-01.後輩、朝の通学路
「おはようございます、先輩」
「んー……。こんな時間に珍しい」
声をかけられて前を見ると、後輩が立っている。
今日も人並み以上にスカートが短く、そしてなぜかセミロングの髪を後ろで括っていて、いわゆるポニーテールというやつになっていた。
軽くウェーブのかかった髪が結ばれた先に、ふわっと広がってるのがストレートヘアのポニテとはまた違った趣があって良い。
それにしても、こんな時間に後輩を見るのは珍しい。
「今日はなぜか目覚ましが一時間早く鳴ったので早起きしちゃいました」
並んで歩きながら語る後輩に同情して視線を向ける。
「そりゃ災難だったな」
目覚ましがずれるなんてどういう状況だと思ったら、後輩の部屋にはアナログ式の目覚まし時計が現存していてたまにそんなことが起こるとか。
「先輩はデジタルですか?」
「というかスマホオンリー」
「なるほど」
「だから充電忘れると酷いことになるけどな」
「それなら普通の目覚まし買いましょうよ」
「そうだなー」
まあたまに空が起こしに来るし、最悪寝坊をしても
「それじゃあ、あたしがモーニングコールしてあげましょうか」
「それ数日で飽きるやつだろ」
「そんなことないですよー?」
なんて言われても数日でかかってこなくなる未来しか見えない。
まあ後輩の声を毎朝聞けるって提案は魅力的ではあるけど、どっちにしろ実際にやるには距離が近すぎるな。
「それにしても暑いですねー」
とボヤいた後輩がぱたぱたと手で扇ぐ。
普段よりも胸元のボタンを一つ多く外してる姿はちょっと守備力が怪しい。
「胸見えるぞ」
「別に、水着で見えるくらいの範囲なら気にしないですよー」
「つまり一辺5センチの三角形があれば平気だと」
「どんな水着を想像してるんですかっ!?」
「こういうやつ」
指でジェスチャーをすると、後輩がその手をパシンと叩く。
「そんなの着ませんよ!」
「それは残念」
なんて言いつつ俺も普通のビキニの方が嬉しいけど。
もしくはスクール水着。
「まあ普通の水着でも胸の下の方がはみ出したりはしますけど」
確かに巨乳の女性がビキニを着るとそうなるよな。
というか後輩は胸がデカいから普通の水着でも破壊力は十分だろうななんて思いつつ横目で観察して気付く。
「胸元に黒子あるんだな」
「ちょっと、恥ずかしいのであんまり見ないでください」
後輩が恥ずかしがるなんて珍しい。
てっきりどこ見てるのかってからかってくると思ったのに。
「ちょっと触ってみてもいいか?」
「良いわけないじゃないじゃないですか!」
「まあまあ、そう言わずに」
「今日なんかテンションおかしくないですか!?」
「朝だからなー」
寝起きで確かにちょっとテンションがおかしいかもしれない。
決して嫌がられるとなんとなくやりたくなる趣味なわけではない。
「まったく」
と言いながら、後輩がボタンを一つ留めて黒子が隠れる。
残念。
「もっと見てたかったですか?」
「ついでに水着だと嬉しいかな」
「それはもうちょっと暑くなってからですねー」
今日も十分暑いけど、海やプールのシーズンはもうちょっと先か。
「まあ俺には関係ない話だが」
「なに言ってるんですか。先輩も一緒に行くんですよ」
「やだよ、めんどくさい」
俺は夏休みは一歩も外に出ないと決めているんだ。
嘘だけど。
「じゃあ、あたしの水着見れなくてもいいんですか?」
「着たら写真撮って送ってくれ」
「いやですよ、なんだかいやらしいことに使われそうですし」
「使わねえよ」
いや、保証はできないけど。
そもそも本当に水着の画像送ってきたら合意とみなしてよろしいんじゃないだろうか。
そんなことない?
