選抜選が終わって
「葵くん葵くん」
目の前に座る茶髪の美少女で葵の幼馴染である皐月が、いつもよりトーン低めで葵に声をかける。
「……何かね皐月さんや?」
その声に、声を震わせながら、葵は冷や汗を流す。
「私、お疲れ様会と祝賀会をしようって言ったよね?」
「……そうッスよね。だから俺達は近くの喫茶店に集まりましたよね」
葵達が今いるのは、敷地内にある繁華街の喫茶店。オープンテラスのパラソルの下は何とも眺めがよく、色鮮やかな庭園が広がっている。
葵達は、選抜選が終わってすぐにここに来た。
表彰式やらインタビューなど行われたが、想い人に好かれる為にここに来た葵にとっては苦でしかなく、その所為か若干頬がやつれている。
「そうだよね……うん、そうだよーーーー私もそれは分かってるの」
「分かっていましたか」
「うむ」
では何故聞いてきたのか? そんな疑問は、皐月のただならぬ雰囲気によって口に出せなかった。と言うか、理由は分かっている。
「でも……でもねーーーー」
「東條さん、お口開けてください。ほら、あーん♪」
「あら、このパンケーキ……中々美味しいわね」
「なんでこの二人もいるのかなぁああああああああああああああッ⁉」
皐月の絶叫がテラスに響く。幸いにして誰も客がいないので、注目を浴びる事も迷惑をかけることもなかった。
「どうしたの水無瀬さん? もしかして、ご迷惑だったかしら?」
「ううん、鷺森さんは大丈夫なんだよ。むしろ「お疲れ様!」って労ってあげたいくらいだよ」
「そう? ありがとう」
迷惑だと懸念した絢香はにこやかに笑い、上品に紅茶を啜る。
そこからは気品溢れるオーラが漂っていた。
「どちらかと言うとそこの夏目さんなんだよ!」
ビシッ! と効果音が聞こえてきそうな勢いで夏目を指さす皐月。その額には若干青筋が浮かんでいた。
「私……ですか?」
夏目は指さされ、葵に向けたスプーンを床に置き疑問符を浮かべる。
(……ほっ)
今まさに、食べさせられようとしていた葵は、中断した事に安堵する。
想い人が見ている中、夏目の行動を堂々と断れなかったのは『ヘタレ』と言うオプションとして『美少女』が加わったからだろう。
「そう! 夏目さん! ーーーーどうして葵くんにベッタリなの!? お疲れ様会なのにイチャイチャ会をされたら私はどう反応すればいいの!? って言うか離れて!」
「お断りします♪」
「うわぁーん! 鷺森さぁーん!」
「はぁ……よしよし、あなたは何も悪くないわよー。悪いのはあのクズよー」
「この世界は理不尽でできてるんだなぁ……」
捲し立てる皐月の勢いに、臆せず笑みを浮かべる夏目。
否定され泣いてしまった皐月をあやし、葵に罵倒を浴びせる絢香。
それを受け、瞳に涙を浮かべて天を仰ぐ葵ーーーーその光景は傍から見たら異様なものだった。
「なぁ……夏目? そろそろ離れてくんない? 俺、好感度減少中なんだけど? そろそろ取り返しのつかない事になるんだけど?」
葵は肩にピタリと寄り添う夏目の肩を掴んで離そうとする。
「ふふっ、何を言っているんですか東條さん! 今まさに、私の好感度は急上昇中ですよ!」
「俺が求めているのはお前じゃないんだよなぁ」
問答するまでもなく、葵が求めているのは皐月の好感度である。
「あの形勢を逆転する戦略! 私達を一点に誘導させた戦術! ルールの時点で勝ち筋を見出していたその考察力!ーーーーあぁ! 素晴らしい! かっこいいです東條さん! 私、思わず惚れ直してしまいました!」
「お、おぉ……」
人生で初めて女の子に直接的な好意を寄せられたのにも関わらず、葵はかなり引いてしまった。
それはきっと夏目の方に問題があるのだろう。
容姿、知力共に完璧なのに、どこか残念な少女である。
「ほら、見なさい水無瀬さん。あいつったら夏目さんに好意を寄せられて鼻を伸ばしているわよ」
「葵くんなんて大っ嫌いっ!」
「グハッ……!」
実際に鼻を伸ばしていたかは置いておいて。葵は皐月の発言で大ダメージを受けてしまった。
本人としては、鼻を伸ばしていないし言いがかりだ! と言いたそうである。
「鷺森……貴様ァ!」
「ふんっ! 少しぐらいいいじゃない」
煽った絢香を睨む葵だったが、それを鼻を鳴らして無視する絢香。
絢香としては、先のゲームに負けた腹いせもあったのだろう。
負けた事は理解した。己が葵より弱かったと言うのも分かった。
だけどーーーー納得するかどうかはまた別の話だ。
「葵くんなんて嫌いだぁ……」
絢香の胸の中で涙する皐月は、口々に葵の心を抉っていく。
「なぁ……俺を傷つけるんなら帰ってくれない二人とも? 俺、この後退学届け提出しに行くから」
「何よ、これぐらいのことでーーーーごめん、もう言わないわ」
少し強気に返そうとした絢香だったが、葵の『マジ』な顔に思わず謝罪してしまう。
それほどまでに葵の顔は悲痛なものだった。
「はぁ……夏目さんも、そろそろ離れてあげたらどう? 二人のメンタルが持ちそうにないわ」
「ふふっ、東條さんが困ってしまうのは本望ではありませんし……これぐらいにしておきましょうか」
絢香に注意されると、即座に離れた夏目。
仕方ないと呟くものの、夏目の顔は楽しそうなものだった。
「はぁ……」
ため息は幸せを逃す。そう分かっていても、話が進まないこの場にため息をつかずにはいられなかった絢香である。
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