試験を見やる傍観者


 都市学園中枢にそびえ立つ時計台。未だ新築と言われても疑わないほどの綺麗さを誇るその場所は、都市学園設立当初からある歴史ある建物だ。


 そんな時計台には関係者以外は立ち入りが許されていない。機密事項が眠っているからーーーーなんてトレジャー感溢れる理由ではなく、単純にその場所は『都市学園最高権力者』の部屋が存在するからである。


「つまらんねぇ……」


 高価な椅子でふんぞり返りつつ、肘をつき退屈な表情で画面を見る老婆。


 赤い絨毯が敷き詰められているその部屋の壁にはいくつかの肖像画。どれも高齢な者ばかりだが、初めて見る人でも分かるような貫禄が伝わってくる。


 中央には豪華なソファーとテーブル。客間に使うにしては些か豪華すぎると思う。

 この部屋ーーーーもとい学長室では、現在大きなモニターから映像が流れていた。


「これがゆとり世代ってやつかい……?」


「学長、多分その発言は使い方が間違っていると思われます」


 老婆の呟きに、隣に控える黒髪の少女は淡々と突っ込む。


「まったく……老人のジョークに茶々入れるんじゃぁないよ。真面目に返されたら私が馬鹿みたいに思われてしまうじゃないか」


「なんと……失礼いたしました」


 少女なりのジョークなのか。その発言に謝罪の気持ちが込められていない。

 その事に、学長である老婆はため息を隠せなかった。


「それで? 今回の受験者はどうなってんだい生徒会長?」


 さり気ないジョークが通じないと分かると、学長は本題に戻した。


「はい、今回の受験者は総勢4563名。グループ分けをし、三つのグループにて試験を開始しています」


「これまた随分と入学希望者が集まったものだねぇ」


「えぇ、ここ最近では我が学園の知名度はうなぎ登りーーーー志願者が増えるのも当然と言えるでしょう」


 独自のカリキュラムを取り入れた都市学園は、国も注目するほどの大きな成果を上げてきた。政治家、官僚、超有名大学、大手企業などーーーー数多くの卒業生を輩出しており、どの卒業生も例外なくその後の成功を遂げている。


 その実績は、日本中知らない人などいないほど広がっておりーーーー


「注目されるのはいいんだがねぇ……」


 注目されるのは必然。そして、今ではごった返すほどまで志願者が増えてしまった。


「だが、我が学園は素質と力がある者を望む。こんなチープで頭の悪い生徒なんてうちには要らんよ」


「学長、その発言には些か問題がーーーー」


「いいじゃないか妙上院。事実その通りなんだ、少しぐらい愚痴っても評判が下がることは無いさ」


「まぁ、その通りではあるのですが……」


 それは妙上院も思うところもあったのか、控え目に首肯した。

 この学院では『勉学では測ることができない頭の良さ』を求める。


 それは対応能力に、頭の回転の速さ、瞬間的閃きなど、社会で結果を残す為に必要な力を伸ばしていき、活躍出来る人材を育てる為に必要だからだ。


 それがこの学園が注目された理由。このカリキュラムを取り入れたことによって、続々と有望者を輩出してきたのだ。


 しかし、そのカリキュラムを受けるには最低限の資質が求められる。


 だからこその試験。受験者の見えない『頭の良さ』を見ようとしているのだがーーーー


「つまらん」


「学長……」


 受験者を一蹴。再び呟かれたその言葉に、妙上院は頭を押さえた。


「三グループに分けたのはいいが、結果はどれもつまらんものばかりじゃないか」


 そう言って、学長はモニターの映像を指さす。


 そこには、会場別の映像が流れており、現在進行形で試験に望む生徒の姿が映っていた。


「鷺森財閥のご令嬢ーーーー鷺森絢香。全国模試一位の才女ーーーー夏目桃花」


 日本大手企業の中でもトップをあらそう程の財閥である鷺森財閥。その一人娘である鷺森嬢は、『財閥を継ぐ器』として界隈では知られている。それは何を示してそう呼ばれているか分からないが、それでも日本屈指の企業を継ぐと言われているということはーーーーそれなりの頭の良さがあるという事なのだろう。


 そして、夏目桃花。全国模試では毎年一位を保持している才女。勉学では測れない頭の良さを求める都市学園でも、この少女は注目していた。

 というのも、この少女が受けている模試はどれも高校三年生レベル。それでいて、常にトップの成績を叩き出しているのだ。だからこそ、彼女は勉学が出来る以外の何かを持っていると踏んでいる。