あっはい。
「なんだか目がいやらしいです」
「そんなことないぞ」
むしろピンク色なのは頭の中の方だ。
って今日は煩悩が酷いな。
寝不足かつ寝起きだからだろうか。
なんてことを考えたら、あくびが漏れる。
「ふぁっ」
「寝不足ですか?」
「そうだなー、昨日はずっと勉強してたからだな」
「嘘ですよね?」
よくわかったな。
「そういう後輩は成績悪いんだっけ?」
「悪いかどうか確認してくるのが絶妙に失礼ですね。少なくとも先輩よりは良いですよ」
「へー、どれくらいだ?」
「毎回赤点は回避してます」
「お前人のことなんだと思ってんの!?」
赤点回避の下って赤点確定じゃねえか。
「えっ、先輩って仲間じゃないんですか?」
「勝手に仲間認定するのはやめろ、少なくとも俺は学年順位で真ん中より上だからな」
「えー、なんだかがっかりです」
俺より後輩の言い草の方がよっぽど失礼だった。
「それじゃあ今度勉強教えてくださいよ、先輩」
「めんどい」
というか一年の授業なんて覚えてない。
「いいじゃないですかー、お礼はちゃんとしますから」
「お礼?」
それはエロいことだろうか。
例えば…………、…………、
「今、想像したことでいいですよ」
思考に割り込む耳元の甘い囁きに、背筋がビクッとして一歩飛び退る。
「どうしました?」
「お前なぁ」
イタズラ成功って感じで笑う後輩を見ながら、囁かれた方の耳を押さえると、まだ後輩の声と息遣いが残っているような気がする。
流石にやられっぱなしじゃ先輩の尊厳が失われるから、たまにはやり返そう。
「じゃあお礼の先払いでさっきの黒子を触らせてもらおうか」
げへへと笑いながら俺が言うと、後輩が恥ずかしそうにゆっくりとボタンを外して、胸を持ち上げる。
「あんまり、乱暴にしないでくださいね……?」
その後輩の様子に周りからの視線が酷い。
学校近くの通学路は当然学生で溢れていて、探せばクラスメイトもいるかもしれない。
これじゃあまるで俺が年下にセクハラしてるみたいじゃないか。
みたいじゃなくてまんまセクハラだろって?
うん、そうだね。
結局その場は誤魔化して、もちろん直接胸を触ることもなく再び歩き始めた。
そのあとしばらくは後輩にからかわれていたけど、それはこの際しょうがない。
今度なにか別の方法で仕返ししよう、そうしよう。
なんて言っても今日の昼ごろにはもう忘れてるだろうけど。
「そういえば今日は髪結んでるんだな」
「気付いてたんですか?」
「そりゃ気付くだろ」
まあ以前に空が髪切ったのに気付かなくて文句言われたことがあるからあんまり胸は張れないけど。
「どうですか? 似合ってますか?」
「似合ってるぞ」
褒めると何故か、後輩が意表を突かれたような反応をする。
「先輩が素直なのは珍しいですね。もしかしてポニテ好きですか?」
「嫌いではないけどそれより普段と違う髪型って所がポイント高いかな」
「よくわからないですねー」
不思議そうな顔をする後輩。
この感覚が伝わらないのは男女差か、それとも個人差かどっちだろう。
前に一郎に話した時はその話題で盛り上がったから、俺個人の特殊な趣向って訳じゃないと思うんだけど。
「食べ慣れた味にもたまに変化があると嬉しいってことだよ」
「なるほど、つまりいつもはたけのこの里だけどたまにきのこの山が食べたくなるのと一緒ですね」
「こいつ危険球を平気でぶっ込んできやがるな」
時と場合と相手によっては戦争だぞ。
「まあ、先輩の希望はわかったので、たまに髪型変えてあげますね」
「そんなにサービスしなくていいぞ」
勘違いして好きになったら困るからな、俺が。
「他の人にはこんなことしないから安心してください。先輩だけですよ」
だからそういうところだと。
なんて思っても、言っても聞かないどころかニヤニヤされる未来しか見えないので黙っておく。
そんな話をしていると、気付けば学校の前まで着いていた。
「それじゃあ、また放課後ですね。先輩」
いや、放課後会うと決まってはないだろ、と伝える前に後輩が楽しそうに駆け出して昇降口に消えていく。
近くではセミが五月蝿く鳴いていて、その音を意識したら急に暑くなった気がして額から汗が滴る。
校庭には運動部の掛け声が響き、周りの生徒が談笑しながら校舎に入っていく。
少し前ならきっと夏の暑さを疎ましく思うだけで通り過ぎていたそんな光景を、いいなと思えるのはさっきまで一緒にいた後輩のおかげかもしれない。
後輩と知り合ってまださほど時間は経っていないが、それでも自分がちょっとだけ変わったことを自覚するくらいの変化はあった気がする。
だから、たまに後輩と同じ時間を過ごすのも嫌いじゃない、……かな?
決して好きとかそういう訳ではないんだけど。
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