03.コンビニ
PCのスピーカーから『テッテテッ テッテテテー テテッテッ』と聞き慣れたラジオのテーマ曲が流れてきて、気付けばもう深夜一時。
麻雀を遊んでいたブラウザを落として椅子から腰をあげると、ちゃぶ台に肘をついてウトウトしていた空が視線をあげる。
「どっか行くの?」
と聞かれたのは、俺が自分のスマホと財布を両手に握ってポケットに入れようとしていたから。
「ちょっとコンビニ行ってくる。なにか欲しいもんあるか?」
「こんな時間に……?」
寝ぼけ眼で聞かれたのはもっともな疑問だろうけど、寝起きじゃなければ空にもおそらく理由はわかったんじゃないかと思う。
「そろそろジャンプが並ぶ頃だからな」
ついでに菓子でも買ってこようかと思ってるけど主目的はあくまで今日発売のジャンプ。
普段はこんな時間に買いに行ったりはしないので、夏休み期間だけの特権だ。
「それじゃ、あたしも行く」
「別についてこなくていいぞ」
むしろこのままベッドで寝た方が健康的な生活リズムでいいと思う。
「でも、翔はまだ寝ないんでしょ」
「まあそうだな」
この時間にジャンプ買いに行くんだから、もちろん買ってきてそのまま読まずにおやすみしたりはしない。
それならあたしも、と空が腰を上げる。
「服借りるわよ」
空が部屋のタンスを漁り始めたのは、外に買い物に行くのは憚られるくらいの薄着だったから。
そのまま中身を見繕って、俺の上着とハーフパンツを着た空を見て、なんかいいなと思ったのは秘密。
元の部屋着の上から着たから下着は見れなかったけど。
「それじゃあ行きましょうか」
「あいよ」
調子よく答えて部屋を出て、かなと両親を起こさないように真っ暗な階段と廊下を抜けてこっそりと外へ出た。
二人で並んで数分歩き、家から一番近いコンビニに到着する。
店の中には昼と変わらず商品PRの放送が流れていて、それから流行りの曲が流れ始めた。
「ジャンプ読んでいいか?」
「いい訳ないでしょ、ちゃんと買いなさいよ」
「買うのは別に早く読みたいんだよ」
「ならすぐに買ってさっさと帰るわよ」
とリクエストは却下されて、入り口窓際の雑誌コーナーにピッチリと陳列されたジャンプを一冊取り、他に誰もいない店内を見渡してお菓子コーナーを眺めていた空に並ぶ。
「こんな時間に食うと太るぞ」
「うるさいわね、殴るわよ」
少し悩んで空がポッキーを選んだので、俺はトッポを手に取った。
「翔だって買ってるじゃない」
「俺は勉強でカロリー消費したからいいんだよ」
まあ空も今日は俺と同じ時間勉強してたんだけど、きっと頭の差で同じ課題をやっても空より俺の方がカロリー消化しているだろうから問題ない。
やっぱり勉強したあとはチョコレートに限るよね。
ってさっきまで遊んでたんだけどさ。
まあこれから帰って勉強するかもしれないし?
会計を済ませてコンビニを出ると、空が店内で流れていた曲を引き継いでご機嫌に歌っている。
そういえばあの曲は空の好きな曲だったな。
真夏の夜の生暖かい空気と、遠くに聞こえる波の音。
近所迷惑にならない程度の空の歌声を聞きながら歩く夜の道は、心地が良いけど少しだけくすぐったい。
俺と空の二人きりで、一切人に会わずに歩く道は、昼に歩く時とは別世界のようでちょっとだけワクワクしている。
「なんだか悪いことしてるみたいね」
みたいじゃなくて悪いことだと思う。
流してるパトカーに見つかったら普通に怒られるだろうし。
「その時は走って逃げるわよ」
「余計に怒られそうだな」
なんて思ったけどそれはそれで楽しそうで自然と顔がほころぶ。
「まああと数年もしたら普通に咎められることもなくなるんだろうけど」
だからこれは高校生のあいだだけのイベント、なんて考えるとちょっとだけ青春っぽいかもしれない。
「その頃には一人暮らししてるのかしらねー」
大学に進学して、実家を出るとして、その時俺と空の進路はどうなっているのか。
「ねえ、翔」
「んー?」
「進学したら一緒に暮らしましょうか」
楽しそうに提案した空に、ちょっとだけ考えて答える。
「それもいいかもな」
その前に進路を決めなきゃいけない話だし、本当にするなら両親に話さないといけないんだけど、まあ今はそんなことは気にしなくていい。
俺も空も、そういう未来があったら楽しいかなって空想しているだけだから。
「一緒に住んだら家事は交代な」
「あたしはそれでもいいけど、翔は料理できないでしょ」
「そしたら俺の日は毎日カレーだな」
「ぜったい嫌だから、ちゃんと料理覚えなさいよ」
なんて会話も楽しくて、二人で語る未来予想図がいくつも夜空に消えていった。
「部屋に戻ったらどうする?」
家が近づいて、遠目にまだ明かりの点いた俺の部屋が見えたところで空に聞く。
俺はジャンプを読むんだけどその後の話。
素直に寝てもいいんだけど、空も元気でまだ寝る気分じゃないかなと思ったから。
まあ家を出てくる前はウトウトしてたんだけど。
「そうね、勉強でもしましょうか」
いたずらに笑った空に俺も答える。
「それもいいかもな」
「嫌な顔すると思ったのに珍しい」
「たまにはそういうのもいいだろ?」
なんて俺らしくない答えをしたのは、進路についてちょっとだけ考えたから。
まあ具体的に口に出すほどじゃないし、この気分がどれくらい保つかもわからないけど、もしかしたら空にはその気持が伝わったかもしれない。
「それじゃあ頑張りましょうか」
「なんでお前が張り切ってるんだよ」
「別にいいでしょ」
笑いあった空気が落ち着いてから、家族を起こさないように二人で息を潜めて玄関を開けた。
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