選抜選(5)

(葵くんが負けてる……)


 ホログラム上に映し出された想い人の姿を見て、皐月は不安な表情を見せる。

 固唾を飲んで見守るギャラリーの中、皐月は両手を合わせ彼の勝利を祈っていた。

 しかし、そんな想いとは裏腹に、葵の現状は圧倒的劣勢ーーーーいつ負けてもおかしくないと言う状況だった。


(葵くん……負けちゃうの?)


 想い人が勝つことしか想定していなかった皐月。それは長年の付き合いからーーーーなんてチープなものではなく、彼の実力を隣で見てきたからこそのもの。

 皐月の目標であり、想い人であれば、こんな勝負に負けるわけがないと……そう思っていた。


「ううん……葵くんは負けない。だってーーーー」


『普通にやったら負けるーーーーだけど、俺の真骨頂は『盤外』から始まるんだぜ?』


 試合開始前に言っていた葵のセリフ。

 その発言からは自信が溢れてきておりーーーー


(負けない……勝って……そして、私をもっと好きにさせて……!)


『おぉーっと! ついに追い込まれた東條選手がその『最弱である駒』のキングを動かしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』



 ♦♦♦



『東條葵がキングを動かしました』


(やっぱり、キングを出してきたわね……)


 盤面には見えない黒のキング。それがついにポーンと同じ土俵に立った。

 それはつまり、『キングを取れる』と『宣告ができる』と言う新しい勝利条件が盤上に誕生したに他ならない。


(まぁ、これは予想通り……逆に言えば、あいつはこれしか選択肢が取れないんだから)


 葵のポーンは残り2個。その状況で『ポーン全消失』と言う勝利条件を満たせる確率は低い。それに、今は夏目と共闘して二対一と言う状況になっているのだ。

 当然、葵も絢香達が手を組んだのは知っているはず。

 であれば、勝ち目が極端に薄い勝利条件を目指すより、『宣告』を使って一発逆転を目指した方がいい。


 キングや王冠を見つけた方が勝つ確率は高いのだ。

 だけどーーーー


(さて、あいつは私の場所が分かるかしら……?)


 絢香は絢爛とした玉座にて不敵に笑う。

 まぁ、葵は絢香の場所は特定することはできないだろう。

 何故ならーーーー


「ごめんなさいね。私、陽の当たる場所になんていないのよ」


 そう、絢香の陣地は陽の当たる校舎側ではなく、反対のグラウンド側に存在するのだ。


「あんたは探りを入れたつもりなんでしょうけど……私が気づかない訳がないでしょ?」


 ゲーム開始前に言われた葵の一言。


『そう言えば、夏目と鷺森のところは大丈夫か? 寒くない?』


 当然、絢香はこれが単なる心配でないことは分かった。

 ならば考えられるのは『キングの位置の特定』。だからこそ、絢香は正反対の解答をした。本当は少し肌寒いにも関わらず。


(だからあんたは私には勝てない……)


『鷺森絢香がポーンを動かしました』


「さぁ、裸の王様を一斉に狩りに行くわよ!」


 黒のキングを討ち取る為に、全ての赤のポーンが一斉に動き出した。



 ♦♦♦



「潮時ですよ東條さん……」


 絢香が動き出したのと同時刻。

 キングを動かしたであろうアナウンスを聞いて、決着の時だと夏目は思っていた。


(確率は低いです……けど、『宣告』をされて王冠がたまたま見つけてしまうーーーーなんて事も有り得ます)


