皐月の決闘

『フィフス・カード』を勝負内容として提案したこの男ーーーー稲葉晃はこの二人が気に食わなかった。

 むしろ嫌いと言ってもいい。


 Cグループにおける一次試験……鬼になれた受験者が有利と言う『運』しかいらないゲームで、本当に運で首席になった奴が、こうものうのうとしているのだから。


 実力が量れる試験やゲームであれば、自分の方がこいつらよりも下な訳がないーーーーそう信じて疑わなかった。


 自尊心の塊のようなこの男……本当に運だけのゲームと思っていたのであれば、学園長含め多数からの失望の目を向けられるとも知らずに。


(この勝負……俺に負けはない!)


 五枚の配られたカードを見ながら、稲葉は勝利を確信していた。

 三枚のカードによる初手ーーーー普通に考えればじゃんけんと似たような構図。


 初手で引き分ければずっと引き分けていく。


 何せ、


 しかし、稲葉の頭には引き分けという文字は浮かんでいない。

 何故ならーーーー


(こちらには予め買収している協力者がいるからな!)


 稲葉は不敵な笑みを浮かべる。

 この男、決闘を申し込む前から下準備は済ませているのだ。


(……まだ、カードは選んでいないか)


 稲葉は、皐月ではなく皐月の後ろに控えてるギャラリーを見てそう思う。

 つまりこの男ーーーー


(カードを選んだ瞬間、後ろの連中が俺に合図を送る……ラグをほとんど出さない状態で俺がカードを出せばーーーー)


 稲葉の勝ち。相手のカードをギャラリー越しに確認し、それに合わせたカードを出すーーーーである。


『不正、賄賂、暴力行為は発覚した時点で敗者となる』と言うルール上、買収もイカサマも失格となる規則があるにも関わらず、稲葉は堂々と実行した。


(発覚した時点で敗者となるーーーーつまり、バレなければ敗者にならない!)


 そう、決闘におけるこのルール……バレなければ負けにはならない。

 加えて、このイカサマにおいては証拠が一切残らない。


 カードに印をつけるイカサマであればカードに証拠は残るが、


(故にこそ必勝……このゲーム、俺の勝ちだ!)


 内心高笑いしているこの男、もちろん表情には出さず、一見すれば一生懸命カードを選んでいるように見えるだろう。


 一方の皐月はーーーー


「ねぇねぇ? 何出すの?」


「……は?」


 稲葉に出すカードを聞いていた。

 笑みを浮かべ、二枚のカードはテーブルに伏せ、三枚のカードを持ちながら、軽い口調で相手に問いかけていた。


(揺さぶりか……?)


 心理戦において、揺さぶりは効果がある戦術の一つだ。

 相手の集中を削ぎ、自分の望む選択肢へ誘導したりーーーーその方法は多種多様。


(だが、俺には意味ないがな……)


「さぁな? エースかもしれねぇし、Kかもしれねぇし、10かもしれねぇぞ?」


「うんうん、なるほどね……」


 すると、皐月は稲葉の反応を見て納得した。

 そしてーーーー


「これじゃあ分からないから、


 徐に三枚のカードをシャッフルし、そのカードを全て伏せた。


(はぁっ!?)


 稲葉は、表情には出さず、内心驚愕する。


(何考えてんだこの女!? 全PTを賭けての決闘を運に任せるのか!?)


 伏せたカードの順番は分からない。何を出すのかも分からない。

 だって、ギャラリーからカードが見えないのだから。


 後ろにいるギャラリーの一人がオロオロし始める。当然、そのギャラリーは稲葉が買収した者。

 今となっては使えないギャラリーだ。


(これじゃあイカサマの意味がない!?)


 このゲームはイカサマを除いても心理戦。

 考え、読んで、裏をかくゲームのはず。

 しかし、蓋を開ければただの運勝負ーーーー何故なら、運に任した相手に考えもくそもないのだから。


(くそっ! 何を出す!? 何を出せばいい!?)


 人は、突然の事態に直面した時、冷静な判断ができなくなる。

 あの短時間で積み上げた作戦が、あんなチープな運によって瓦解する。


「さぁ、なに出すの? エース? 10? K?」


 皐月は、挑発的な笑みで稲葉を見る。

 稲葉は考えるーーーーどれを出せば勝てるのかを。三枚のカードを凝視して考える。

 考えもしない皐月とは正反対に、考える。


「じゃあ、そろそろ勝負しよっか!」


「くそっ!?」


 皐月のその宣言に、稲葉は悪態をつく。

 考えが纏まっていない。何を出すか決まっていない。


(仕方ないか……)


 考えても、勝つ確率は三分の一の運勝負になってしまった。

 であれば、ここで考えても意味がない。


「くそっ……」


 再び悪態をつき、一番右端にあるKのカードを場に伏せる。


「うんうん決まったね! 私もこれにしよーっと!」


 そして、皐月は軽いノリで伏せている三枚のカードのうちの一つを抜いて、場に出した。


「それじゃ、カードを捲ろうか!」


 勝負を決める合図を、皐月は促す。


「こんな運勝負をするつもりじゃなかったのに……!」


 そして、それに合わせて稲葉もカードに手をかける。

 そしてーーーー


「え? 何言ってるの?


「……は?」


 両者のカードが捲れた。



 稲葉晃→K

 水無瀬皐月→エース



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