07.コイバナ
「翔、一緒に帰ろうぜ」
と一郎に声をかけられて、視線をあげて答える。
「え、なんで?」
「なんでって反応酷くねえ!?」
「いやそういう意味じゃなくて、お前部活は?」
今は放課後でここはホームルームの終わったばかりの教室。
ほぼ毎日部活があって、それをサボったりはまったくしない一郎に帰りを誘われるなんて、試験前の部活禁止期間以外では初めてかもしれない。
「今日は監督に用事があるから久し振りに休み。いやホントに久しぶりだわ」
聞くと一ヶ月ぶりの休みだそうで、むしろ一ヶ月毎日部活をやっているなんて方が今の俺には信じられないけど。
そんなこんなで一郎と並んで学校を出て、帰り道の海へと向かう坂を下る。
今日は真っ直ぐ学校を出たので夏本番に向けて日が長くなっているのも合わさって空も海もまだ綺麗な青色に染まっている。
歩きながら話すのはクラスの誰々が付き合ってるらしいとか、昨日のドラマが面白かったとか、部活が楽しいとかそんな話。
まあ学校ではいつも話してるしLINEもしてるし特別なことも特にない普段通りの会話だった。
ちなみに付き合ってるらしいっていうのは俺がほのかと見かけたクラスメイトのことだけど、噂の発信源は俺ではない。
多分ほのかもそういう話を積極的に広めたりはしないだろうから、別の誰かが出所だろう。
「そういえば佐久穂はよかったのか?」
と一郎が言う佐久穂とは空のこと。
「空も今日は友達のクレープ食いに行くってよ」
「クレープいいな」
その意見には同意だけど、クレープやってるお店とは帰り道の方向が逆なので流石に戻る気にはならない。
それに店で空と鉢合わせになったらなんか恥ずかしいしな。
そのまま海へぶつかる道を下り終えて、直角に曲がって海岸線に沿って走る道路を進む。
波の音と潮風と、アスファルトから照り返す熱気に夏を感じて汗が溢れる。
「それで、翔は彼女できそうか?」
「いきなりどうしたマジで」
一郎の部活の話を聞いていたら、急に話題が直角に折れてつい聞き返す。
「いや、部活やってないんだしそろそろ彼女くらい作らねえのかなと思って」
全国の帰宅部員への宣戦布告だろうか。
確かに真面目に部活動やってる人間よりは時間は有るだろうけどイコール恋愛に対してアドバンテージを持っているわけではない。
というかちゃんと部活やってる奴の方が普通にモテそう。
まあどっちにしても俺にはあんまり関係のない話だけど。
「そもそも相手がいないしな」
というのは本音ではなく、こういう話題を躱す時のいつもの常套句。
「じゃあ小海さんでいいじゃん」
そんな俺の誤魔化しに、一郎が牛丼屋でメニューを決めるくらいの気軽さで言う。
「なんでそうなるんだよ」
「だって最近仲良いだろ? いつの間にかお互い名前で読んでるし、この前だってふたりでアイコンタクトしてたし」
「してねえよ」
と否定しても心当たりがあるのでいまいち説得力がない。
「ぶっちゃけ、お前が告白したらそのまま付き合えそうに見えるけどな」
「そんなわけないだろ」
たしかに仲はいいとは思うけど、恋愛とは別な話な訳で。
それに安易な考えに流されて行動すると、後悔するのを俺は身をもって知っている。
「じゃあ後輩の子は?」
「嫌いじゃないけどなぁ」
むしろ一緒にいて楽しいという意味では好きと言って間違いないんだけど、恋愛的な話はまた別な問題。
「会長?」
「あの人と俺が並んでる姿を想像してみ」
「……、釣り合ってるのは身長くらいだな」
ごもっともな意見で俺の予想通りの答えでもあったけど、それはそれとして直接言われるとむかつく。
「じゃあやっぱり佐久穂か?」
「実は、この前あいつに告白されたんだよ」
「はっ!? 聞いてねえんだけど!?」
言ってないからな。
「だってお前と佐久穂って……」
一郎が言いかけたのは二年前のこと。
あの時の出来事とその事情は一郎も知っているのでなんて言えばいいか困ったんだろう。
「それで、どうしたんだ?」
「断ったよ」
「そうか」
呟いた一郎は、俺と空の事情を慮っているんだろう。
「まあ、空が嫌いな訳じゃないんだけどな」
と付け加えたのは俺の本音。
ただ二年前に忘れた、なにかと真剣に向き合うという気持ちを取り戻さないと、恋人を作るとかそういう段階に進む以前の問題で。
結局俺は、自分に自信を持てるなにかを見つけて、空との想いに決着をつけないと前に進めないんだよな。
だからその方法を考えているんだけど……、
「おい翔」
声をかけられて思考を中断するとすぐ目の前に電柱が鎮座している。
「おっ、おおう?」
体を逸らせて電柱を避ける。
気が付かないうちにぶつかりそうになってたようだ。
「ぼーっとしてると鼻が折れるぞ」
ならもっと早く忠告してくれと思ったけどまあ八つ当たりかな。
電柱を避けて再び歩き始めると、一郎がふうっと息を吐いて呟く。
「翔に彼女が出来るのはまだ先か」
「そういう一郎は、どうなんだよ」
「俺? 俺はこの前彼女できたぞ」
「はっ!? 聞いてねえんだけど!?」
「まあ嘘だからな」
「殴るぞお前」
俺が拳を握ると一郎が
「まあまあ落ち着けよ。彼女できたって言うのは嘘だけど最近いい感じの子はいるんだよ」
「また嘘じゃないだろうな」
「なんなら写真見るか?」
見せられたスマホには一緒に写っている一郎と女子の姿。
見覚えはないけど多分同じ学年の娘で、恋人同士というには距離があるけどにくからず思っている間柄なのはわかる雰囲気だった。
「普通に仲良さそうじゃん」
「この前一緒に飯食いに行ったしな」
と自慢げに言う一郎に俺も答える。
「それくらいなら俺だってやってるぞ」
「そこ張り合う必要あったか?」
たしかに。
「でもよくデートする時間なんてあったな」
「デートってほどじゃないけど、まあどうにかな。隣のクラスだから休み時間に会ったりも出来るし」
「へー」
まさしく青春というその様子は、眩しくもあり、少しだけ羨ましくもあり。
とりあえずその娘との関係を洗いざらい聞いていると、いつの間にか帰り道が分かれる所まで来ていた。
「じゃあな」と手をあげて分かれると、数歩進んだところで後ろから声をかけられる。
「なあ翔」
「ん?」
「あの時試合に負けたこと、気にしなくていいんだぞ」
それはきっと、さっきの俺と空の話を聞いた一郎なりの気遣い。
その気遣いに少しだけ、心が軽くなった。
「というわけで部活やろうぜ!」
「結局それかよ!」
勢いよくツッコんだけど、それが雰囲気を重くしないための冗談なのはわかる。
「見学だけでもいいから!」
……、やっぱり冗談じゃないかも。
そんな一郎の勧誘はやっぱりテキトーにあしらって、今度こそ別れる前に小さく呟く。
「ありがとな……」
「なにか言ったか?」
「なんでもねーよ」
感謝の気持ちはあるけれど、それを正面から伝えるのはやっぱり照れくさかった。
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