07.お嬢様、ラーメン(後編)
※前編の続きです
しばらくして店員さんが運んできたラーメンが目の前に置かれて、立ちのぼる湯気が食欲を刺激する。
そして自腹じゃ出来ない豪華なトッピングにテンションが上がってきた。
向かいの席でも小海さんがどんぶりに熱い視線を向けている。
「結構量がありますね」
「大丈夫そう?」
「はい、がんばります」
意気込む小海さんに「無理はしないようにね。あとシャツを気をつけて」と伝えて箸を渡す。
手をつける前に両手を合わせて「いただきます」と呟く小海さんに一拍遅れてあとに続き、俺も手を合わせる。
「実物を見ると、油が凄いですね……」
確かにスープに浮かぶ油は俺には見慣れたものだけど、初見だと面食らうかもしれない。
「メニューに書いてないから正確にはわからないけど、スープ全部飲まなくても1000キロカロリーくらいはあるかもね」
「はう……、耳がいたいです……」
「小海さんでもそういうの気にするんだ」
見た限りでは腰も脚も細目で体重を気にするような体型には見えないけど。
いや、体重を気にしてるから今の体型なのかな?
「それはしますよ。脂肪は女の子の大敵ですから」
脂肪……。
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない」
胸の脂肪も嫌なの?なんて聞けるわけがなかった。
つーか通報もののセクハラだわ。
そんな思考は読まれずに済んだようで、俺は箸を動かし麺を啜る。
向かいの席でも小海さんが同じように麺を口に運びつつ、髪がどんぶりに入らないように首を傾けて低くなった方の髪を押さえる仕草が美しい。
そのあとに顔を上げて一呼吸置いた小海さんに質問する。
「どう、初めてのラーメンの感想は?」
「美味しいですっ」
本当に美味しそうに顔を輝かせる小海さんを見て俺も笑みが溢れる。
「それはよかった」
それからふーふー、ずるずる、はふはふとお互い無言の時間が続き、麺とトッピングが半分ほど減ったところで箸を止める。
小皿を取って醤油を注ぎ、辛子を溶くと、箸を止めて休憩していた小海さんと目があった。
「餃子食べたかったら食べていいよ」
俺の提案に小海さんは申し訳なさそうに眉を伏せる。
「餃子はちょっと、匂いが……」
「そっか」
確かに仮にも異性の前で、餃子は女の子的にアレなのかな。
もしも空なら構わず食べるというか、いいって言ったら一皿全部平らげそうだけど、アイツはアレだし。
そんなことを考えながら、餃子を一つ箸で摘まんで醤油につけ、口に運んで噛み締めると、火傷しそうな熱さの肉汁が舌の上に広がる。
濃縮されたうま味に脳を打たれ、そのまま二つ目も十分に堪能してごくりと呑み込むと、小海さんがこちらを見ていることに気付いた。
「やっぱり、ひとついただいてもよろしいですか……?」
「もちろん」
俺の異性としての存在が、餃子の魅力に負けたな、なんてちょっと思ったけどまあいいよね。
そして一口運んで嬉しそうに笑うその表情に、なんだか俺まで嬉しくなってきた。
「こちらも美味しいですっ」
「ここの餃子は特に美味いからね」
「やっぱり来てよかったです」
餃子のお礼を律儀に言ってから、再びラーメンへと向き合った小海さんをこっそり眺める。
美味しそうに食べる女の子っていいなあ……。
会計を済ませ外に出ると、あたりはすっかり日が暮れていた。
頬をくすぐる夜風がラーメンで火照った体に気持ちいい。
「今日はありがとうございました」
「どういたしまして、小海さんと一緒に食事できて楽しかったよ」
「本当ですか?」
「ほんとほんと」
最初はどうなるかと思ったけど無事に済んでよかった。
「あのっ」
小海さんがなにか言いかけたところで、ちょうど俺のスマホから着信音が流れてくる。
「ん、ちょっとごめん」
それを受けてスマホを耳につける。
相手は空で、今家にいるかと聞かれたのでいないとだけ答えて通話を切った。
こんな用件なら出なくてもよかったなと思いつつ、まあ聞く前にどんな話かはわからないんだからしょうがない。
「それで、なんだっけ」
会話を中断してしまった小海さんに向き直って聞くと、なぜか彼女は両手を後ろに組んで困ったような表情を浮かべる。
「いえ、何でもないです」
「そう?」
その反応を疑問に思いつつ、結局何を言いかけたのかは聞けずに別れた。
初夏の夜の心地よい空気を感じながら家の前までたどり着くと、道路脇に見知った顔があった。
「あっ」
「げっ」
「『げっ』ってなによ『げっ』って」
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