皐月の想いと白髪の少女

(どうかな⁉ 葵くん、喜んでくれたかな!?)


 そんな疑問を抱いている一方で、皐月の頭には別の事でいっぱいになっていた。


(葵くんを馬鹿にしたこの子に勝ったんだもん、喜んでくれてるよね!)


 決闘開始前までは『葵を馬鹿にした男を許さない』と言う怒りの感情でで埋まっていた皐月だが、いざ勝負が終わると、達成感とは別の感情が皐月の中で生まれた。


(むふー! これなら私も葵くんの隣に立ってもおかしくない人に一歩近づけたよね!)


 自身の中で目標に近づけたと感じ、鼻息を荒くする。

 想い人に好かれる為に学園に入った葵、そして幼馴染の隣に立つ為、この学園に入学を決めた皐月。


 二人の目的は噛み合っていそうで、決定的にすれ違ってる。

 それは、未だに当の本人達は気づいていない。


(いやぁー、でも心理戦のゲームでよかったぁ……私、考えるのは苦手なんだもん、他の勝負だったらどうしようって思っちゃったよ)


 こと、一対一の心理戦におけるゲームであれば、相手の仕草から予測し誘導、圧倒できる皐月。

 しかし、考察力や知力、閃きを求める頭脳戦であればめっぽう弱い。


 正に葵とは正反対。

 その事に、皐月は劣等感を抱いていた。


(だって……葵くんは凄すぎるから……)


 幼少期から隣にいた少年。日常生活では中々発揮されないからこそ、今まで陰に埋もれていた彼の才能。


 しかし、皐月は葵が『すごい』事を知っている。

 だからこそーーーー


(この学園に入って……葵くんの隣に立ってもおかしくない人になる!)


 一点特化型。今の皐月は長所が尖っているが、他は滅法弱い。

 それこそ、このクラスの誰よりも弱い。

 それまではーーーー


(葵くんには首席になってもらって、私が隣に立てるぐらいまで強くなるまで守ってもらおう……)


 情けない。そんなのは分かってる。

 だけど、自身が強くなるにはこの立ち位置から降りるのは都合が悪い。


 それにーーーー


(葵くんのかっこいい所、もっと見たい!)


 目標半分、欲望半分で葵に首席を擦り付けたこの少女。


(試験の時はかっこよかったなぁ……ドヤッ! ってしてたし、あの勝利を確信した時の笑顔とか考え事をしてる時の横顔とか……もう最高っ!)


 試験の時の葵を思い出して、自然と顔がふにゃけてしまう。


「……?」


 その姿に、葵は疑問に思ったが、そっとしておく事にした。




 ーーーーさて、先程の続きだ。

 思考を読むと言う一点を得意とする皐月。

 表情や行動から相手の思考を読み取れるのであれば、当然葵の気持ちにも気づいていてもおかしくない。


 葵が気づいた当然の疑問。

 その答えは、至って単純明快でーーーー



(あぁあああああもうっ! 葵くん、私の事好きになってくれないかなぁああああああっ!)



 恋は盲目。想い人の自分に対する思考だけは、未だに読み切れていないだけである。



 ♦♦♦



「……さて」


 皐月が一人自分の世界に入り、その表情を崩している中、葵は次の事を考えていた。


(首席になるには決闘しなくちゃならない……まぁ、それ自体は問題はないんだがーーーー)


 首席を目指している生徒はこのクラス以外にも沢山いるはず。

 それは稲葉を見て、感じたことだ。


 この学園、想像以上に『上』を目指す生徒が多い。

 それぞれの事情があるんだろうが、その理由は葵には分からないし、さして問題ではない。


 首席を目指すと想い人に豪語した手前、葵には首席にならなければならないと言う目標ができた。


 葵のPTを目当てに挑んでくる生徒も多いことだろう。

 それなら葵にとって好都合。

 PTを稼がなければいけない葵は返り討ちにしてPTを稼げばいいだけの事。


(……深く考えるのはやめるか)


