29.会長、着替え

放課後、会長にLINEで呼ばれて生徒会室に向かう。


人が少なくなった廊下を通り、そういえばが勉強見てほしいって言ってたな、なんて考えながら目的地に到着して扉を開く。


「失礼します」


声をかけながらノックをして、扉を開けて中に入ると、会長の慌てた声が響いた。


川上かわかみくん!?」


その響きに何事かと思って視線を奥に向けると、カーテンを閉めた部屋の中で、下着しか身に着けていない会長の姿があった。


「!? す、すみません!」


その姿に背中を向けて、今入ってきたドアを閉める。


外からは誰も見ていなかったようで少しだけ安心。


机の上に制服が畳んで置いてあったので、おそらく着替えをしていたんだろう。


会長のその姿を改めて思い出すと、思わず顔が熱くなった。


「ごめんなさい、着替えていたのだけれど、貴方が来るのはもう少し後だと思っていたから」


「こっちこそすみません。入る前に確認するべきでした」


「それは私が待たなくて大丈夫って言ったんだもの、気にしなくていいわ」


その台詞に、とりあえずは職員室に連行されることはなさそうだと思ってちょっとだけ安心しつつ、やっぱり罪悪感がある。


だからそのままこちらからは声をかけることも出来ずに黙っていると、なぜか会長がこちらに近寄る気配がして、このまま耳元に声が響く。


「ところで、私の裸を見た感想を聞かせてもらえるかしら?」


誘うように囁かれたその言葉に息を飲む。


気付けば口の中がカラカラに乾いていた。


「凄く、綺麗でした」


流石にエロかったですとは言えない。


服の上からでもわかってたことだけど、シャツがない状態で見た胸は更にデカくて凶器みたいだった。


メロンどころかスイカと同じくらいデカいかもしれない。


そんな俺の言葉に、会長がふっと笑って顔を話す。


「その感想に免じて許してあげる」


「それより、服を着てくれませんか……?」


俺が後ろを向いてから会長が服を着た気配が無いので、おそらくまだシャツを着ていないと思われて、その事実に緊張して仕方がない。


「これが気になるのかしら?」


「っ!!?」


背中に……、背中に柔らかくてデカくて柔らかいものが……。


しかもシャツ越しに、ブラジャーの生地と、レースの感触まで伝わってくる。


「こんなところ、誰かに見られたら、まずいですよ?」


途切れ途切れに吐き出した苦し紛れの言い訳に、会長が「そうね」と耳元で呟いて今度こそ身体を離す。


ああ……、天国のような感触が離れていってしまった。


「ちょっと待っててくれるかしら」


気配が離れていったあとに衣擦れの音をさせてから、「いいわよ」と言われてようやく振り向く。


ちゃんとシャツを着ている会長の姿は、それでもやっぱり直視するにはまだ恥ずかしい。


「こんなことしてたら襲われても文句言えませんよ」


「こんなこと、川上くんにしかしないから大丈夫よ」


それは大丈夫とは言わないと思います。




「それで、なんの用ですか?」


一番奥の定位置に腰をかけた会長に、俺も腰を下ろして質問する。


「あら、ずいぶん口調が冷たいわね、川上くん」


「その理由はご自身の胸に聞いてみたらわかると思いますよ」


冷たいというか、恥ずかしいから雑な口調になってるいるんだけど。


「私の胸が一体どうしたのかしら?」


とぼけた会長が自身の胸を下から支えて持ち上げると、ずっしりとした質感が見てるだけで伝わってくる。


いや、その胸じゃなくて。


そんな俺の抗議の視線に気付いたのか、会長が手を下ろしておどけたように笑う。


「ごめんなさい、本当はちょっと話がしたくて来てもらったのよ」


「話ですか?」


「ええ、川上くんも知っていると思うけれど、もうすぐ生徒会選挙があるでしょう?」


……、知らなかった。


でもたしかに思い出してみると壁にポスターが貼ってあったようななかったような。


なんて俺の反応に会長は気付かないのか気にしないのか、話を続ける。


「その選挙が終わったら私も生徒会長は引退で、晴れて受験生の身ね。だから少しだけ、ここで時間を過ごしておきたくなったの」


「それなら、生徒会の人と過ごすのがいいんじゃないですか?」


「彼らとのお疲れ様会はもう済ませたわ。その上でゆっくりとしたくてあなたを呼んだのよ」


そう語る会長の表情は、今まで見たことがない優しい顔をしていた。


「そういうことなら付き合いますけど」


「ありがとう」


微笑む会長の表情は優しくてやっぱり俺は適役じゃないんじゃないかと思ったけど口には出さない。


それから会長は、一年間の生徒会長生活の思い出を時に楽しそうに、時に苦笑しながらゆっくりと語っていく。


その様子は一年間が充実していたことの表れのようで、俺には眩しいくらい輝いて見えた。


本人の資質と、やる気と責任感に、やっぱり遠くの世界にいる人なんだなと強く感じる。


とはいえそんな会長の話を聞いているのは楽しくて、一年の出来事が過ぎ去っていくと、会長が何かを思いついたようにこちらを向く。


