葵の勝利の理由

『決着ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! 遂に、長い時間を経て、新入生代表の座が決まりましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


 実況のハイになった声が場内に響き渡る。


『『『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』』』


 それに合わせて、観客席からも一斉に歓声が上がった。理由もない、ただただ決着がついたことに、皆歓喜していた。

 二時間5分と言う長きに渡るゲームの幕引きは何とも劇的で、理由も分からないまま観客のボルテージは上がっていく。


 更に言えば、首席候補で有名だった絢香と夏目を無名の少年が倒したのだ。

 それを考えれば、観客が湧き上がってしまうのも仕方ないだろう。


 それは、幼馴染である皐月も同じだった。


「やった! やった!」


 その言葉だけを口に出し、その場で何度も飛び跳ねる。周りの盛り上がりより一番嬉しさが伝わってくる。

 ーーーーまぁ、それもそうだろう。


 何故なら、自分の想い人がかっこよく最後に白星を上げてしまったのだから。


「やっぱり葵くんはかっこいいなぁ〜! あんなに劣勢だったのに巻き返したんだもん! 流石は私の好きな人!」


 周囲に聞こえていたら熱愛報道が広まってしまうだろうが、皐月にはお構い無し。

 今の皐月の頭の中は想い人の勇姿でいっぱいいっぱいなのだから。


『それにしても、最後の結果は予想外でしたね……。正直、私には何が起こったのか分かりませんでしたよ』


 観客が盛り上がる中、実況の男子生徒がそんな疑問を口にする。

 その疑問は誰しも抱いたことで、幼馴染といつも一緒にいる皐月自身ですら分からなかった。

 だからこそ、その発言に湧き上がった観客も一斉に耳を傾ける。


『あら? 分かりませんか?』


 妙上院は一人だけ分かったような口振りで質問を返す。


『えぇ……。東條選手が夏目選手と鷺森選手の陣地の前にポーンを置いた。そして両選手がキングを出してキングを奪われたーーーーそこまでは分かるのですが……』


 プレイヤーとは違い、この会場では全ての駒の位置がリアルタイムで表示されている。

 その為、葵がどうやって勝ったのか? と言う方法は、映像を見れば分かった。


 しかし、理由が分からない。


『どうして東條選手は二人の駒の位置が分かったのでしょうか? ルールには何のヒントもありませんでしたよね?』


『ふふっ、ヒントならあると言いましたよ?』


 実況の言葉に勿体ぶるような笑みを浮かべる。


『それはゲーム開始時に分かるヒント……と言うやつでしょうか?』


『その通りです』


 ゲーム開始してすぐの事。確かに、妙上院は『ゲーム開始時であれば、ヒントが出ている』と口にしていた。

 だけど、皆その発言が理解出来ず、今の今まで忘れていた。


 いや、誰しも葵が勝つまでーーーー妙上院が再び口にするまで忘れてしまっていたのだ。


『ですが、ゲーム開始時に分かる事なんてほとんどありませんよ? 強いて言うなら、自分の陣地の場所ぐらいしかーーーー』


『それです』


『……はい?』


『ですから、自分の陣地の場所がヒントになるのですよ』


 妙上院のその一言。それは会場にいる誰もが理解できなかった。

 自分の位置が分かったところで相手陣地がどうやったら分かるのか? ーーーー相手の陣地なんてランダムに配置されると言うのに。


『このゲームが始まる前に送られた通知を覚えていますか?』


『えぇ……。ルールが記されていた通知ですよね?』


『そこに、しっかりとヒントが記されていますよ』


 皆、そう言われて改めて通知を見やる。

 そこにはこのゲームのルールと、軽い挨拶文だけ。


『私には見当たらないのですが……?』


『よく見てくださいーーーー『この選手は全選手が公平になるよう作られたものであり、心置き無くその実力を発揮して一学年代表の座を目指してください』と、丁寧に書かれてあるではありませんか』


『いえ、書いてあるのは書いてあるのですが……』


 確かに、妙上院の言う通りそんな文章が書かれてある。

 しかし、それは添文みたいなものでは無いのか? そう実況の男子生徒はそう思った。

 しかしーーーー


『このゲーム、本当に公平に作られているのですよ。実力が発揮できるよう、駒の数もルールも。そして、開始時のスタート地点も』


『スタート地点……ですか?』


『えぇ……。このゲームはスタート地点ーーーー陣地から駒を進めるものとなっています。もし、ランダムで陣地が選ばれているのであれば『近くに敵陣地がある可能性が生まれる』。そうなれば、離れているプレイヤーはいきなり衝突しなくて有利ですよね? 自分は駒を失わなくて済むのですから』


