいなと勝手に思いながら聞くと、空がそれに答えず質問を返す。
「翔はもう決めたの?」
「もう決めた」
けど恥ずかしいからあんまり言いたくはない。
まあだからと言って、
「どこ?」
と聞かれれば答える以外の選択肢はないんだけど。
「空と同じ大学」
ボソリと答えた俺に空が呆れた表情を見せる。
「あんたね、自分の将来についてもうちょっと真面目に考えなさいよ」
「いいだろ別に」
「悪いとは言ってないけど」
「それより、空はどこなんだよ」
「あたし? あたしはね……」
そこで一旦言葉を切った空が、ふっと笑って答えた。
「翔と同じ大学よ」
「はー?」
人に真面目に考えろって言っておいて同じ答えじゃねえか。
そんな俺の不満げな反応に空は予想していたように答える。
「翔はあたしと同じ大学で一緒に居たいって思ったんでしょ?」
そうだけど。
「あたしは将来を真面目に考えた結果の答えだもの」
それはつまり、そういうことで、自分の頬が熱くなるのを感じる。
「自分の学力にあった大学に行った方がいいと思うけどな」
なんて俺の照れ隠しに空が真っ直ぐ答える。
「あたしにとっては、偏差値の高い大学に行くよりも、翔と同じ大学に行く方が大事なのよ。それに、二年間も無駄にしたんだもの。もう一日だって無駄にしないわ」
その言葉は後悔を伴う、だけど前向きな言葉で、話す空の様子が少しだけ眩しく見えた。
「それでも納得できないっていうなら、あたしがランク落とさなくてもいいように勉強頑張りなさい」
それはつまり、空と同じくらいの学力になれということで、ちょっと気軽に答えるには高いハードル。
「まあ努力はするけど、保証はできないぞ」
「あと一年と半分以上あるんだもの、大丈夫よ」
空の無責任にも思える言葉は、だけど俺に少しだけ勇気をくれる。
だからとりあえず今は、勉強頑張ろうと、そう思えた。
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