決闘の決着

『勝敗が確認されました。これより、PTを移行致します』


 両者がカードを捲り終えた時、端末からアナウンスが響き渡る。その瞬間、頭上に反映されたPTが徐々に変動し、やがて全ての移行が完了された。


「葵くん葵くん! 私勝ちましたよ! 葵くんの仇をとってやったぜ! ってやつですよ!」


「うんうんすごいなー、おめでとー……ところで、俺がいつ負けたよ? 仇をとってもらう意味ないんだけど?」


 小走りで駆け寄り、喜びを顕にしている皐月を見て何故か複雑な気持ちになる葵。

 言葉の使い方が間違っている。


「すげぇ……あれが次席か……」


「いや、ただの三分の一を当てただけだろ?」


「私、勝てるかなぁ……」


 その一方で、周囲のギャラリーからざわつきが広がる。

 もちろん、それは初めて目にする決闘の瞬間だったと言う事もあるかもしれない。


「ば、馬鹿な……っ!?」


 椅子から崩れ落ち、呆然と頭上のPTを見上げる稲葉。


 その保有PTは、全てを失った『0』と表記されていた。


「PT増えちゃったね! どうしよっか!? 松坂の次はトリュフ? フカヒレ? それともちゃんこ鍋?」


「最後の一つが異様に目立つが……この後何か買いに行くか! 祝賀会も含めて俺の部屋でお祝いだー!」


「おー!」


 しかし、そんな稲葉の姿なんてお構い無し。勝者の皐月は葵と高級食材を堪能することしか考えていなかった。


 勝利の余韻に浸かる訳でもない。ただ、その勝利が当たり前かのようにーーーー


「でも、このPTだったら私首席になっちゃう?」


「そうなんじゃね? 俺のPT9000ぐらいだったし」


 今回の決闘で、皐月は3000以上のPTを稼いだ。


 そのPTは、葵との差を埋めるどころか、追い抜いてしまい、このクラスでは暫定のトップ。


「そう言えば教師も『現PT保有数がリアルタイムで反映され、その最高保持者が首席となる』って言ってたっけ?」


 それは決闘システムがあるからこそのルール。

 首席とは、常にトップでい続けなければならない。


 しかしながら、決闘によってPTの変動があった場合、他の生徒が首席のPTよりも上回ってしまう事がある。


 そうなった場合、PTがトップでなくなった首席はその座を明け渡さければならなく、その為の目安としてリアルタイムでの変動が学園側に求められたらしい。


「えー! 私、首席やだよ! 葵くん変わって〜」


「俺もごめんだってばよ。だって変なお嬢様に目をつけられるんだぜ? 倒してやるって豪語されるのですよ? そんなの、断固としてお断りーーーー」


「首席の葵くん……かっこいいな」


「誰か決闘しろやオラァ!? 俺こそ首席にふさわしいっ!」


 皐月の上目遣いには勝てない。すぐさま首席になろうとする辺り、葵はかなりのチョロボーイである。


「頑張って葵くん! 私、応援してるから!」


「待ってなさい皐月さん。この東條葵、必ずや本日中に首席になってみせましょう」


「うんうん! その意気だよ! 葵くんかっこーーーー」


「水無瀬皐月っ!」


 葵達がそんなイチャイチャと見られそうな馴れ合いをしていると、不意に崩れ落ちていた男から声が聞こえた。


 稲葉は立ち上がり、血走った目を皐月に向けている。


「どしたの? もう勝負は終わったでしょ?」


 そんな稲葉に驚き、皐月は疑問の表情をした。


「どうして……どうしてこの俺に勝てたんだ!」


「……ふぇ?」


 稲葉の言っていることが分からず、皐月から可愛らしい声が漏れた。


 その声に「可愛い」と思ってしまった葵は、自称空気の読める男として、声に出すのをグッと堪えた。


「貴様は考えるのを放棄して運に任せたのではなかったのか!? なのにどうして勝てた!? 最初から最後まで心理戦ってどういう事なんだ!?」


 負けたショックと疑問が入り混じっているからか、稲葉の声は荒い。