 仮に、葵の陣地が夏目のすぐ横に位置していたとしよう。そうなれば、駒を動かした瞬間に敵駒が衝突してしまう。


 そうすれば、互いの陣地の場所もすぐに分かってしまうし、一手しか動かせないこのゲームでは先手が勝ってしまう。

 なので、そうそうに一名脱落。更に言えば、離れた陣地にいたプレイヤーは眺めるだけで何もせずに、衝突して駒を失ったプレイヤーを後から襲うことができてしまうのだ。


 そうなれば、実力もへったくれも無い『運ゲー』になってしまう。


『言われてみれば……。で、でも! 今回は皆ちゃんと離れた場所からスタートしましたよね!?』


『えぇ……しっかりと公平に、『皆の陣地が最も遠い位置で始まるように配置されましたね』。』


『も、もしかしてーーーー』


『その通りです。本当に公平に作られたゲームであれば、『全プレイヤーが最も遠くなるような位置に配置される』のですよ。故に、そこさえ気付いてしまえば簡単に敵陣地が分かるのです』


 今回のゲームでは三面11マスと言う奇怪な盤面だ。その中で三人が最も均等に離れた位置を割り出そうとしたら今回みたいな『3階グラウンド側右端。2階校舎側真ん中、1階グラウンド側左端』か、『3階校舎側右端、2階グラウンド側真ん中、1階校舎側左端』、若しくはその左右逆転しかない。


『ですが、この通知が送られてきた時点でそれに気付いても左右反面何処にいるのか分からない。だからこそ、ゲーム開始時に己の陣地の場所を当て嵌めて、最も公平に配置される場所を割り出すのです』


 自分の陣地の場所さえ分かってしまえば、そこから最も離れた場所を均等に探してしまえばすぐに分かる。

 今回葵が位置を特定出来たのも、自分の位置が1階グラウンド側左端にあることから、反対側の校舎側の2階真ん中、そして3階のグラウンド側右端が均等に最も離れた位置にあるので、そこに陣地があると割り出したからだ。


『まぁ、夏目さんに限っては真ん中でしたので、特定は難しかったと思いますが、これが一番公平になる配置ですーーーーだからこそ、東條さんは位置を特定することが出来た。そして、皆を誘導してキングを誘い、圧倒的不利な状況から勝利をもぎ取った……素晴らしい頭の機転です』


『……本当に素晴らしいですね。私、全く気が付きませんでした』


『ふふっ、それが首席になる器と言うものでしょうーーーー将来が楽しみですね』


 妙上院と葵は気付いていたが、果たしてどれ程の生徒がこの事に気が付いたのか?

 少なくとも、この会場にいる生徒のほとんどが分からなかっただろう。

 だからこそ、その戦術に皆言葉を失った。盛り上がっていた会場も、今では静寂に包まれている。


 するとーーーー


「次は絶対負けないんだから!覚悟しておきなさいよ!」

「ふふっ、やっぱり東條さんは素敵です♪ また、一緒にゲームしましょ?」

「えぇい、くっつくな夏目! こんな姿を皐月に見られたら何て思われるか分からんだろうが!?」

「ちょっと、聞いてんの!?」

「この状況で聞けるかっつーの!?」


 会場入口からそんなやり取りが聞こえてきた。

 真ん中には黒髪の少年。その腕に抱きつくように白髪の少女が並び、話を聞かない少年に怒る赤髪の少女。


 先程まで真剣に闘っていたとは思えないほど、賑やかな表情と会話だった。


 今ゲームの参加者が戻ってきた。

 白熱としたゲームを終え、会場に静寂を与えた者達がその静寂を破るように会場に足を踏み入れる。



『さ、さぁ! そろそろ選手達も戻ってきましたので、白熱と試合を見せてくれた彼らに、皆さん大きな拍手を!』




 実況の声を皮切りに、会場からは溢れんばかりの喝采が降り注いだ。













 一学年首席  東條葵

 一学年次席  鷺森絢香

 一学年次席  夏目桃花

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