28.幼馴染み、帰り道
ホームルームが終わってすぐに、自分の教室を出る。
そのまま隣の隣の教室に入って声をかけた。
「よう、帰ろうぜ」
「翔じゃない、珍しい」
虚を突かれた表情を一瞬見せる空に満足して答える。
「たまにはいいだろ?」
「まあ悪くないけど」
実際一分前に思いついた悪戯だったけど成功したようで気持ちがいい。
そして軽口を叩きながら並んで教室を出た。
西に傾いた太陽に目を刺されながら、目を細めて帰り道を歩く。
日が長くなってきた夏の空はまだ青く広がっていて、だけれど浮かぶ雲はうっすらとオレンジ色に染まっていた。
もう少し時間が経てば遠くに見える海が黄金に輝いて見えるだろう。
「それにしても今日は疲れた」
今日は体育の授業で持久走のタイム計測があって、俺だけじゃなく運動部に属していないクラスメイトの大半と、運動部に属しているクラスメイトの一部が授業後にはげっそりとしていた。
「それくらいでバテるなんて貧弱ね」
なんて言う空は実際俺と同じ距離を走っても平気そうな顔をしているんだろうけど、俺が体力がないんじゃなくて、空がおかしいんだと言ってやりたい。
「むしろなんでお前はそんなに体力あるんだよ」
「だって定期的に走ってるもの。というか翔だって一緒に走ってるでしょ」
「俺はいつも一緒な訳じゃないからなあ」
正確な数は知らないけど、俺を誘わずに一人で空が走ってるのも何度か見たことがあった。
「それじゃあ今日も一緒に走りましょうか」
「絶対に嫌だ」
俺の力強い否定の言葉に空が若干眉を潜める。
「そんなに力一杯否定しなくてもいいじゃない」
「今日体育がなかったお前と違って、俺はもう体力ゲージが真っ赤なんだよ」
きっと格ゲーなら弱キック一発でKOされるくらいの体力しか残ってない。
「そんなこと言って、順位は結構よかったくせに」
なんて言う空は教室の窓から校庭の俺のクラスの授業が見えたんだろう。
たしかに男女別で走った中でもそこそこの順位ではあったけど、だからと言って自慢するほどの順位でもない。
一郎なんかには余裕で負けてたし。
本当は疲れないようにゆっくり流そうと思っていたんだけど、小海さんに『がんばってください』とこっそり応援されて全力を出してしまったのは内緒。
もちろん空はそんな事情までは知らないだろうけど。
「とにかく今日はパス」
「はいはい」
そんな話をしていると、いつの間にか空は夕焼けに染まっていて、さっきの予想の通り、海に反射する金色が目を眩ませる。
正面から吹いた風が髪を撫でて空のショートカットの髪がふわりと宙を泳ぐ。
鼻をくすぐる潮の香りと、並んで歩く今の状況にちょっとだけ感傷を覚えて目を細めると、空が口を開いた。
「翔は最近女の子と仲良いみたいだけど、彼女とか出来そう?」
「なんだよ急に」
「前にそんな話したでしょ」
たしかに記憶に有るような無いような、思い出したくなくて記憶から抹消したような。
「どっちにしろそんな関係じゃねえよ」
「今日だって走る前に応援してもらってたのに」
見てたのかよ……。
「あれはただのクラスメイトの雑談だろ」
というのはちょっと無理があるかもしれないけど、特別なことがないのは事実。
「じゃあ生徒会長は?」
「あの人とはちょっと話すようになっただけだ」
凄い人ではあると思うけど、恋愛関係になるような相手ではない。
「じゃあ後輩の子は?」
「あいつとはただの先輩と後輩」
まあいつもからかわれてる俺が先輩然としてるかというと若干怪しいけど。
「というかなんで後輩のこと知ってるんだ?」
「だって一緒に帰ってるのを見たことあるもの。後輩の子だけじゃなくて会長と小海さんも」
「マジかよ……」
もしも帰る姿を、特に後輩との様子を見られていたと思うと、少し決まりが悪い。
「帰り道が同じ方向だし、見かけることくらいあるわよ」
俺たちの通ってる学校は山の上にあって、大半の生徒は歩いて帰るにしても駅まで向かうにしても海へ向かうこの坂道を下ることになるからある意味当然か。
それにしても俺は他の誰かと歩いているときに、空の姿を見たことがなかったから不意打ちだったけど。
「みんな良い子だと思うけどなー」
「まあそれは否定しないけどな」
むしろ魅力的な相手過ぎて俺と釣り合ってない疑惑が濃厚なわけで。
「胸もおっきいし?」
「それは関係ないだろ」
たしかにみんな胸がでかいけど。
「そう? 魅力があって良いと思うけど」
なんて意見を否定はしないけど、だからと言って胸の大きさで相手を選ぶなら、空とあんなことにはならなかっただろうと思ってしまう。
そう考えたところで、以前なら空とはこんな恋愛話をしているだけで、まともに返事をする気力も失せるくらい疲弊していたな、と今さらに思った。
もしかしたら、彼女たちとの関わりが少しだけ、俺の中のなにかを変えているのかもしれない。
「それじゃあもし告白されたら、付き合う気はないの?」
だからそんな空の質問に、つい条件反射で答えてしまう。
「そもそも告白なんてされるわけないだろ」
俺のにべもない返事に、空は気を悪くした様子もなくもう一度繰り返す。
「もしの話よ」
言われて、少しだけ考えて、やっぱり答えは変わらなかった。
「まあ、もし告白されても付き合う気はないかな」
それは相手がどうこうじゃなくて自分自身の問題で。
もし恋人ができたとしてもその相手と幸せになることも、その相手を幸せにすることも、俺にはできる気がしなかった。
この気持ちを誰かに話したら難しく考えすぎだろなんて言われるかもしれないけど、自分が原因で誰かを不幸にするようなことはもうしたくない。
そんな俺の返事に、空が短く呟く。
「そっか」
気付けば夕陽は沈んでいて、さっきまで金色に照らされていた空の顔にも影がさしている。
そして隣で目を伏せた空の表情にどういう感情がこもっているのか、今の俺にはわからなかった。
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