選抜選(2)

『一学年の首席を決めるこのゲーム! 未だ大きな動きはなく、盤上は静かそのもの————各プレイヤーは、ポーンを盤面に散らばせるだけでこの数ターンを終えております!』


 競技場では静かな葵達とは裏腹にボリュームをできる限り最大にした実況の声が流れる。

 だが、序盤の静けさと同じで、会場に賑やかさはあまり見られなかった。


『それにしても、やはり序盤は何も起きませんねー』


『えぇ、このゲームは序盤の種まきから始めるのが定石ですからね。ここで無闇に定石から外れるような手を打ってしまえば後々苦しめられますから』


『なるほど……』


 それでも実況は続ける。分かりやすく、生徒全員が理解できるように、解説の妙上院も己の理解が及ぶ範囲で解説していく。


(さて……一体どなたが勝つのですかね?)


 先日、妙上院は学園長とこの選抜選のすり合わせの為に接触した。

 その際————


『まぁ、順当に考えれば才女の夏目桃花が勝つんじゃないかね? 別に、鷺森嬢もいい線いくと思うってはいるが……彼女のアレは逸脱しているものだよ』


 ゲームの勝者は誰になるかと、妙上院が何気なしに尋ねた時、学園長はそう漏らしたのだ。

 確かに、学園長と入試試験の映像を見ていた妙上院も、彼女のプレイスタイルからしてこのゲームこそ彼女の得意分野だと思っている。


(しかし、私としては東條くんを推したいところではありますね……)


 彼女とは違う才の持ち主。何故妙上院は葵を推しているのか————それは、本人のみぞ知る話。


『そう言えば妙上院さん、どうして皆キングを動かさないのでしょうか? 勝利条件に王冠を見つけると言うものがあるはずなのですが……』


 ランダムで配置された王冠を『宣告』で見つける。


 このゲームには、チェスとは違う特殊なルールも用いられている。

 キングのみに与えられた『宣告』————ポーン、及びキングの消失以外に定められた勝利条件。

 にも関わらず、未だに誰も『宣告』を行うためのキングを動かそうとはしていない。


『それは現状キングを動かすにはリスクが大きすぎるからですよ』


『リスク……ですか?』


『はい。盤上の何処に他のプレイヤーのポーンがいるか分からない、何処に王冠があるかも分からない————そんな中、キングを動かしてしまえば、いきなり背後にポーンが現れて、キングを失ってしまうかもしれない。だからこそ、盤面が不明確なこの状況では、キングを動かして『宣告』なんてしないのです』


 キングを動かすと言う事は、多大なリスクが存在する。

 一番明確なのは『取られてしまえば負けてしまう』と言った点だろうか。

 そんなリスクの中、相手の駒の位置も分からないまま、キングを動かして『宣告』をしようとするにはあまりにもギャンブル過ぎる。


『ちなみに、チェスにおいて『最も最弱の駒』って何か分かりますか?』


『最弱ですか……? そうですね、普通に考えればポーンでしょうか?』


 なるほど、確かに1マスしか動かせないポーンは最弱かもしれない。最前線に立ち、最も最初に殺されてしまう兵隊。

 しかし、その答えは間違いだ。


『いいえ……チェスにおいて最弱な駒はキングです』


 取られてしまえば負けてしまう。行動範囲は広いものの、戦いに挑めないあるだけの駒。

 そんな駒が、戦いに必要なのだろうか?

 ————否。明らかに邪魔な存在だ。


『しかも、このルールにおいては、『キングは他の駒を取る事はできない』。それなのに、どうやって身を守るのでしょうか? 攻められてしまえばお終いだと言うのに』


『た、確かにそうですね……』


『さらに言ってしまえば、このゲーム————『宣告と言うルールはさして重要ではない』のです』


 その生徒会長の発言に実況はおろか、会場さえも疑問に思った。

 何故? 勝利条件の中で一番手間がかからないじゃないか? ————そう思っていることだろう。

 そんな疑問を、妙上院は切りつける。


『それはどういう……』


『単純な話です。『宣告』とは最弱の駒であるキングしか行えない。他のプレイヤーに狙われている中、ヒントもない『王冠』、『他プレイヤーのキング』を探さなくてはならない。しかも、失敗すれば一ターンは駒が動かせない————裸の王様が、無防備に晒されてしまうのです』


 60個ある教室の中、王冠は一つ。さらに他プレイヤーのキングが潜んでいる教室は2つ。

 そんな中、ヒントもないこの状況では特定することができない。

 ギャンブル精神で手当り次第に『宣告』するのも一つの選択肢だと思うが、『次ターン動けない』、『キングを晒す』と言うリスクを負うにはあまりに危険すぎる。


 故に、このゲームにおいて『宣告』はほとんど機能しない。

 頭のいいプレイヤー————この三人なら、そんな選択肢はまずとらない。


『なるほど……確かに、そう言われて見れば、『宣告』をするプレイヤーはいないかもしれませんね。————ですが、では何故そんなルールを作ったのでしょうか?』


 これも当然の疑問。『宣告』が誰も使わないリスクあるものであれば、ルールに組み込む必要が無い。


『ふふっ、分かりませんか?』


『はい?』


『例外があるのですよ。一つだけ、『王冠』ではなく、プレイヤーの位置が分かるヒントが』


『————と、言いますと?』


 先程から疑問しか浮かべていない実況は、再び妙上院に尋ねる。


『ゲーム開始時であれば、ヒントはもう出ているのです。まぁ、これ以上はネタバレになっちゃいますから言いませんけど————少なくともこの中で一人、それに気づいている生徒がいますよ』


 そして、妙上院はホログラム上に映る誰かを見て、嬉しそうに嗤う。


『さて、皆さんの期待を裏切り、首席になるのはどなたなのでしょうかね?』


 マイクに拾われない声で呟いたその言葉は、誰にも届かない。


『おぉーっと! ついに局面が動きました! 最初に接触したプレイヤーは————』


 そして、盤面が動き始めた。

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