入学試験(2)

 某政治家の息子である彼は、この試験に受かることしか考えていない。

 恵まれた環境、何不自由のない生活、親からは「いずれ私のような政治家になるのだ」と言われて育ってきた。


 中学では万年成績はトップ。周囲の人達とは頭の作りも自身の価値も違うのだと思ってきた。


 優位、選ばれた者、上に立つ器。

 そう信じて疑わなかった。


「佐久間さん!通知が来ましたよ!」


 そんな彼は、この都市学園を同級生と共に受験している。

 彼の周りには、2人の姿。皆、通知が来たことに興奮していた。


(馬鹿な連中だな……こんなことでいちいち騒ぎやがってよぉ)


 そして、佐久間と呼ばれた少年は、そんな同級生達の姿を哀れんだ目で見ていた。


 彼は、同級生を友達なんて思ったことは無い。

 彼らのは仲良く気さくに話しかけているが、佐久間にとって鬱陶しいこの上なかった。


(何故なら、こいつらとは『格』が違うからなぁ……)


 言い方を悪くすれば、平民と貴族。

 彼の頭の中では、そんな構図が生まれていた。


 取り巻きと一緒に受けた佐久間は、悠々とした態度で校庭のベンチに腰掛けている。

 そして、取り巻き達の言葉を聞き、己に支給された端末の画面を開いた。


「これは……鬼ごっこですか?」


「そうじゃね?鬼と子って書いてあるぐらいだし」


 取り巻き達は、通知で送られてきた試験内容を見てそんな言葉を零す。


「確かに『触れられたら鬼が子に変わり、子が鬼となる』って書いてありますしね……」


「じゃなかったらなんだって言うんだよ?……けどPT制とか訳の分からん内容がついているし……よく分からんな」


 一見してみれば『鬼ごっこ』。鬼が子に変わり、子が鬼となるシステムは昔遊んだその遊びと似ている。故にこそ、彼らの頭にはそれしか思いつかなかった。


 二人の取り巻きがそんな事を言っている間、佐久間は己の画面をじっと見ていた。

 試験内容を報せる通知に、可愛い鬼の絵ーーーールールに沿った内容であれば、佐久間は鬼なのだ。


「でも、この内容を見てたら……俺ら何もしなくてよくね?」


「うん?」


「いや……だってよ。一分ごとに10PT加算されるんだろ?合格基準が500PTだったら何もしなくても合格基準に達するじゃねぇか」


「あ……確かにそうだよね」


 取り巻きの一人が、納得する。

 一分ごとに10PT。何もしなくても試験終了の一時間の間に600PTが溜まる計算になる。

 故に、最低合格基準である500PTは何もしなくてもクリアできるのだ。


 それが分かったからこそ、取り巻きの一人は納得した。


(こいつらも馬鹿だよなぁ……)


 そんなやり取りを、佐久間は冷めた目で見ていた。


「お前ら、本当に何もしなくていいのかよ?」


「何言ってるんだ佐久間?」


「そうですよ。何もしなくても合格できるんですよ?だったら他にすることなんてーーーー」


「あるに決まってんだろ」


 佐久間は、取り巻き達の発言にため息をつきながらも、己の端末に送られてきた試験概要を二人に見せる。


「何もしなくてもいいなら、わざわざ鬼と子で別れる必要もない。それに、そんなことしたら鬼になった三名以外全員がこの試験に受かっちまう」


 そう。佐久間に言う通り、何もせず、ただただ何もしなくてもいいならこの試験は三名の脱落者しか現れない。だから、鬼に選ばれている者は必死に子になろうとする。

 それこそ、本当の鬼ごっこになってしまう。


「だから、ここの文章を見てみろよ」


 そう言って、佐久間は画面の一文を指さす。


『本グループの第一試験の合格者は、上位PT保持者三十名とする』


「つまり、何もしなかったら全員600PT止まり。そうなったら、この上位三十名に含まれなくなるだろ?何せ、鬼が一度入れ替わればPTが増えるんだからな」


 何もしなければ一律最下位。

 皆、均等に配られるPTだけでは、上位三十名に含まれないのだ。


「そ、そう言われてみれば……」


「本当ですね……確かに何もしなければ、私達は最下位のまま」


 佐久間の話に、二人は納得する。


「だから、このゲームは鬼ごっこなんかじゃないーーーーなんだよ」


「倍々ゲーム?」


「何言ってんだ?」


 またしても二人は、不思議そうな顔をする。


(ここまで言って理解できない……やっぱりこいつらは下の人間)


 佐久間は、そんな二人を見て再び冷めた目で見つめた。


「この試験、圧倒的に鬼が有利。何せPTんだからな」


 鬼が子になれば、子のPT分が加算される。

 そうすれば、子になってしまう変わりにPTが増え、他人より多くPTを保持することが出来る。

 それにこのルール。鬼だったプレイヤーに再び触れたらダメという項目は書かれていない。


「つまり、鬼だった者も再び鬼になれる。ということは、何名かで共闘して交互に鬼になれば、無限にPTが増えていくわけだ」


「なるほどな!だから倍々ゲームってか!」


 一分間触れられないという制限はあるが、これなら他の受験者より多くPTを稼ぐことが出来る。

 無限に増え続けるPTーーーーこれこそ、佐久間が言った倍々ゲームの意味。


「流石佐久間さんっスね!」


 それを聞いて、二人は目を輝かせた。

 嫌な気持ちはしない。だからこそ、佐久間はベンチでふんぞり返り、フンと鼻を鳴らした。


「でも、それは鬼じゃないと意味がなくないか?」


 取り巻きの一人がまた疑問を口にする。

 彼の言う通り、この話は仲間の中に鬼がいないと成立しない方法。

『鬼がいる』という前提を確立させないと意味が無いのだ。


「安心しろよ……俺は鬼だからな」


 そう言って、佐久間は不遜な笑みを浮かべて端末画面を見せた。


「おー!すげぇ!」


 疑問に思っていた取り巻きも、歓喜の声を上げた。


「なら、この試験!受かったも同然ですね!」


 この画面を見た時、佐久間はやはり選ばれた人間なんだなと再認識した。


 だってそうだろう?

 この試験の真意を見抜き、優位に立てる鬼の役に選ばれた。


 これぞ、天は佐久間に「上に立て」と言っている。

 そう信じて疑わなかった。


 だからこそーーーー


「この試験、俺の勝ちだーーーー」



 ♦♦♦



「ーーーー


「ほぇ……?どういうことなの葵くん?」


「ん?あぁ……そうだな。この試験、そもそも倍々ゲームなんかじゃなくてーーーー」



 ♦♦♦



 ベンチでふんぞり返り、不遜な笑みを浮かべていた佐久間は、この後知ることになる。

 葵の言っていた意味が。





「馬鹿だなぁ……お前」


 勝ちを信じて疑わなかったこの少年。

 その後ろから、突如として近づいてきた他の生徒に触れられる。




「……は?」





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