選抜選、決着

 黒の玉座でふんぞり返る葵は届かないのにも関わらず夏目に告げる。


「どのポーンを動かそうが、俺のキングは先にお前に届く。もし、俺が位置を特定できてなかったと仮定しても、お前は次の手でポーンを動かせばいいだけの話で、今動かす必要は無い」


 今の夏目にはポーンを動かすメリットがない。

 どちらにしろ、前に葵のキングがあるのであれば、駒を取る事も行く道を塞ぐことができないのだ。


 葵の言う通り、仮に葵が夏目の陣地を特定出来ていない場合、ここで様子を見ても、数の暴力で何時でも息の根を止める事ができる。

 だから————


「お前はキングを動かすしかないんだよ。陣地の前に俺のポーンがないことを祈りながら……な」


 夏目はキングを動かすことでしか活路はない。

 このままキングを居座り続けても、やがて来るかもしれないキングに『宣告』されるだけ。であれば、ポーンを動かしても意味が無い以上、選択肢は決まってくる。


 キングを動かさなければ、やがて来る葵のキングに『宣告』されてしまう。

 もしかしたらポーンがいないかもしれない————そんな可能性を祈りながら、夏目はキングを動かすしかない。


 もしも、夏目が保険として持ち駒を残していれば、行く道を塞いで詰む事はなかったのだろう。

 しかし、夏目は全てのポーンを盤上に出してしまった。偶然は許せないと全勢力で葵のキングを追い詰めに行った。だからこそ、今の彼女は選択肢がない。


「ポーンを動かしたらただの『延命』。キングを動かせば『勝利』するか『敗北』と言う結果を得られる。————さぁ、運命の選択だ。詰んでいないと信じ前に進むか、はたまた『敗北』を拒み、無駄な『延命』をするか————」


 そして葵は、駒を動かし盤面を把握する為のタブレットを伏せる。


「どちらにしろ選択肢は一つ。まぁ、このゲームの結果は既に決まっているんだがな」



   ♦♦♦



「キングを動かすしかありません……ね」


 もちろん、葵が言っていた事は夏目は分かっていた。 

 自分には選択肢がない。何故ならポーンを動かしたところで、その場しのぎにしかならないのだから。


 であれば、夏目はキングを動かす。『宣告』から逃げる為、葵のポーンが行く先に無い事を祈りながら。


(しかし……いるでしょうね。東條さんがここでぬかる訳がありませんから)


 もし葵が絢香と夏目を誘導してこの状況を意図して作ったのであれば、最後の最後の詰めを抜く訳がない。

 確かに、この状況がたまたまで、葵のポーンが偶然にも絢香のキングが現れた先にあって、全然夏目の居場所なんて把握していないのかもしれない。


 だけど、そんなたまたまや偶然が重なるなんて有り得ない————有り得るわけがないと、夏目は思ってる。

 だって————


「私を負かしてくれるのは……やっぱり、東條さんなのですから……」


 さぁ、次の一手だ。

 延命なんて望まない。もう結果は出ているのだ————後は己自身の手で、このゲームに決着をつける。


 夏目はタブレットを操作し、自身最後の手を打った。


『夏目桃花がキングを動かしました』


 そして————


『東條葵がキングを奪いました。キング消失に伴い、夏目綾香の全ポーンを徴収、続行不能とみなします』



 そんなアナウンスが立て続けに耳に入る。


「そうですか……」


 分かっていた。葵のポーンが陣地の前にある事を。自分が負けてしまうことを。

 全ては絢香がキングを討ち取られてから―———いや、キングを動かした時から、きっと夏目は既に詰んでいたのだろう。


「これが、負ける……と言う事ですね」


 今まで抱いた事の無い感情。不思議と胸が高まり、後悔と無念が胸を締め付ける。

 あの時こうすればよかった。偶然は許せないとポーンを全て盤上に出す訳ではなく、保険として持ち駒を残していれば、絢香を信じないで駒を散らばせていたら————なんて今更遅い思いが脳裏を埋め尽くす。


 やり直したい。出来る事ならルールを変えずもう一度三人でこのゲームをしたい。

 今回と同じで自分の全力を出し、ありとあらゆる計算と戦術と策略で、葵に勝ちたい。


「悔しい……悔しいですよ東條さん……」


 最後に映し出される夏目の表情は、セリフとはかみ合わない笑みを浮かべた嬉しそうなものだった。




『鷺森絢香と夏目桃花のキング消失を確認————これにより東條葵を勝者として、このゲームを終了させていただきます』



   ♦♦♦



「はぁ……お前ら、強過ぎだって」


 そんな皮肉ともとれる言葉を残し、アナウンスを聞いた葵は大きく安堵の息を漏らした。


 劇的でもなければ、圧倒的な強さを見せた訳でもない。

 快勝ではなく辛勝。


 上手く事が運んでくれたからこその勝利。

 一歩間違えれば敗北していた。


 だからこそ、葵は己の勝利に強く安堵した。


 勝利を知らせるファンファーレなんてものはなく、葵のいる教室は物静かで肌寒いものだった。


「少しは、皐月もかっこいいって思ってくれたかね……?」


 見ているかも分からない想い人に向けて、そんな言葉が漏れる。







 こうして、三つ巴のゲームは葵の勝利で幕を閉じた。






 鷺森絢香 自駒0個 続行不能

 夏目桃花 自駒0個 続行不能

 東條葵 自駒2個 持ち駒0個


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