01.誘い
「生きてるかー?」
と声をかけられてその姿を見上げる。
「なんだ男か」
「なんだとはなんだ」
視線の先で不満そうな一郎をスルーして、身体を起こしてからあくびを噛み締める。
しばらく眠っていたようで辺りはもう暗くなっていた。
どうせならかわいい女子に起こされたかったなんていうのは贅沢か。
「それで、こんなところでなにしてるんだ?」
練習用のユニフォームを着て部活中の一郎に聞く。
「ホームラン打って校舎を越えた球拾いに来た」
「あぶえねな、おい」
寝てるところに数十メートル飛んだ硬球が当たったら普通に死ねるぞ。
「だからこうして被害者がいないか確認しに来たんだよ」
学校って案外危ないよなあなんて思いつつ、まあ無事だったんだしいいかと伸びをするとなぜか一郎がこちらにニコニコと笑う。
「なあ、翔」
「断る」
「まだなにも言ってないだろ!?」
「どうせ一緒にボール探せって言うんだろ?」
「なー、頼むよー、ひとりだと練習終わるまでに見つかる気がしねえんだよー」
部活サボれていいじゃん、なんて理屈はこいつには通用しないんだよな。
なんといっても野球バカだから。
「というかなんでこんな時間まで部活やってるんだよ」
もう暗くなっててボールも見えないぞ。
「校庭は照明点いてるし」
「ああ、そうですか」
流石高校球児は本気度が違うな。
まあ俺が中学球児やってた頃はどうだったかはもう覚えてないから比較はできないけど。
「しょうがねえ、懐中電灯借りてくるからちょっと待ってろ」
「サンキュー、翔!」
一瞬そのまま帰ろうかとも思ったけど、流石に薄情すぎるので素直に職員室にお願いしに行く。
戻って俺が懐中電灯で照らした草むらを、一郎が確認する作業をしながら声をかける。
「なあ一郎」
「どうした、ボールあったか?」
「それはまだ」
というか俺は懐中電灯照らす係なんだからお前が頑張れよ、なんて話は置いておいて。
「……、部活楽しいか?」
「楽しいぞ」
と即答する一同が少しだけ眩しい。
「まあ辛いことも多いけど。彼女ができないとか」
「それは部活関係ないだろ」
「悲しくなるから本当のこと言うなよ!」
なんて言っても実際部活で活躍している一郎は俺よりよっぽどモテるので彼女を作るだけならどうにでもなるんじゃないかなと思ったり。
そもそも比較対象の俺のモテ度がゼロって話はするな。
「おっ、ボールあった」
懐中電灯に照らされる白球を一郎が拾い上げてこちらに見せる。
確かに握られたボールは少しだけ茶色にくすんでいて、それを使っている野球部員の努力と苦労を表している様だった。
「ありがとな、翔」
「お礼は昼飯一回でいいぞ」
「そんな金はねえ、がジュースなら考えなくもない」
「今日はもう帰るだけだし、どっちにしてもまた今度だな」
そしてなんやかんや誤魔化して飯を奢らせよう。
きっと一ヶ月後くらいに思い出したように言えば勢いで押しきれるはず。
そのまま校庭に戻る一郎と一緒に、俺もバッグを持って正門へ向かう。
途中職員室に懐中電灯を返却して、教科書が重いからいっそ教室まで戻って置いてきてえな、なんて思ったがこの時間に校内をうろうろしてるのを見つかったらめんどくさいことになりそうなので流石に自重。
昇降口を抜けてグラウンドの前に着き、振り返った一郎がこちらを向く。
「ちょっとだけ投げてかねえ?」
「遊びで交ざっても他の部員に迷惑だろ。それにもう投げ方忘れちまったしな」
キャッチャーの一郎とバッテリーを組んでたのはもうずっと前の話。
今じゃマウンドからストライク投げられるかも怪しい。
というか部外者が入ってきたら練習見てる監督に絶対怒られると思う。
「なあ翔ー。一緒に甲子園行こうぜー」
「行こうぜで行けたら苦労しねえよ」
まあうちの学校の野球部の成績的に一郎は行けるかもしれないけど、俺はそこにはいないだろうな。
「野球やりたくなったら、いつでも待ってるからな」
諦めが悪い一郎は、もう何度聞いたかも覚えていない誘い文句をまた繰り返す。
「叶わない片想いをしてる女子みたいでキモいな」
「うるせ」
そっけない言葉を返してもそう言ってくれるのは嬉しくて、ありがとうなんて素直に言えはしないけど、その気持ちはありがたかった。
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