34.もうひとつの過去の記憶

バッターボックスに立ってピッチャーを見据える。


県大会決勝、9回裏。


真夏の太陽がギラギラと照りつけ、長袖のアンダーシャツが肌に張り付く。


ベンチの皆が立ち上がり、スタンドからは声援と吹奏楽の音が響いてくる。


体が重くて、腕がだるい。


熱気に満ちた空気が肺の中に入っても、上手く酸素を吸収してくれない。


それでも、バットを構え集中すると、自分と相手のピッチャー以外のものが段々と遠ざかっていく。


きっと打てる。


今までだって集中できたときは、実力以上の結果をだしてきた。


だから、きっと打てる。


そう思った瞬間、振りかぶるピッチャーのずっと向こう、スタンドに入ってくる人影が見えた。


普通ならとても気づく訳がないその距離で、それでも確かに俺は、それが誰だかわかった。


今日はずっと見ていなかったその姿に呼吸が止まる。


なにかを叫んでいるのが見えた。


その様子に目を取られて、一瞬遅れて『バスン』と響く音。


ミットに吸い込まれる白球。


俺は全く動くことができなかった。


審判がストライクを告げ、相手の選手が歓声を上げる。


それとは対照的に顔を伏せるチームメイトと監督。


一郎は、帽子をおろして片手で顔を覆っていた。




砂浜で空にキスをした次の日のこと。


こうして俺の、俺たち野球部の夏が終わった。




教室で空から告白された後。


まっすぐ帰る気に慣れずに中庭のベンチで横になっていたら、いつの間にか夢を見ていた。


きっと夢を見たのは空の告白のせい。


正直、あの時の試合のことで空に思うところはひとつもない。


でもきっと、空は今でもあの日のことを自分のせいだと思っているんだろう。


俺が空のせいじゃないと言っても聞かなかったくらいに。


そして俺も、自分の失敗と愚かさへの後悔がずっと胸に残っている。


部活を引退して、勉強しなくても入れる学校を受験して、高校では帰宅部のまま。


あれ以来、部活動をやる気にはならなかったし、なにかに真剣に取り組むこともなかった。


俺のせいであの試合に負けて引退になった一郎が、高校に入っても部活に誘ってくれることに内心申し訳なくなるけど、それでも再び野球をやる気にはならない。


きっと空が一緒に居てくれなかったら、今以上に無味乾燥な学園生活を送っていただろう。


だから空には感謝していて。


だけど同時に空が俺のために時間を無駄にしていることに煩わしさも感じていて。


そんな空のためになにかをやる気にならない自分も嫌だった。


最近なぜか、女子と数人仲良くなったけど、それだけ。


恋人を作るような気はないし、そもそも彼女たちはみんな俺には似つかわしくないくらい素敵な子たちだし。


空を含めて、彼女たちはみんな魅力的で、一緒にいれば楽しいし、可愛さに胸がどきりとすることもある。


でも恋人になりたいとは思わない。


なんて、一方的に考えるのも、失礼なくらいだけど。




過去の夢を見て重くなった気分を振り払うように、目を開ける。


風が吹いて前髪が流され目を細めながら、それでも日の落ちた中庭の空が見える。


そしてそこには俺を見下ろす人影が映る。


その相手は……、






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