「今回の注目株ーーーー鷺森絢香と夏目桃花。やっぱり、他の受験者よりかはずば抜けているみたいだねぇ」


「えぇ、そのようですね」


 巨大なモニターでは、それぞれのグループごとの映像が流れている。そこでは、試験途中であるにも関わらず、注目株である二人は抜きん出たPTを叩き出していた。


「にしても、差がありすぎやしないかい? これじゃあ二人が独走しててつまらんよ。……いっその事、二人を同じグループにした方が良かったかね」


「それは仕方ありません。あくまでグループ分けは公平に分けられたものですから」


「そうは言ってもねぇ……」


 学長はつまらなさげにモニター画面を見る。

 予想は出来ていたが、これではあまりにもつまらなさすぎる。

 二人に才があるのは分かっていたが、他の受験者がこれでは見劣りしてしまうのだ。


 それ以上に、学長としては予想を裏切るような隠れた人材を見たかったとも付け加えておく。


「他にいないのかい? 面白そうな受験者は?」


 ダメ元と分かっていつつ、学長は横に控えている妙上院に尋ねる。

 それを聞いて、少しばかり逡巡すると、妙上院は何か思い出したかのように口を開いた。


「一名だけ……少し気になる受験者がいましたね」


「ほう……? それはどいつだい?」


 学長はモニターを指し、その人物の姿を尋ねる。

 そして、妙上院はその姿を探し、見つけるとゆっくりと指さした。

 そこには、屋上で一人の少女と戯れるごく普通そうな黒髪の少年の姿が。


「一人だけ……私の言葉を聞いて即座に動いた受験者。多分ですが、この試験の概要を予想し、周囲に流されることなく行動できた少年です。ーーーー現状の結果を見る限り、私の中では注目する人物に値するかと思われます」


「どれどれ?」


 学長は少年を見る。

 屋上で、茶髪の少女と戯れ、過ぎ行く試験終了時刻を待っている姿。


(しかし……なんかパッとしないねぇ)


 目立った事をしている様子もない。

 ただただ初めに貰った鬼というアドバンテージを伸ばしているだけ。


 それは別にいい。

 だがーーーー


「この子ら、ここまま何もしなかったら普通に失格になるんじゃないかい?」


「えぇ、


『試験終了時に鬼である者は上位三十名に含まれないものとする』。

 このルールがある限り、どこかでこの少年は鬼を手放さなければならない。


 欲をかいて最後の最後まで鬼でい続けると、子は逃げていく。

 かと言ってそうそうに手放さなければ、PTは一定以上しか増えず、上位三十名に含まれない可能性がある。


 学長はチラリと時計を見やる。

 試験終了まで残り十分近く。今から彼らが子を捕まえに行こうとしても、この広大な学園から子を捕まえないといけない為、失格になる可能性が高い。


 事実的に彼らは焦らないといけない。

 今すぐにでも子を捕まえに行くべきだ。それなのに、彼らは焦る様子もなく、淡々にPTを稼いでいっている。

 そのおかげで、モニター画面横に表示されているPT数は、彼らが暫定トップ。

 しかし、このままでは鬼のルールによって失格になってしまう。


(ルールを見落としている阿呆か、すぐ捕まえると高を括っている間抜けか、はたまた何か策でもあるのか……)


 学長的には、最後の方であるとありがたい。

 というより、そうでなくては面白くないのだ。


 だから学長は少しばかりの期待を含めて、その少年達をモニター越しに眺める。


 それからすぐ。

 少年は徐ろに立ち上がった。


 鬼の役は少年に移ったまま。

 ……という事は、今からこの少年は鬼を移しに行くのだろう。


(このまま子を探しに行くならただの馬鹿。……しかしーーーー)


 少年は扉の鍵を外し、そのまま屋上の扉を開いた。


「ふふっ、やはり私の注目株は余程のキレ者のようですね」


 横に控えるモニター画面を見て妙上院が面白そうに笑う。


 それに釣られて、学長も小さい口元を綻ばせた。


「どんな方法を使ったか気になるところだねぇ」


「……えぇ。もしよろしければ、後でこの映像を巻き返しで見ませんか?」


「そうさね……私も、少しばかり気になってしまったよ」


 興味深そうに画面を見る二人。

 その視線の先には扉を開いた少年とーーーー


『さぁ、交代の時間だ。約束通り、俺達に触れるのはNGだぜ?』


 もう一人、彼らとは関係のない受験生が現れた。

 そして、少年はその受験生の体に触れると、再び扉を閉める。触れられた受験生も、急いで階段を駆け下りていった。


 その光景は、二人の目を引くに充分だった。

 何せ、


 残り時間は残り僅か。

 少しでも早くPTを稼いで鬼を移さないといけないはずなのに、鬼になった受験者はスルーしたのだ。


 理由は分からない。

 きっと、この少年が何かしたのだろう。


 それでもーーーー


「これで……このグループのトップは決まったねぇ」


 画面に移る少年は、暫定的トップのPTを叩き出し、その鬼の役を降りた。

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