 決闘を挑んでくる生徒に勝てる保証はない。

 だからこそ、今は余計なことは考えず勝つことに専念しようーーーーそう考える葵。


 その判断は決して間違いじゃない。

 だけどーーーー


「ふふっ、とても面白い勝負でしたね」


 不意に、葵の背後から声が聞こえた。

 反射的に葵は後ろを振り返る。


 そこには、白髪の髪を携え、整った顔立ちに優しい笑みを浮かべている少女。物腰が柔らかそうでお淑やかな雰囲気を醸し出していた。

 あの赤髪の少女とは違い、お嬢様ーーーーと言うよりかは才女。


 そんな感じの少女だった。


「……えーっと」


「初めまして。私、夏目桃花(なつめ ももか)と申します。以後、お見知りおきを」


 そう言って、上品に頭を下げる夏目と呼ばれる少女。


「これはご丁寧に……俺、C組のーーーー」


「東條葵さん……ですよね?」


 自己紹介を返そうとした途中、彼女は葵の名前を口にする。


「知ってるんですか?」


「ふふっタメ口で構いませんよ。私達、同い年ではありませんか」


「お、そんじゃあ……」


 先日のやり取りと何処か似たやり取りを感じた葵だが、気にせず砕けた口調で話を変える。


「それで、どうして俺の事を知ってるんだ?」


「それは些か失礼だと思いますよ? 入学式で一緒に壇上に上がった仲ではありませんか」


 失礼と言われ、必死に過去の記憶を掘り起こす。

 ————しかし、


(と言っても、あの時は隣のお嬢様が怖くて周りなんて見てなかったからなぁ……)


 残念ながら、葵の記憶には睨みつけるお嬢様の記憶しか残っていなかった。この男、意外と小心者故か、女の子に委縮してしまい他の事は意識できていなかったのだ。


「まぁ、覚えていないと言うのであれば仕方ありません。これから仲良くしていけばいいだけの事ですから」


「なんとポジティブな発言……」


 葵の中で、夏目の評価が上がった瞬間だった。


「それで、俺に何の御用で? ————首席の夏目さん?」


 壇上に上がった————つまり、入学式で葵と同じく首席として紹介されたと言う事。

 つまりこの少女は、鷺森とは違う一次試験組の最高PT保持者だと認識することができた。


「いえいえ、単に見学に来ただけですよ。そのついでに、首席である貴方にご挨拶をと」


 表情を変えず、抑揚なしに淡々と被りを振る。


「今の俺は首席じゃねぇよ。挨拶ならあっちにしてくれ」


 今の葵は皐月にPTで負けている。端末を開けば首席と言う肩書のマークが消えていることだろう。

 だから、ボールを皐月へと投げた。


「そうなのですね……少し残念です」


「……残念?」


 どこが残念なのか? 葵は夏目の発言に疑問を覚える。


「えぇ……私、首席の方とは一度お手合わせ願いたかったのですが————彼女は少し違うようですので」


 そう言って、少しばかり残念そうな顔で悶える皐月を見る。


(確かに……残念だ)


 確かに、今の顔を赤くしてだらしない顔をしている皐月は別の意味で残念かもしれない。

 折角の美少女が台無しである。

 そして、夏目は視線を葵に戻し、ゆっくりと感慨深く口を開いた。





「————私、生まれてこの方負けた事がないのです」





「……は?」


 いきなりの話題転換に、葵から変な声が漏れてしまう。


「凡人でもいい、才のある方でもいい、どんな手を使ってもいい————私に、勝って欲しい。そう思ってこの学園に入学したのです」


「……お前、何言って————」


「ふふっ、申し訳ございません。少し感情が昂ってしまったようです。ですが————」


 夏目は葵の眼前まで近づき、縋るような目で目の前の少年を見つめた。





「貴方は、私を楽しませてくれるのでしょう? 退屈な私の環境を取り払ってくれるのでしょう? ですので————どうか、早く首席に戻って下さいね」

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