 夏目は恐れている。偶然や運によって盤面がひっくり返る事を。理論と計算によって積み上げてきた盤上が崩れ去る事を。

 何より、偶然で崩れ去る勝利を……夏目は許さない。


『東條葵が『宣告』を致しました』

『開示ーーーーキングと王冠は発見できず』


 これで葵は一ターンは手を打てない。

 けど、いつまでも『宣告』をさせる訳にはいかない。

 偶然の勝利を与えるわけにはいかない。


 だから、夏目はーーーー


「私の全てを使って、貴方には舞台から降りていただきます!」


 黒のキングを討ち取る為に、全ての白のポーンが一斉に動き出した。



 ♦♦♦



 一時間五十八分と言う時間が経過し、百二十五手目。

 いよいよ、初めての脱落者が顔を出す時が来た。


 盤面は面白いぐらいに偏っていて、一方的な戦力図が映し出されていた。

 どうやったらここまで追い込むことが出来るのか? それが不思議で堪らないほど。


 1階にある中央の渡り廊下。その真ん中のマスに立つは黒のキング。それに伴って、グラウンド側には白のポーン総数12個。その全てがグラウンド側のキングの逃げ道を塞いでいる。


 逆に校舎側には赤のポーンが総数8個。その全てが白と同様に校舎側の逃げ道を塞いでいた。

 葵にとっては絶体絶命。自分が一歩動かそうが、一歩動かれようがキングは詰まる。


 持ち駒全てを使って葵を追い込みに来た夏目に、温存しつつも行く道を防ぎに来た絢香。

 通信機もマイクもないのに、よくここまで徹底的に追い込めたものだ。


 次手、鷺森絢香。

 一手動かせば勝てると言う状況で、果たして絢香はどう動かすのか?


(あいつのキングに対して1マス間隔で私と夏目さんのポーンがある……)


 校舎側とグラウンド側に分かれた二人のポーンは、1マスを空けてキングを挟んでいる。

 仮にここで絢香がその空いているマスに持ち駒を置こうものなら、次の葵は確実に詰む。


 だけどーーーー


(問題はその後なのよねぇ……)


 今、絢香と夏目の全勢力が1階に集まっている。

 キングを討ち取れた後は? 勿論、この場で絢香と夏目は衝突してしまうだろう。


(そうなる前に、少しでも有利な状況にしておきたいわね……)


 どうせ葵は首の皮一枚しか繋がっていない状況なのだ。

 少し手を加えただけで負ける。だとすれば、少しだけ待って自分が後々有利になりやすい状況を作っておくのも悪くはない。

 例えば、『宣告』をする為のキングを予め動かしておくーーーーなど。


「私も、夏目さんと正面からやり合って勝てる……なんて思っていないのよ」


 自分が夏目の盤面を正確に読む才能に劣っているのは分かっている。

 だとすれば、それ以外の方法で勝てばいい。


(それに、夏目さんのキングの位置は大方予想はついているのよね……)


 所々で、夏目はとあるマスを守っている節が見えた。

 確証はないが、恐らくあのマスに夏目の陣地があるのだろうーーーー薄い予想だが、現状はそれしか打開策がない。


(二着なんて甘えた結果は許さない……やるなら、絶対に一着でこのゲームを終えてやるわ!)


 そんな強い意思の元、絢香の次の一手は決まった。

 夏目のキングを『宣告』する為に、キングを動かす。

 それが、夏目より先に出る為の一手。


 しかしーーーー


(そう言えば、あいつの残りのポーンは一体何処に行ったのかしら……?)


 先程から姿を現さない二つの黒のポーン。本来、キングが駒を取れないのであれば傍に配置して『宣告』時の守りを固めるはず。

 にも関わらず、追い込まれたこの状況でもポーンの姿は見えなかった。


(まぁ、たった2個のポーンで何かできるはずないわね……)


 絢香は玉座でふと過った疑念を振り払う。

 そんな事より、今は先を見据えた一手を打ち出すことだ。


 だから絢香は、タブレットから自分のキングを動かした。


『鷺森絢香がキングを動かしました』


 そしてーーーー




。キング消失に伴い、鷺森絢香の全ポーンを徴収、続行不能とみなします』




 絢香が駒を動かした瞬間、すぐさま別のアナウンスが流れた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 勝利の為に打った一手。

 それが正しく敗北の一手だったと言う事に、絢香は驚愕の声を上げた。





















「……さて、敗北のお味はいかがかね、俺を弱者と侮ったお嬢様マドモアゼル?」


 黒の玉座。


 そこで少年はタブレットを一瞥し、驚く少女の姿を想像して嗤った。

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