入学試験(3)

「ねぇねぇ葵くん? どうして倍々ゲームじゃないの?」


 屋上で、葵達は互いの体をペチペチと触りながら、時間が過ぎるのをゆっくりと待っていた。

 通知が来てしばらくして。あちらこちらから喧騒が聞こえてくる。もちろん、それはこの場所も例外ではなく「ここ開けろ!」「そこにいるのは分かってるんだから!」「卑怯よ!」なんて声が屋上の扉越しに聞こえてくきた。


 しかし、そんな声など無視して皐月は平然と尋ねてくる。その辺り、彼女もなかなか肝が座っているようだ。


「それなんだがな。この試験ーーーーもとい、ゲームは倍倍ゲームという側面もあるけど、多分『鬼狩りゲーム』なんだわさ」


「だわさ?」


 変なところに疑問を持つ皐月は可愛らしく首を傾げる。


「簡単に説明すると、このゲームは『鬼にならないと合格できない』。つまり、子は三名しかいない鬼の役を奪い取らなきゃいけないんだ」


 平等に与えられるPTでは、上位三十名には選ばれない。選ばれるためには鬼になってPTを稼がないといけない訳で、その鬼は三名と限られている。

 そうなれば、皆必死に鬼になろうと躍起になるだろう。何せ、『鬼になれない者はPTを増やせない』のだから。


「だから、さっきから屋上の入口が騒がしいんだね〜」


「あぁ、いやらしい事に鬼の居場所はマップで表示されるからな」


 鬼の居場所はマップにてリアルタイムで表示されてる。多分、鬼の端末のGPSを使っているのだろう。だから、鬼は端末を捨てない限りは居場所がバレてしまうのだ。

 その為、こうして子である受験者達は葵達がいる屋上に集まってきている。


 さらに言えば、屋上から見下ろせるグラウンドでは現在進行形で鬼が子から逃げ回っいた。鬼ごっことはよく言ったものだ。

 実際は逆であると言うのに。


「この試験、如何に鬼の状態で逃げながらPTを増やすかが勝負になってくる。ただ増やせばいいって思っている奴はこの試験、絶対に受かりはしないだろう」


「なるほどね! 頭いい!」


「よせやい照れるだろ?」


 そう言って、冗談を交えながらさり気なく皐月の肩に触れる。

 画面を見れば、一瞬で鬼の絵が消えていた。


「っていう事は、葵くんの読みはズバリ的中! 屋上に隠れた私達の勝利は確定だね!」


「まぁ、運もあったがな」


 何千人という中で、初めから鬼になれた。

 ここまで楽に事が進んでいるのも、葵の読み以上に運もあった故だろう。


「葵くんがもし鬼じゃなかったら、どうやって鬼になるつもりだったの?」


 そう言って、皐月も葵の体に触れる。


「簡単な話。鬼を見つけて『誓約書』を提示するんだ」


「誓約書?」


「そう、誓約書。このゲーム、逃げ回るだけじゃ均等に貰えるPTしか稼げない。だから、鬼は必然的に『信頼出来る協力者』が必要になってくるんだ」


 倍々ゲーム。このゲームに勝つ為には子に触れてPTを稼ぐしかない。それには子が必要ーーーーしかも、『絶対に裏切らない子』が。


「今、鬼が逃げてるのって単純に『鬼を返してくれるか分からない』からなんだ。一度PTが増えたからと言って、三十位以内に入れるかは分からない。だからこそ、倍々ゲームみたいに増やす必要がある。でも、鬼に変わった瞬間逃げられてしまったら?」


「PT増やせないね〜」


「その通り。だからこそ、信頼出来る奴がいない現状は逃げるしかないんだ」


 故にこその逃走。未だに喧騒が止まないのはその所為なのだ。ついでに言えば、せっかく信頼のおける奴を見つけても、他の連中から逃げていると言う可能性もある。


(まぁ、その時は今回みたいに鍵のかかる部屋に引き篭るけどな)


