14.お嬢様、回転寿司
『お願いを、聞いていただけますか?』
とLINEが来たのが昨日の夜のこと。
正直なにかと思いながら『わかった』と返信をして、若干緊張しながら詳細を待っていたのは秘密。
用件はまた外食に付き合ってほしいということで、今一緒に歩いている。
今日は夏に向かって日が長くなってきて、放課後になっても青空が見えていた。
午前中は雨だったおかげで気温も涼しく、風が心地いい。
その風を感じながら歩いていると、
「今日はよろしかったんですか?」
と言われて教室での出来事を思い出す。
「
放課後、教室に現れた
「今日は先約があるからパス」
「先約? 翔に?」
お前にそんな友達がいるのか?って視線を向けられて、ひでえ認識だけどまあ間違ってないのでなにも言えない。
というか詳細はできれば言いたくない。
なのでどう答えようかと思考を巡らせると、俺の目を覗き込んでじっと見つめた空がひとりで納得する。
「でも嘘はついてないみたいね」
「そんな嘘ついてどうするんだよ」
「一緒に帰らなければ勉強しなくて済むって考えたとか」
「帰りだけ別にしてもどうせ無駄だろ?」
「まあそうだけど」
なんて会話は日々の雑談なんだけど、視界の隅の小海さんが控え目にこっちを見ていることになぜだか少し緊張する。
いや別に、そんなに気にする必要なんてないんだけど。
そもそも今までだって何度も教室で似たようなやり取りをしてきたし。
と考えていると空が勝手に納得して俺の前から一歩離れる。
「それじゃ、今日は一人で帰るわ」
「おう、早く帰れよ」
「あんたこそ、ちゃんと宿題やりなさいよ」
そんなやり取りがあったあと、しばらく待ってから教室の外で小海さんと落ち合った経緯があった。
「あれはいつものことだから気にしなくていいよ。どっちにしろ小海さんが先約だしね」
というかあいつの誘いは特に用事もない日常の一コマなので約束でもないし。
「そうですか……」
と小海さんが呟くと同時に、お店に到着した。
「本当にお寿司が回っているんですね。初めて見ました」
お店に入ってテーブル席で向かいに座った小海さんが、興味深そうにレーンを眺めて呟く。
学校から真っ直ぐここまで来たおかげでピーク時より前に入店できて、待ち時間無く席に着くことができた。
小海さんは順番待ちで記名する台帳が気になるようで、ちょっとだけ残念そうだったけど。
「小海さんは回ってない寿司の方が慣れてそうだよね」
「そんなことないですよ。行っても年に数回くらいです」
数回は行くんだ。
そして今更だけどやっぱりお嬢様だったんだな。
「
「とりあえずサーモンが一番好きかな。サーモンって回らない寿司屋にもある?」
「はい、私も食べたことありますよ」
へーそうなんだと思っていると、「普段は出していないそうですけど」という小海さんの補足を聞いて、ちょっと怖くなったのでこの話はおしまい。
「この蛇口は、なにに使うものなのでしょうか?」
と聞かれて、手を洗うところだよ、と答えようかと思って流石に色々キケンなので思い留まった。
それから目を輝かせてレーンに手を伸ばした小海さんが、ハンバーグとかマヨコーンとかエビマヨチーズとか塩カルビとかのネタを取って楽しそうに食べていく。
「すごく美味しいです」
なんてマヨコーンの味に感嘆したり、
「このお店ではうどんも回っているんですね」
なんて感心する姿が子供みたいで微笑ましい。
というか、
「小海さん結構よく食うよね」
今、小海さんの前には既に完食した皿が10枚。
空と一緒に来たときは平均10枚くらいで会計していたから、10枚食べてまだ平気そうな彼女は女子としてはよく食う方だろう。
指摘されて小海さんが恥ずかしそうに口元を隠す。
「私、食べ過ぎでしょうか……?」
「いや、そんなことないよ。むしろよく食べる方が健康的でいいと思う」
言った俺に、やっぱり恥ずかしそうに小海さんが目を伏せる。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして」
小海さんにつられてお辞儀をして、なんだか変な空気が流れたのを笑ってごまかす。
「でも無理はしないようにね」