 確かに、皐月はシャッフルしてカードを伏せた。そして、そのカードが何かも確認せずに場に出した。


 稲葉からしてみれば、勝負を運に任せていたような行動にしか見えなく、当然に湧き上がる疑問だった。


 それはギャラリーも同じなのか、その問答に耳を向けている。

 当然、一部のギャラリーは関係なしだが。


「(……ねぇ、葵くん? 本当に分からないなんて私驚きです)」


「(運勝負……って思っているところは馬鹿としか言いようがないが、どうして勝てたのか? ってところは普通分からないと思うぞ? 俺ですら初見は無理みだもん)」


「質問に答えろっ!」


 喚き立てる稲葉を他所に、ヒソヒソと話していた二人だったが、稲葉はそんな二人に苛立ちを覚え、再び怒声を浴びせた。


「……はぁ、いいけど」


 そして諦めたのか、皐月は大きなため息をついて話すことにした。


「まず、私は運に何て任せてなんてない。最初から最後まで、ちゃんと考えた上で選んだの」


「だがっ! お前はカードを伏せたじゃないか!?」


「それは貴方が私の後ろばかり見てたからでしょ? 焦点が違うし、視線も私より少し先ーーーーつまり、私の後ろに何かあるって警戒するのは当然だよね? だから、私はカードを伏せたの」


 事実、皐月は視線の違和感に気づいた。

 自分の表情を伺っているのではなく、少しばかりズレていないか?


 であれば何処をーーーーと、探った結果、後ろに視線が向いている事に気づいた。

 故に、後ろを警戒。見られていると言う可能性を感じ、カードを伏せたのだ。


「それに、三枚しかないカードをシャッフルしたぐらいで、ギャラリーは分からないかもだけど、私が分からなくなる訳じゃん」


「ぐっ……!」


 稲葉は、淡々と答える皐月に対して言葉が詰まってしまう。


「だったら何故俺がKを出すことが分かった!? 俺はカードを誰にも見せた覚えはないぞ!?」


「……口元」


「……は?」


「貴方はKの単語を出す度に口元が若干動くの。エースと10の時は反応しないのにKの時だけ。右上に吊り上がってた」


 皐月が尋ねた時、彼自身がKの単語を口にした時、全てにおいて口元が動いていた。

 それを皐月は見逃さず、意識はKに向いているーーーーつまり、追い込めば無意識に注視していたKを出すのでは? と予想したのだ。


「そ、それだけで……」


 今度こそ、稲葉は開いた口が塞がらない。

 あっさりと、自分の口元が動いていた事に気づかれ、そこを突かれた。


(……皐月は簡単に言っているけど、普通の人には分からねぇよ)


 葵は、呆然とする稲葉を見て哀れみの視線を送る。

 皐月のやった芸当は『表情で行動を予測し、誘導させる』と言うものだ。


 稲葉本人も、周囲のギャラリーも、当然だろう葵ですら分からなかった。


 揺さぶりーーーーそれにおいて、完璧に行動を予測するのは難しい。


 思考によって起伏する動きは少なく、初見ではどの動きが正しいかなんて確証もなければ気づきもしない。


 しかし、皐月にはそれが分かる。

 些細な表情の変化や体の動きによって、相手の思考を読み取り、そしてその無意識を誘導させるーーーー正しく、誰にもできない芸当。


(だから、俺は今まで皐月にトランプゲームとかで勝てたことがないんだよなぁ……)


 こと心理戦において、皐月ほど得意とするものは葵は見たことがない。

 それほどまでに、皐月は『異常』なのだ。




「私に勝とうとするなら、今度は覆面被って、本当の運勝負じゃなきゃね」



 稲葉を見下ろしながら、笑みを浮かべてそんな事を言う皐月は、次席たるオーラを醸し出していた。



 ♦♦♦



(でも、表情や行動で思考が読めるのなら、どうして俺の気持ちには気づいていないんだろうな?)


 葵は、皐月のその姿を見て今まで気づきもしなかった疑問に気づいてしまった。

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