「そうだ、川上くん、生徒会長に立候補してみない?」


「急に意味不明なこと言うのはやめてもらえます?」


「あら、なにかおかしなこと言ったかしら?」


「会長は冗談のセンスはイマイチですね」


なんて繰り返して言いたくなるくらいにひどい発言だ。


そもそも生徒会長なんて成績優秀者か学年の人気者がやるものだろうに、俺にはどっちもかすってすらいないし。


「私は真剣に、そうなったら面白いと思って言ったのに、川上くんは失礼な人ね」


その面白いが、猫の後ろにキュウリを置いて楽しむくらいの気分じゃなければ俺もこんなに文句は言わないんですけどね。


「そんなことより会長は会長を辞めたら受験勉強に専念するんですか?」


「そうなるわね。まあその前に志望校を決めないといけないのだけれど」


「むしろまだ決めてないんですか?」


会長の学力なら判定で悩むことも無さそうなのに。


「選択肢が多すぎるというのは、それはそれで困り物なのよね」


「なるほど」


つまりどこでも入れるから逆に迷うと。


「それにまず、一人暮らしをさせてもらえるかどうか親と折衝しないといけないわ」


一応ここからでも近くの国立に通える距離ではあるけど、やっぱり会長の学力には見劣りする偏差値だった記憶がある。


会長の一人暮らしの問題は生活費か、それとも若い女性一人でという部分か、おそらく後者だろうか。


俺なんかはもう卒業したらテキトーな大学に進学して一人暮らしする気満々なんだけど、女性の、しかも会長みたいな超絶美人には親の気苦労もあるんだろうなと他人事に思う。


「いっそ誰かが一緒に暮らしてくれたら解決するのだけど」


「シェアハウスってやつですか」


知り合いが一緒なら一人より安心ということだろうか。


「そうね、……ねえ川上くん」


「無理ですよ」


「まだ何も言っていないじゃない」


「今だけ俺はエスパー能力に目覚めて会長の考えてることがわかるようになったんです」


「それは便利でいいわね」


というか会長は卒業しても俺は三年に進学するだけなんだから、どうやっても一緒に暮らすなんて無理だろう。


「いいじゃない、フリーターで」


「最終学歴中卒は嫌ですよ!」


しかもやむにやまれぬ事情とかじゃなく、会長が一人暮らしするために付き添いするからとか。


「生活費は全部私が出すわ」


「……、いや無理ですよ」


この言葉に少しだけ沈黙してから答える。


実質ヒモ生活もちょっといいかな、なんて思ってはいない。


いないったらいない。


まあ流石にその話は冗談として(そもそも会長に生活費全部持ちする収入もないだろうし)、会長が話題を変える。


「そういえば、私が引退したらもう会長ではなくなるのだけれど」


「そうですね」


「そうなったら川上くんは私のことをなんて呼んでくれるのかしら?」


それはつまり、名字かもしくは名前で呼んでほしいというリクエストなのかもしれないけれど、個人的には恥ずかしいので遠慮したい。


「俺の中で会長は、いつまでも会長ですよ」


「なんだか良い台詞風に言っても誤魔化されないわよ?」


駄目だったか……。


「なら元会長でどうでしょう」


「長くて言いにくいでしょう?」


「そんなことないですよ、元会長」


「まだ元はつかないわよ」


なんて冗談を言いながら、どうにか今の状況から回避できないかを考える。


「そうだ、肩でも揉みましょうか」


「もしかして、いやらしいことを考えてるのかしら」


と笑った会長へ、俺も笑って答える。


「ただの労いの気持ちですよ」


「それならお願いするわ」


俺は腰を上げて会長の背後に立って、肩に手を添える。


そして力を入れて揉むと会長が小さく声を漏らす。


「んっ……」


そのまま揉んでいると、会長の体から力が抜けるのがわかり、俺が声をかける。


「一年間、ありがとうございました」


「どうしたの、急に?」


会長が怪訝そうな顔をするのが後ろからでもわかって、言葉を補足しておく。


「この一年間の学生生活を不便なく過ごせたのは会長のおかげですから、全校生徒を代表してお礼です。まあ会長が会長なことを最近まで知らなかった俺が言うのはおかしいかもしれませんけど」


それでも、俺が意識せずに過ごしていた一年間も、きっと会長のおかげで成り立っていたものだろうから。


「それに短い間でも、会長がここで仕事をしていたことは知ってますから」


だからこれは、感謝の気持ち。


「ありがとう。そういえば引退でお疲れ様とは言われても、ありがとうとは言われなかった気がするわね」


感謝が欲しくてやっていたわけではないのだけれど、と補足する会長はそれでも少し声が嬉しそうな色を持っている気がする。


「それじゃあもう一度、ありがとうございました、会長」


「ええ、どういたしまして」


俺は肩を揉むのを止めずに、会長もそれ以上は一言も話さない。


それでも暖かい空気が生徒会室の中には確かに流れていた。

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