選抜選(6)

 突然盤上から姿を消した絢香の駒。

 その事実に驚いたのは当の本人である絢香だけではない。

 もちろん、同じ盤面を見やる他のプレイヤーもこの事態に驚いていた。


「どう……して……っ⁉」


 白い玉座でただ一人、葵のキングと相対しているポーンの視界から盤上を見ていた夏目。

 驚きのあまり、白い玉座から立ち上がってしまった。

 理解できず思わずアナウンスを疑ってしまったが、映し出されている映像がそのアナウンスが事実であると言う事を証明している。


(……まずは落ち着きましょう)


 一つ深呼吸をし、夏目は頭をクリアにして玉座に腰掛ける。

 突如訪れた事態に喚くより、冷静に切り替えなければならない。何故なら、まだゲームは終わっていないからだ。


(ポーンが全て消えたと言う事は、本当に鷺森さんのキングが東條さんに取られたと言う事……ですが、鷺森さんのポーンが東條さんに移動した様子はありません……)


 ポーンを取ればポーンの所有権は取った側のものとなる。

 しかし、今回に限ってはポーンではなくキングを取った。

『キングは上記ルールに含まれない』とある通り、キングは葵に移っていないのは、画面に映るプレイヤーの駒の保有数を見て確かめれた。


 消失したポーンも移っていないことから、今回葵はただ『絢香』を退場させただけと言う事。


(焦る必要はありません……鷺森さんが退場させられただけで、私には何も影響はないのですから)


 次の手番は夏目。保有ポーン数を見ればどちらが優勢か明らか。

 次の手はただ協力者がいない状況で葵を追い詰めればいいだけ。

 しかし————


(何故、葵さんは鷺森さんのキングを討ち取る事ができたのでしょうか……?)


 この現象を解決するにはいくつかの疑問がある。

 まず第一に、どうして絢香の手番で葵はキングが取れたのか?


(普通に考えれば、鷺森さんの陣地の前に東條さんのポーンがあったから……ですよね)


 夏目は自分の正面を見る。そこにはシャッターが下ろされている為、教室の外が見えなくなっている。

 そして、キングは教室の中に存在する。つまり、盤上に出すには、教室の外のマスに一度移動しなければならない。


 キングが移動した先に葵のポーンがあれば、キングは他の駒を取る事が出来ないため、必然的にその場にいたポーンがキングを討ち取ることになった————と言う事なのだろう。


(しかし、東條さんはどうして夏目さんの陣地が分かったのでしょうか……?)


 第二の疑問。絢香がキングを動かした瞬間に葵に取られた理屈は分かった。

 では何故、絢香の陣地の前に葵のポーンがあったのか?


 もちろん、葵が気づかれないように移動したからだ。

 しかし、絢香の陣地の場所は分からないはず。


 何せ、このゲームには陣地に関するヒントが開示されていない。

 分かるとすれば、異様に教室を守っていた夏目のような行動を見て予測したぐらいだろう。


(しかし、鷺森さんはそう言った様子は見せていません。ポーンを散らばらせ、盤面に合わせて動いていました)


 だったらどうして?

 考えても考えても、夏目の頭にはその理由が思い浮かばなかった。


(まぁ、たまたまと言う可能性もありますし……深く考えるのはやめましょう)


 己の中で完結させ、再び思考を切り替える。


(鷺森さんがいなくなった所で、私の優位は変わりません。これからこのポーンの数で圧倒していけばいいのですから……)


 そう、現状の保有駒数は夏目の圧倒的有利。

 11個全てのポーンを駆使すれば、葵のポーンだろうがキングだろうが簡単に取れてしまう。


(ふふっ、例え東條さんが鷺森さんだけではなく、、私の勝利は揺る……が、な————)


 思考が止まる。

 一瞬、夏目の頭に違和感が過ぎった。その違和感は決して見逃してはいけない————そんな感じがした。


 だから夏目は己のタブレットを凝視する。

 どこかにある違和感。

 それを必死に探す。盤面を見渡して、確証のない何かを————


(いえ……これは……ッ⁉)


 ————見つけた。小さいようで大きな違和感。

 じっくりと見渡したからこそ分かったそれは、あまりにも夏目の思考を焦らせていた。


(まずいです……まずいですまずいですまずいです⁉)


 違和感は確証へ。見れば見るほど、夏目の焦りは大きくなっていく。

 違和感の正体。それは————



⁉」



 もし、葵が絢香だけではなく夏目のキングの位置まで分かっているのであれば、何かしらの対策をとっているはず。


 例えば、絢香の時と同じように陣地の前にポーンを置いている……など。


 けどそれは、夏目がキングを教室の外に出さなければいいだけの事。

 さすれば、ただポーンは置いてあるだけに過ぎず、何時でも葵のポーンとキングに夏目の数の暴力が襲いかかる。


 だけど、何時でもと言うのは遅すぎる。

 と言うのも、のだから。


「東條さんのキング……ッ!」


『宣告』。現状、キングが盤面に現れたことで、葵は夏目のキングに対して『宣告』を行うことが出来る。それは、このゲームの勝利条件の一つ。


 もし、夏目のキングの位置を葵が知っていたら?

 今からでも葵のキングは夏目のキングの元に向かうだろう。


 だがしかし、それは夏目のポーンが行く道を塞ぐことができれば、その勝利条件も阻止できる。

 ————


(これではキングの位置を塞ぐことができません……⁉)


 現在の夏目のポーンは全てグラウンド側。それに対し、葵のキングは中央真ん中の渡り廊下にある。

 それは夏目より校舎側に近い位置に存在していると言う事。


 つまり、校舎側にある夏目の陣地にだと言う事だ。


 であれば、1マスしか駒を動かせないこのゲームでは先を行く葵のキングを塞ぐ事はできない。

 葵が意図して夏目を誘導したからこそこの状況になったのか? 絢香がいなくなった事で、必然的に詰む仕掛けを作っていたのか?


(どうすれば……どうすればいいのですか⁉ キングを動かしても詰む、ポーンを動かせば『宣告』されて詰む————一体私はどうすれば⁉ いえ、私にはどちらにしろ————)








「そう、お前にはどちらにしろ次の選択肢が決まってるーーーーだから大人しく負けろよ、どうせお前は詰んでるんだからさ」

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