19.お嬢様、下着
今日はなんなんだろう。
なんて考えながら胸にバッグを抱えた小海さんを先導して、隣のビルの地下に降りる。
途中お手洗いに寄った小海さんだったが、下着の状態を確認してもやっぱり新しいものを買わないといけないようで目的地は変わらず。
遊んでいたアミューズメント施設の隣に大きなビルがあって、衣類も取り扱っていたのが不幸中の幸いだったけど。
そこには俺が生まれてこのかた足を踏み入れたことのない空間が広がっていた。
「ここ来たことある?」
「こういった場所は、あまり来たことがなくて……」
じゃあどうやって下着を買っているんだろう、なんて流石に聞けない。
もちろん俺も女性向けの下着売り場で買い物なんてしたことはなく、入っていいものかと迷ったけれど、不安そうな表情をしている小海さんを一人で送り出すわけにもいかなかった。
「とりあえず、入ってみようか」
「はい」
二人並んでお店に入ると、俺への周りの視線がちょっと辛い。
まあしょうがないけど。
俺だってレンタルビデオ屋の成人向けコーナーに居て女性が入ってきたら同じような目で見るだろうし。
とにかく早く済ませて帰ろう。
とはいえ二人で無言で歩いていても一向に進展する気配はない。
店内を無為に一周しても周囲の視線を集めるだけなので、俺から声をかけた。
「小海さんはどういうのが好み?」
「私は、サイズで選ぶとあまり選択肢がなくて……」
「あー」
確かにそんな話を聞いたことがある気がする。
「
「残念ながら女性の下着を見たことがないから、好みを語れるほど詳しくないんだ」
「そ、そうですよね、すみません……」
はい、嘘です。
リアルでちゃんと見たことがないだけで、他には色々と見たことがあります。
主にネットとか、あとリアルでもシャツが透けてるのとか。
とはいえ、そんなこと小海さんに言う気はないけど。
ちなみに俺の下着の好みは……、ってそれはいいか。
そんなこんなで会話が止まって、ついでにお互いの足も止まって立ち往生して下着選びが難航というか座礁する。
もうしょうがないので、近くのブラジャーをひとつ取って小海さんに勧めた。
「これなんか小海さんに似合うんじゃないかな」
薄いピンクにレースのついた面積の広い上品な物で、手の届く範囲で選んだにしてはいいチョイスなんじゃないだろうか。
クラスメイトに似合いそうって下着を勧めるのが極めてセクハラだろって話は今は置いておいて。
「すみません、ちょっとサイズが……」
バッグを抱えたまま確認した小海さんが残念そうにそう言うのを聞いて、元あった場所に戻す。
その時チラリとタグが見えた。
これFカップって書いてあるんですけど……?
…………。
うん、詮索するのはやめよう。
「それじゃあこれはどうかな?」
今度はさっきと似たデザインの白い色の品を渡すと、小海さんがまたタグを確認して頷く。
「これなら大丈夫そうです」
「それならよかった」
今選んだやつのタグも盗み見ておけばよかったななんてちょっと思ったけど後の祭り。
まあ個人情報だし、そもそもセクハラだし、小海さんの正しいバストサイズを知ったら意識しすぎて正視できなくなるかもしれないけど。
とにかく無事に選べたので、近くにいた店員さんに声をかける。
「すいません、試着いいですか?」
「それではこちらへどうぞ」
案内されて試着室の前まで移動して、店員さんが振り替えった。
「採寸はどうなさいますか?」
と尋ねられた小海さんが、そのまま困ったように俺の顔を見上げる。
「やったことある?」
「一年ほど前に……」
なぜかちょっと恥ずかしそうにそう答える小海さん。
「それでしたら、採寸するのをオススメします」
店員さんに言われて俺が頷いた。
「それじゃあお願いします」
「ただ、お時間いただきますがよろしいですか?」
「はい」
「よろしいんですか……?」
不安そうな表情をする小海さんに笑って答える。
「気にせずに行ってきていいよ」
そのまま店員さんと試着室に消えていく前に、着けたまま帰りたいのでそのまま会計お願いしますと伝えて見送った。
さてどうしよう。
外で待っててもいいかな。
でもここ電波悪いんだよな。
連絡とれなくなったら困るというか、小海さんが出てきたときに、不安にさせるかもしれない。
なんて考えて、やっぱりその場で待つことにする。
ひとり待つ俺。
当然突き刺さる他の客の視線。
