33.幼馴染み、回想
もし、あの時に戻れるなら。
そう何度考えただろう。
暑い、夏の日だった。
あたしたちは子供の頃からずっと友達で、もう初めて会った日のことも覚えていないくらい古い仲。
一緒にいるのが自然なくらいの関係で、小学校の頃は他の子にからかわれたりもしたけど、そういうのはふたりで全部蹴散らしてきた。
家も隣同士で、当たり前のように行き来していて、小さい頃は一緒にお風呂に入ったことも、同じ布団でお昼寝したこともあった。
あの日もいつもと同じように一緒に帰って、ふと思いつきで砂浜に降りた。
砂は足がとられて走りづらくて、でもそれがなんだか楽しくて、翔と波が揺れる海岸線を走った。
多分、あの頃が人生で一番楽しくて、輝いてた時間だったと思う。
だからきっと、翔に勘違いをさせてしまったんだろう。
翔のことはもちろん嫌いじゃなかった。
むしろ、一番好きな相手で、でもその好きは恋愛感情ではなく友情で。
だから、あのときの、キスをした翔を見上げたときの感情は拒絶でも嫌悪でもなくて、戸惑いと申し訳なさだった。
翔にそんな風に思われてるなんて考えたこともなかったから。
でも、そもそもあれは、翔の勘違いじゃなかったのかもしれない。
あたしが自分の気持ちをちゃんと意識していなかっただけで、もし、普通に告白されて、考える時間があったなら、あたしの答えは……。
「ごめん」
そう告げた翔の表情は今でも覚えている。
驚きと後悔と悲しみが順番に溢れ出して、今にも泣き出しそうな顔だった。
あたしは最初に志望していた高校をやめて、翔と同じ高校を受験した。
つきまとって、半ば無理やり勉強をさせて、運動に誘って、部活を勧めて、恋人を作ったらと提案して。
きっと褒められた手段じゃなかっただろうけど、あたしにはそれしか思い付かなかった。
それにあの時の翔をあたしは放っておくことができなかったから。
いつか翔が、あの頃の翔に戻ってくれることを願って。
それにきっと、翔は本当にいい幼馴染みで、そんな翔を好きになる子がいるはずだから。
前向きになって、恋人を作れば、きっと翔はあのときのことを乗り越えてくれる。
翔があたしに告白する前のように笑ってくれれば、それでいい。
嫌がられているのに気付いていてもやめるつもりはなかった。
むしろ、告白して振られるなら、嫌われている方が好都合だと思っていた。
だってあたしには、翔と付き合う資格なんて無いんだから。
放課後、教室から窓の外を覗き込む。
そこには正門を通って帰り道を歩く、翔と女子の姿があった。
ちらりと見える翔の横顔は微かにだけど笑っていて、それだけで相手に好意を持っているのがあたしにはわかる。
相手の女の子も楽しそうに笑顔を作っていて、こちらはもっと分かりやすく、接点がないあたしでも、翔に好意を持っているのがわかる。
それが恋愛感情なのかはわからないけど、翔の心の檻が開けば、きっと上手くいくだろう。
ううん、もし上手くいかなくたって、翔があの頃の翔に戻ってくれればそれでいい。
その時となりにあたしがいなくても……。
だから、あたしの役目はもうすぐ終わり。
そう思ってもう一度窓の外の光景を見ると、胸の奥の傷がチクリと少しだけ痛んだ。
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