04.後輩、帰り道
「せーんぱいっ」
「ととっ」
横断歩道の前で、背中に加わった重さに耐えきれず、一歩前に踏み出してバランスをとる。
後ろから抱きつかれた柔らかい感触と首に回された腕を引っ張って剥がすと、襲撃者が姿を現した。
夕日に照らされながら、ウェーブのかかったセミロングの髪を揺らして、人懐っこい笑顔を浮かべる後輩にひとまず文句をつける。
「急に抱きついてくるのはやめろと」
「嫌ですか?」
「その身長で抱きつかれると首が絞まるんだよ」
「それは先輩が悪いと思います」
お互いの身長差はだいたい25センチくらい。
並ぶとちょうど俺の肩のあたりに頭が生えてる。
まあ後輩はクラスの女子で背の順に並んだら真ん中くらいになりそうな身長なので、言い分にも一理あるけど。
「だからって人の首絞めていい理屈にはならないだろ」
と、俺の正論になぜか後輩がとんちんかんなことを言い出す。
「もしかして、先輩恥ずかしいんですか?」
いやまあ、シャツの上からでもパンパンになって主張してる胸を押し当てられたら実際意識するんですけどね。
それを認めると年上としての威厳が崩壊するから認めるわけにはいかないんですよね。
そんなもの元々ないだろって話はともかく。
なんて考えていると、後輩が自分の胸を下から支えて軽く持ち上げる。
「胸と言えばまたワンサイズ大きくなっちゃって、先輩揉んでみますか?」
「えっ、まじで」
「一回三千円でいいですよ?」
「金とるのかよっ」
「当たり前じゃないですかー」
言いながら、楽しそうに笑う後輩。
完全に楽しんでやがるなコイツ。
「ちなみにワンサイズ大きくなったって言うのは嘘です」
「詐欺じゃねえか」
「本当は前測ったときよりツーサイズ大きくなりました」
「流石に嘘だろ!」
とは言うものの、後輩の胸のサイズをみているとあながち嘘じゃないかもしれないと思えてくるからこわい。
心なしかその膨らみが前よりも大きくなってる気もするし。
前に聞いた(というか聞かされた)ときはEカップって言ってた記憶があるけど、今は何カップなんだろうか。
気になるけど流石に聞けないし、聞いても後輩が正直に答えるかわからない。
さしずめ実際に測るまで確定しないシュレディンガーのバストサイズだ。
ここで、「ぐへへ、俺がどれくらい成長したか試してやるよ」って指をうねうねしながら近付いたらそのまま揉めるだろうか。
え? ありえない? あっはい、そうですよね、わかってます。
「それで先輩はこんな時間まで何してたんですか?」
「密会」
「えっ、誰とですか?」
「嘘だけど」
「むー」
本当のところは密会と言えなくもないような状況だったけど、詳細を話すと会長に迷惑がかかりそうだから誤魔化しておこう。
不機嫌そうに唇を尖らせる姿もどこか愛嬌を感じる後輩に、質問を返す。
「後輩はこんな時間まで何してたんだ?」
俺と同じ帰宅部の後輩がこんな時間まで学校にいるのは珍しい。
「私は友達と大富豪してたらこんな時間でした」
「楽しいよな大富豪」
たまに友達で集まってやると無駄に熱中するくらい面白くて、数日続けて放課後に遊んでたことが俺にもあった。
まあそのあと自然に集まらなくなって、存在を忘れるところまでセットだけど。
「今日バイトは?」
「休みですよー、また遊びに来てくださいね」
「はいはい」
後輩は週に数日、放課後にバイトをしていて、俺もそのお店をたまに利用している。
まあそのうち遊びに行こう。
ちなみにいかがわしいお店ではない。
道を進み通りを抜けると、下り坂になっている道のずっと先に、白い砂浜と夕日に染まった海が見える。
遠くに微かに揺れる波間に、教室で見ていた夢のことを再び思い出して少しだけ眉を動かすと、後輩がトンと一歩こちらに近寄る。
「えいっ」
掛け声と共にそのまま後輩が俺の腕をとって抱きついてくる。
もちろんその二の腕にはとても柔らかくて大きい感触が触れて……。
「お前、わざとやってるだろ」
「何がですか? わかりません」
ニヤニヤと笑う後輩を見て、まあいいかと視線を戻す。
後輩と馬鹿な話してるだけで、少しだけ精神ゲージが回復したし、今日は好きにさせておこう。
「帰るか」
「はいっ」
元気よく答える後輩と、そのまま交差点で別れるまで帰り道を歩いた。
「ただいま、
すっかり日が暮れた頃、家について玄関を開けると、ちょうどリビングから出てきたかなと顔を合わせる。
こうやって言うと疑問系の語尾みたいになるけど、かなは妹の名前だ。
その妹が目にかかるくらい長い前髪の奥でこちらを見ながら、薄く口を開く。
「おにいちゃん……、
油断すると聞き逃しそうな小さな声で、かながさらに言葉を繋ぐ。
「大事な話があるんだって」
嫌な予感しかしねえ。
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