 皆がそうしていないのは、未だに信頼出来る奴が見つかっていないからなのか、それともその考えに至っていないからかは分からない。


「それで誓約書と何か関係あるの?」


「大アリ。何せ、信頼関係を築くには誓約書が一番だからな」


 誓約書に両者のサインを書く。内容は『絶対に鬼を返還し合う』、『一方的に上記を破った場合は違約金が発生する』辺りで大丈夫だろう。

 そうすれば、必然的に裏切れない絶対的信頼関係が結ばれるのだ。


「誓約書is神! 全ては紙切れで解決出来る!」


「うわぁ……この人、世の中の信頼関係を否定したよ」


 意気揚々とした葵の発言に、少し引いてしまった皐月。それを見て、葵は心にダメージを負ってしまった。


「葵くん葵くん。そろそろ私に触って欲しいです。一分経っちゃうよ」


 少し焦り気味で、一分にセットした携帯のアラームを見ながら、皐月は葵に声をかける。

 その言葉を聞いて、ダメージを負い蹲っていた葵の目が光った。

 無駄に頭の回る葵の頭脳が、この一瞬にある閃きをもたらしたからだ。


(もしかしたら……これは合法的に色んな所を触れるチャンスなのでは……?)


 その閃きは、煩悩まみれではあるが。

 しかし、それは仕方ないのかもしれない。

 葵にとって、皐月を想い続けて一年は経つ。好意を寄せてくれなかった彼女の傍にい続けるという事は、日々悶々とした欲望と戦い続けるということ。


 葵とて、一人の思春期男子。皐月みたいな美少女と一緒にいればそんな思春期男子特有の欲望を抱くのは必然。故に、この閃きに至ってしまったのは仕方ないことなのだ。

 だからこそ、葵はこのチャンスを逃さなかった。


「あぁ〜、次触るところは胸がいいなぁ〜」


 葵は顔を逸らしながら、視線だけを皐月の胸に向けた。

 あくまで棒読み。少しばかりのおふざけと九割の本気を込めて。

 果たして、皐月の反応はーーーー


「いいよ〜」


「いいの!?」


 まさかの肯定。その事に、葵は思わず声を荒あげてしまう。


「い、いいいいいいのですか皐月さんやい!? そこを許可しちゃったら俺は貴方様の胸を一時間も揉み続ける事になるんですよ!?」


「一時間も揉むのは許可しません! せめて一分です!」


(逆に一分は揉み続けてもいいと言うことか!?)


 葵は彼女の肯定に、歓喜に震え上がってしまう。

 だってそうだろう。思春期男子の欲を叶えられると同時に、相手は想い人なのだから。

 それに、皐月は小柄な体型とは裏腹の大層な胸を抱えている。

 その感触は想像するだけで葵を元気にさせるには充分。


「で、では……」


 葵は許可を頂いたからと、恐る恐るその指を皐月の胸へと動かす。

 今、葵の顔はとんでもない事になっているが、それは当の本人も気づかない。

 そして、一方の皐月はと言うとーーーー


「……ぅ」


 顔を真っ赤にして、己の胸を突き出していた。

 それを見た葵はーーーー


(……無理無理無理!)


 その指を、皐月の頬に当てた。胸ではなく、頬に。


(無理だって!? こんなに堂々と胸を触るなんて童貞には無理な案件です!)


 チキってしまった。始めこそ欲望に身を投じたものの、彼女の顔を見て我に返った葵は己がしようとしている事に羞恥を覚えてしまった。

 しかし、これも仕方ないことなのだ。何せ、ここで胸を触れるような勇気があれば、今頃彼女に告白できているのだから。


「……ヘタレ」


「……すみません」


 馬鹿にされた彼女の言葉に、葵は謝ることしか出来なかった。




「でも、葵くん」


「なんだい……? このヘタレであるわたくしに何かご質問でも?」


「今思ったんだけど……?」


「Exactly。もちろん、

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