「はい」
と照れくさそうに笑う小海さんもやっぱりかわいかった。
そのあと小海さんが追加でえび天握りと二度目のマヨコーンを頼んで満足そうにしているところで、俺はタッチパネルに指をかける。
「ケーキ食べるけど、小海さんもなにか頼む?」
「ケーキも置いているんですか?」
質問を返され、たしかに今日はケーキが流れてるのを見ていないのを思い出す。
「ここはウェディングケーキも置いてるよ」
「ほんとうですか!?」
「ごめん嘘」
「…………」
小海さんの視線が痛い。
いやでも、ウェディングケーキは無いでしょ。
と心の中で言い訳してみても視線は冷たいままで、誤魔化すように「注文選ぼうか」とタッチパネルでデザートの項目を表示すると、彼女が興味深そうにそれを見つめる。
個人的にチョコケーキとチーズケーキが100円で食えるのは結構ありがたいというか、回転寿司に来てるモチベーションの半分くらいはそのケーキ目当てだ。
ミルクレープもあるけど200円なのでスルー、と思っていたら小海さんが選んだので、俺も少し悩んでチョコケーキに決めた。
「美味しそうです」
実物が届いた小海さんの感想に、そういえばこんなお店の味でお金持ちの舌に合うのかななんて今更ながらに思ったけど、ケーキを一口食べた様子を見るに問題は無さそうだ。
まあ今までの寿司も美味しそうに食べてたんだけど、イロモノなネタが多かったし。
俺もフィルムを剥がしてフォークを一刺しして切り分け、口に運ぶとチョコレートの味が舌先に広がる。
クリームとスポンジの食感の違いを感じながら、これを100円でこの味が楽しめるのはやっぱりいい場所だなんて思っていると、向かいの小海さんがこちらを見ていることに気付いた。
「どうかした?」
「あっ、いえ」
その焦った反応を不思議に思い、うーんと考えてから、チョコケーキのお皿を差し出してみる。
「一口食べる?」
「よろしいんですか?」
「一口だけね」
笑って答えると小海さんが感謝の言葉を言ってフォークで切り分ける。
「川上さんも、よかったら食べてください」
交換に差し出されたミルクレープを貰って口に運ぶ。
こうしてるとまるでカップルみたいだな、なんて思ってはいない。
そしてお互いに、ケーキの甘さに頬を緩ませた。
結局そのあと小海さんがもうひとつチーズケーキを注文して、俺もそれを一口貰って店を出た。
あの一口分、今度なにかお礼しないとな。
「今日はありがとうございました」
「どういたしまして」
「付き合っていただけて、とても嬉しかったです」
なんて言われてちょっと恥ずかしい。
「まあ、予定がなければファミレスでも焼肉屋でもクレープ屋でも付き合うよ」
ちなみに行き先を希望できるならクレープ屋を選びたい。
もちろん小遣いに無理がない範囲でって注釈がつくけど。
「本当ですか!?」
急に小海さんに両手をぎゅっと握られて、不意打ちに少したじろぐ。
その反応に気付いたのか、小海さんが慌てて手を離して一歩距離を取る。
「す、すみません……」
その顔は少しだけ赤くなっていて、たぶん俺も同じようになっていると思うけど確認したくはない。
「帰ろうか」
「はい」
微妙な空気を払うように言って、横に並んで歩くと、さっき手を握られた時の柔らかかった感触を思い出してしまう。
そしてほんの十数センチのお互いの距離は、実質有って無いようなもので、手持ち無沙汰に歩くリズムに合わせて揺らす手を意識してしまう。
もちろん握ったりなんてしないし、そんな資格が無いことくらい俺にもわかっているけれど。
そもそも彼女を恋愛対象として見ているわけでもないんだし。
当然その逆もまた然りなわけで。
だからこれはきっと、そういう青春的な雰囲気に当てられているだけ。
なんて言い訳をしながら、気付かれないようにチラリと小海さんを見ると、顔を赤くして視線を下げて歩いている。
もしかして、と思うのは流石に俺の勘違いというか、自意識過剰が過ぎるかな。
初夏の夜の風が、そんな俺の考えと熱くなった頬を少しだけ冷ましてくれた。
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