死にたくなる俺。
ヒソヒソと聞こえる他の客の囁き。
いや、無理だわこれ。
「すみません」
助けを求めるように、近くの店員さんに声をかけた。
しばらくして、店員さんと話していると、後ろから声をかけられる。
「遅くなってしまってすみません」
「全然大丈夫だよ」
試着室に消えてから15分ほどして戻ってきた小海さん。
買い物をは無事に済んだようで胸元にお店の袋を抱えていた。
「無事に買えた?」
「はい」
ということは、さっき選んでいた下着を今小海さんが着けているんだなと考えると、凄くヤバい。
あと試着室から戻ってきてから、小海さんの胸が以前のそれより少し大きくなった気がするのは目の錯覚だろうか。
「あと、川上さんに選んでいただいた物に合わせたショーツも、お店の方に勧めていただきました」
ということはそのお店の袋には、脱いだブラジャーと、選んだブラジャーに合わせたショーツが入っているのか。
ちょっと待って、頭が痛くなってきた。
その刺激が強すぎる事実を振り払うように大きく息を吐くと、小海さんに不安そうな目で見られてしまう。
「大丈夫ですか……?」
戸惑う小海さんから誤魔化すように、手に持った包みを渡す。
「そうだ。これ、待ってる間に店員さんに勧められたからプレゼント」
差し出したのは小さい紙袋。
「開けてみてもよろしいですか?」
「もちろん」
本当はちょっと恥ずかしいけど、勿体ぶるほど大したものでもないし、サッと済ませた方がいいだろう。
小海さんが開けた袋から出てくるのは、髪を縛るシュシュ。
店員さんを呼んだときにオススメされた物で、値段も大したことのない本当にちょっとした物だけど。
なんて思っていたら小海さんが顔を伏せる。
「お時間をとらせてしまったうえに、こんなものまでいただいてしまって、申し訳ないです……」
その小海さんの反応にこっちが戸惑ってしまう。
もしドン引かれたら返してもらって
こんなことならプレゼントなんてしなければよかったなと思ったけど、してしまったものはしょうがない。
もちろん女性にプレゼントなんてした経験なんてないので、頭の中を360度くらい捻って言葉を選ぶ。
「これは、小海さんに喜んでもらいたくて選んだ物だから、謝られるより喜んでくれると嬉しいな」
その言葉で、なんとか落ち込んでいた小海さんが立ち直ってくれたようで、顔をあげて元気よくお礼が返ってくる。
「はい、ありがとうございますっ」
そんなに感謝されるような物でもないけど。
「って、今着けなくていいから!」
後ろ髪を纏めようとした小海さんを慌てて制止する。
流石に目の前で着けられると恥ずかしいというか、人前で着けるような大したものではないので逆に恐縮してしまう。
「そうですか……?」
「うん、部屋ででも使って」
「わかりました」
「あと気に入らなかったら無理に着けなくてもいいよ」
「そんなことないですっ!」
その勢いにたじろぐ俺を見て、小海さんを恥ずかしそうに頬を染める。
「すみません……」
「いや、こっちこそ……」
気まずくなってお互いに口を閉じる。
結局そのままビルを出るまで無言の時間が続いた。
家に帰って、冷蔵庫の麦茶に口をつける。
昼から残った熱気に、冷えた麦茶が美味しい。
ちょうどその時、スマホがペコンと鳴ってロックを解除する。
「ぶっ」
「お兄ちゃん、だいじょうぶ……?」
麦茶を噴き出した俺に、リビングにいたかながタオルを渡してくれる。
「ああ、わるいな」
LINEの相手は小海さんで、画像が送られてきていた。
その画像は、部屋着の小海さんが自室でシュシュを着けてる姿で、『似合ってますか?』とメッセージが添えられている。
胸元のガードの緩いゆったりした部屋着と、髪をひとつに括って肩の前に流している姿と、その奥に見える落ち着いた内装の広い部屋が、プライベートの格好すぎて正直見てはいけないものを見てしまった気になる。
というかこれ、恋人でもない異性に見せちゃいけないやつだよ。
小海さんはもうちょっと、警戒心をもった方がいいと思う。
なんて思っても似合っているか聞かれた以上、まずは感想を返さなければいけない。
少し悩んでから、両手でポチポチと文字を打ち、送信ボタンを押した。
『めちゃくちゃかわいい』
とは、流石に送れなかったけど。
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