10.会長、お礼

「いいからいいから」


手を引かれて入った生徒会室には、中に誰もおらず、明かりも点いていない。


部屋には窓から夏の日差しが差し込んでいて、部屋の半ばほどで日向ひなたと日陰のコントラストを作っている。


中に入ったら夏の熱気が少しだけ和らいだ気がするけど、部屋の暗さと静かさにそう感じただけかもしれない。


そのまま後ろ手にドアを閉じる会長に、向き直る。


「それで、なにか用ですか?」


「用がなければダメかしら」


「ダメではないですけど、不自然だとは思います」


俺が話しかけるならともかく、あっちから話しかけられて、しかも手を握られるなんてどう考えてもおかしい。


というか手が凄く柔らかくて落ち着かない。


「この前のお礼をしようかと思ったのだけれど、最初からそう言っていたら来てくれなかったでしょう?」


「そんなことないですよ」


会長みたいな美人に誘われたらほいほいついて来たはず。


「それならよかったわ」


と微笑んだ会長が手を離して、パチリと部屋の電気を点ける。


そして俺は離された手に若干名残惜しさを感じながら促されて椅子に腰を下ろした。


「コーラでよかったかしら」


「ありがとうございます」


受け取った缶のコーラはうっすら汗をかいていて、プルタブを引くとぷしゅっと小さく音を漏らす。


「いただきます」


俺からテーブルの斜め横、前回と同じ席に座った会長を見てから缶に口をつけると、会長は自分の缶のミルクティーには口をつけずにこちらを向く。


「他の生徒会の人は居ないんですか?」


「だって今日は生徒会は休みだもの」


「じゃあなんで会長はここに?」


「あなたを連れ込むために決まってるじゃない」


「会長って、暇なんですか?」


「失礼なことを言うわね。私は毎日とても忙しいのよ?」


じゃあこんなところで暇してる時間はないのでは?なんて俺の疑問は置いておいて、今度は会長から質問される。


川上かわかみくんは趣味とかあるかしら?」


「犬と猫の動画を見ることですかね」


嫌なことがあると見るし、嫌なことがなくても暇なときはスマホで動画を見てる。


これがなかったら俺は今ごろうつ病で死んでたかもしれない。


はい、嘘ですすみません。いくらなんでも大袈裟すぎました。


とはいえ好きなのは本当で、履歴書を書くことになったら趣味の欄に全力で書くくらいだけど。


「随分かわいらしい趣味をしてるのね」


「いや、あれは誰が見ても癒されると思いますよ? 会長も見てみますか?」


「いえ、今は遠慮しておくわ」


「そう言わずに、ちょっとだけでも」


「また今度の機会にしましょう」


会長が落ち着いた、でも力強い口調で言う、


「そうですか」


浮かせた腰と取り出したスマホを戻すと、会長がそのまま話題を変える。


ちょっと俺も冷静さを欠いていたかもしれない。


反省。


「川上くんは部活はやらないのかしら?」


「運動は苦手なので」


「なら文化部は?」


「集団行動が苦手なので」


こう言うとまるで俺が駄目人間みたいだ。


まあ実際駄目人間と言われたら否定できる要素はまったくないんだけど。


これ以上聞かれると更に俺の駄目人間ぶりがバレそうなので今度は俺から質問を返す。


「会長は部活とかやらないんですか? 運動部とか似合いそうですけど」


会長くらいの身長なら、大抵のスポーツで活躍できそうな気がする。


「運動は好きなのだけど部活動はちょっと……」


言い淀んだ会長が視線を伏せる。


なにか難しい理由でもあるんだろうか。


もしかして聞いてはまずいことだったかなと不安になって、それを誤魔化すようにコーラに口をつけると会長がその理由を語る。


「激しい運動をすると、胸が痛くてつらいのよね」


「ぶっ」


コーラを盛大に噴き出した俺を、視線をあげた会長がニヤニヤと笑っている。


絶対確信犯だこの人。


「あら、どうしたのかしら? 大丈夫、川上くん?」


「いえ、なんでもないです」


噴き出したコーラをティッシュで拭きながら答える。


花粉の季節からあけたばっかりだからまだティッシュが残っててよかった。


「あなた、面白いわね」


「どこがですか?」


面白いなんて言われたのは人生で初めてかもしれない。


バカとかマヌケならよく言われるんだけど、主に空に。


「最初にあなたがここに来たとき、告白されるのかと思ったわ」


「それは確かに面白いですね」


会長はそういう経験も多いんだろうか。


まあ確かに会長の容姿なら交際を希望してくる男子なんていくらでもいるだろうけど。


というか、もしかしたら俺の雑な反応が機嫌を損ねたのかもしれない。


告白されると思ったのに「そもそも誰?」みたいな反応をした前回の俺はきっと酷い心証だっただろう。


「会長はとても綺麗ですよ」


なのでひとまず会長のことを褒めてみる。


まあ実際凄く綺麗な人なので、本当のことを言っただけなんだけど。


「ありがとう」


よし、楽しく話せたな。


って冗談はおいておいて、


「そんな綺麗な会長と俺とじゃ釣り合わないことくらい最初からわかってますから」


だから俺から告白するなんてそもそも存在しない可能性。


というか会長と釣り合うような人間が思い付かない。


生徒会長で顔もプロポーションも良くて、さらに成績も優秀だと聞くし、少なくともこの学校にはいないんじゃないだろうか。


なんて一方的に考えてる時点で失礼な気がしてきたけど。




「今日はありがとうございました」


コーラを飲み終わるまで会長とお話して、お礼を言って席を立つ。


「どういたしまして」


「会長も帰りますか?」


「いえ、私はちょっと用事があるの」


「そうですか」


バッグを持って部屋を出ようとすると、会長がドアを引いて開けてくれる。


「そうだ、川上くん」


「なんですか?」


振り返ると、お互いの頬が触れそうな距離に会長の瞳が映る。


突然のことに反応できずに、呼吸が止まる。


そして俺の顔を覗き込んだ会長がふっと笑った。


「今度、川上くんが言っていた動物の動画、見せてくれるかしら」


そう言った会長の笑顔はいつも通り美人で、でもなぜか背中がぞくりとした。

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